6-1.「余も人間だからな! ミスはある!」

 ”宝玉”事件から一月が過ぎた。

 帝都を襲ったその傷跡は未だ大きく、復興作業は進められているものの、町は少しずつ平穏を取り戻しつつあった。


 元より、帝都中央治癒院は爆発による被害を直接被った訳ではない。

 怪我人の治癒が落ち着けば、アフターケアこそ必要なものの業務はいつも通りに行われる。

 ハタノの日々も、院長外来をはじめ慌ただしく過ぎていく。



 そんな中――ハタノに対する風向きも、大きく変わりつつあった。

 明確に増えたのは、ハタノの勉強会への出席率だ。

 ”宝玉”災害時、多くの治癒師が苦戦する中もっとも治癒成果を上げたのがハタノであることは、あの場にいた治癒師の誰もが認めることだろう。


 ”才”信仰がどれだけ強かろうとも、治癒は結果がすべてだ。

 結果としてハタノの治癒法は有益であるという噂が、治癒師、患者ともども広がり、ハタノのもつ外科治癒法への認識が改められつつある。


 グリーグ教授の永久追放も、それに追い風をかけた。

 そして主が抜けたことで反ハタノ派の首魁はよりどころを失い、帝都中央ではいまや少数派となっていた。


*


 嬉しい話もある。

 先日お世話になったハニシカ老のご厚意により、シィラがとある貴族の息子と正式にお付き合いを始めたという。


 シィラはまだ緊張しているようだが、端から見ていると中々に初々しい。


「で、ミカさんは、彼氏の方は……」

「死にたいらしいね、先生?」


*


 一方で、月日が経てば、面倒事も露わになる。


 ”宝玉”事件より一月半。

 事件時の対応を改めて反省する中、ハタノは反雷帝派から突き上げを受けていた。


「ハタノ院長。小耳に挟んだのですが”宝玉”事件の際、あなたは一部の患者を意図的に選別し、お断りしたそうですね? さらに患者への情報提供を怠ったという話も出ています。治癒師として、それは違法行為にあたりませんかね?」


 眼鏡をかけた、ネズミ顔をした男がねちっこく詰めてきた。

 詰問されたのは当時、一部患者をえり好みして治癒したのでは、という疑惑。

 それと”宝玉”事件当時、患者の体内に爆弾がある情報を、患者に知らせなかったことの是非だ。

 ハタノは己の罪を理解したうえで、ネズミ男に言葉を返す。


「仰ることは事実です。が、えり好みした訳ではありません。トリアージといいまして、緊急性の高い患者を優先するため、軽症の患者を後回しにしただけです」

「ものは言いよう。ですが、そうして後回しにされた患者に、後ほど悪化して亡くなられた方がいるのはご存じで?」

「存じています。それは私のミスでもあります」


 後で判明した事だが、シィラのトリアージは完璧ではなかった。

 シィラが軽症と判断し、帰宅させた者がのちに悪化し、亡くなられた――という報告を、既に受けている。


「該当の患者様に対しましては、私とシィラで改めて謝罪を行いました。……ですが医療に100%は存在しません。そして当時の混乱状況において、全ての患者を正しく診ることが不可能であるのも、また事実です」


 仮にあの時、治癒師がすべての患者を診ていた場合、多くの者の魔力が尽きていただろう。

 そうすれば犠牲者はさらに増えていたと考えられる。


 ふぅん、とネズミ顔の貴族がいやらしげに唇を歪めた。


「どうやら新任の院長様は、人の命をずいぶん軽く考えておられるようだ。宝玉事件が起きた際、患者の体内に爆弾がある可能性に気づきながら知らせなかったのも、その軽薄さから来る判断かね?」

「……あの場でそれを伝えれば、患者が疑心暗鬼になり、パニックに陥る可能性を避けてのことです」

「だから黙って対処し、また患者に無断で魔力精査をした、と。そのせいで治癒に遅れが出たとも聞くが?」


 ネズミ貴族の追求に、隣の貴族が「治癒師が人命軽視とは」と、鼻で笑う。


 ハタノは、どうしたものか、と考える。

 彼らの言っていることは、理想論としては正しいが、現実的ではない。

 混乱した現場のなか、全てに最善を尽くすのは無理がある。


(という言葉を、当事者の私が話しても説得力がない)


