6-2.「ただいま」

 そうして、帝都にもつかの間に平穏が訪れ――

 ハタノは、かねてからの約束事を果たすことにした。





「チヒロさん。……宜しければ、デートをしませんか」


 いつも通りに迎えた、早朝。

 チヒロがのんびり朝食代わりの魔噛草をもぐもぐしている最中、ハタノはさりげない会話を装いながら、デートに誘った。


 朝から話す内容でないのは、分かってはいる。

 仲の良い夫婦といえど、物事を提案すべきタイミングとしては相応しくないだろう。

 それでも、彼が朝に提案したのには理由がある。

 ……恥ずかしかったからだ。


 夜に「デートに行きませんか」と誘えば、その後の会話が続かないかもしれない。

 けれど早朝、しかも仕事前であれば、どんなに恥ずかしくても出勤時間になれば家を出る。

 つまり、妻の視線から逃れられるのである。


 仕事を言い訳に、逃げ手を打つ卑怯な旦那だと理解しているが……

 と、ハタノが少しドキドキしながら妻を伺うと。

 チヒロはぽかんとしながら、魔噛草をもさりと噛んで、聞き返した。


「それは、仕事でしょうか」

「いえ。すみません、朝に告げたので仕事の件だと思われてしまいましたか」


 ハタノは気恥ずかしさを覚えつつも、コホン、と咳払い。

 やはり仕事を理由に逃げるのはよくないなと態度を改め、背筋を伸ばし、愛しの妻をまっすぐに見つめて。


「ごく普通の、デート、です。……お互いに愛し合った夫婦が、より仲を深めるための、です」


 声を絞り出しながら、――ああ。

 自分は本当に、この手の話に弱いのだなあと、思う。

 妻とはもう幾度となく言葉を交わし、数えきれないほど肌を重ねていると言うのに。

 ……ただ一言、デートを誘うのに、こんなにも恥ずかしくなるとは。


 普段、妻に求められてばかりで受け身なのがまずいのかと思いつつ、返事を伺うように妻を見やる。

 遅れて理解したらしいチヒロは、ふふ、と笑みを深くし、咥えていた魔噛草をお皿に戻しながら幸せそうにはにかんだ。


「ありがとうございます。……旦那様からお誘いを頂けるとは、大変嬉しく思います」

「そ、そうですか。良かった」


 その笑顔だけで、ハタノは救われた気になるが――


「それで、旦那様。ご予定の程は? どちらに行きましょうか」

「ぅ」


 チヒロに問われ、ハタノは言葉に詰まる。


「?」

「……じつは、色々と考えたのですが、よい案が浮かばなくて」


 帝都には名店と呼ばれる料理屋もあれば、カップルがよく行く演劇も定期的に開かれている。

 最近では魔法を用いたマジックショーを開く一団もおり、人気なのだとか。


 が、ハタノはどれも、チヒロに合わないなと思う。


 ――先日チヒロが誘ってくれた、裏道の本屋も良いなとは思った。

 が、本屋はどちらかと言えばハタノ向きの店。妻をデートに誘うなら、妻の好む店にいきたい。

 そう思うのだが、候補が見つからなかった。


 困ったハタノは、結局、


「チヒロさんのお好きなところで、構いません。何でしたら自室でゆるりと一日過ごすのも、手です」

「自室でもよいのですか?」

「はい。世間一般では、おうちデートと呼ばれるものがあるそうです」


 自宅でゆるりと料理や酒を楽しんだり、ボードゲームに勤しんだり。

 何なら自宅の掃除をしてもよいし、本を読んでもいい。


 ただ気楽な相手とのんびり一日を過ごす。

 それが、おうちデートの神髄である(と、ミカが話していた)


「なるほど。おうちデート、ですか。それも素敵ですが……旦那様」

「はい」

「普通の夫婦の、おうちデート、がどのような形かはよく存じませんが……その流れですと、ごく自然にいちゃいちゃすることになりませんか?」


 なる。

 と思うが、まあ、デートなので良いかなと……。


「まあ、夫婦なので……おうちで一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、そのままベッドでお昼寝ついでに仲良くするのも、構わないとは思います」

「それは素敵ですね。……その。時には時間をかけてゆっくり、夫婦の営みをするというのも」

「え、ええ」


 言いながら、ハタノは改めて恥ずかしくなり、頬を掻く。

 ……もちろん妻が好いてくれるならハタノは全然構わないし、自分も愛しの妻を抱けるのだから大変嬉しいのだが、改めて相談するのはこれまた恥ずかしいというか。


 まあでも、おうちデートが気に入ってくれたなら、良いかな……?

 と、ハタノが伺うと。

 妻チヒロはほんのりと笑みを浮かべ、では、とハタノの前で口元をゆるめてみせた。


「では、旦那様。おうちデートをしたくは思いますが……宜しければ、場所を変えても宜しいでしょうか」

「場所?」


 おうちデートの場所は、普通、おうちでは?

 訝しむハタノに妻チヒロはくすりと笑い、人差し指をそぉっと口元に当てる。


「秘密です。でもきっと、旦那様も喜んで頂けるかと」


 その会話内容よりも、ハタノは、唇に人差し指を当て、イタズラ好きな子供のように囁くチヒロが、あまりにも可愛くて。

 勢いのまま、ぶんぶんと首を縦に振ってしまった。


 ……今更ながら。

 自分は妻に心底から惚れてるのだなと思いつつ、デート当日を迎え――


*


 妻の背に乗り、連れられた先。

 見覚えのある森の空を抜け、彼女が降り立ったその家は――


 ああ、と。

 ハタノは久しい感慨にふけりながら、なるほど、おうちデートをするには最高の場所だと、じんわり胸に染みる熱いものを感じながら、つい笑みを深くする。


 田舎の郊外にぽつんと建てられた、木造の一軒家。

 元々は近隣住民を怖がらせないため、距離を取るようにひっそりと建てられたその家は、ハタノにとっても思い出深い、妻との出会いの地。


 チヒロの実家だ。


 帝都に出向して、まだ、たったの数ヶ月。

 にも関わらずハタノは妙な懐かしさを覚え、何となく目頭が熱くなってしまう。


 ……あの頃に比べると、いまの自分はずいぶん遠いところに来た。

 懐かしさを噛みしめながら、妻チヒロとともに、そっと戸を開いて。


 二人は自然に、挨拶をした。


「ただいま」と。




――――――――――――――――

第三章のこり三話です。次回は二話同時更新となります。

なおサポーター様限定の早読みも、二話同時更新しておりますのでお間違いないようご注意ください。

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