 ハタノは返答に詰まり。

 雷帝様は助言せず、フィレイヌ様も黙ったまま。

 この程度の難所、ハタノ自身で切り抜けろという意味かと捉え、ハタノが口を開こうとして――


「あ~。ん、んんっ。少々よいかね~? ベルヒ殿」

「……ムジーク殿。何か?」


 横から口を挟んだのは、ハタノの斜め前にどっしりと座る、カエル貴族。

 事件時まさに当事者であった男は、居心地が悪そうに脂汗を流しながらぼりぼりと頬を掻き、酸っぱそうに口を尖らせた。


「貴殿の言いたいことは分かる。分かるのだが、なぁ~。そのぉ~。非常に言いにくいのだがぁ~……あの時はそれどころでなかった、というのが実際の話でなぁ~……」

「ムジーク郷。あなたはハタノに助けられたと聞きますが。それで、彼の肩を持つので?」

「そ、そういう訳ではない! が~……そなた実際に、血塗れの現場に立ったことがあるのかな、と……」


 眉をしかめるネズミ男爵。

 はて、と目を瞬かせるハタノの前で、カエル貴族はハタノに視線を合わせ、ぺこぺこと頭を下げた。


「理屈ではわかるのだ。確かに間違いもあったのだろう。が、あの非常事態のなか、怪我人を一生懸命に治癒する者を診てると、なぁ~。……多少の判断ミスがあったとしても、彼らが死力を尽くしていたことくらいは、まあどうしても認めざるを得んというか」

「ムジーク郷。治癒は結果が全てで――」

「特にそこの男は、目の前で刺されてなお他の患者の治癒にあたった男だ。そのおかげで助かった者が数多くいるのも、事実だ。……ミスを咎めるなとは言わぬが、であれば、功績についても評価せねば不平等かなぁ~と……」

「しかし! 功績と罪はまた別物であり、罪は罪として問わねば!」



「――であれば、わしも罪に問われるかのぅ?」



 貴族達の声を遮り、ほい、と手をあげたのは……

 ”城帝”ドゥーム=ガン。


 相変わらずのんびりとした声で、白髭をいじりながら……

 けれど、内より紡がれる声は、誰よりも重い。


「あのとき、わしもとっさの判断で、帝都魔城より腕を伸ばした。それにより”宝玉”の爆発を押さえ込めたのは、事実だ。あれがなければ今ごろ、帝都が火の海に包まれていたであろう。……が、一方でわしの腕から崩れ落ちた瓦礫により、多くの者が下敷きになったのも事実」

「っ……し、しかし! それはやむを得ぬことで」

「だが、最善ではなかった。瓦礫による被害をもっと押さえ込む方法も、検証すればあったと考えられる。その意味では、わしはハタノより罪深いと思うが、どうかね?」


 城帝様の声に、全員が沈黙する。

 もちろん城帝様の行為を罪に問える者などいない。

 彼が腕を伸ばしていなければ、それこそ死傷者は三倍、四倍に増えていたのだから。


 ふぅ、と城帝様がひとつ息をつき、沈痛な面持ちで瞼を閉じる。


「わしは古い人間ゆえ、急速な変化を好まぬ。雷帝の小娘が進める、”才”至上ではない”能力”至上主義も、行き過ぎれば危ういものと考える。……が、時代遅れはわしの方かもしれん」

「ほう? 負けを認めたか、クソ爺」

「勝ち負けの問題ではない。これより先、帝国の未来を考えるにおいて”才”だけで全てをまかなうのは難しい――特に”宝玉”等という物騒なものが出てくる世界においては、な。……その中において、ただの一級治癒師にも限らず尽力したその男は、帝国の新しい形を示してくれたのかもしれんと思ったまでよ」


 城帝様が朗々と告げ、ハタノを見つめる。

 その眼差しは鋭くも、優しい。


「城帝ドゥーム=ガンの名で、告げる。その男の罪は問わぬ。むしろより多くを学べる、帝国の新しい形の模範とせよ」


 その発言は、城帝派の貴族に大きく刺さったことだろう。


 ”才”重視派の元締めである城帝が、方針を翻した――帝国にとって、大きな転機だ。

 動揺がさざめくように響く中、雷帝メリアスがくつくつと笑う。


「いいのか? ジジイ。そう言われると、余は図に乗るぞ?」

「それは宜しくないが、わしも反省せねばならん。”才”にかまけて、宝玉を防ぎきれなかった己をな」

「お、ジジイ実はへこんでるのか?」

「そういう貴様も、宝玉を防ぎきれなくて少々げんなりしていただろうに」

「余も人間だからな! ミスはある!」


 帝国の柱二人の掛け合いを眺めつつ、ハタノは内心ほっと息をつく。


 これから、帝国のあり方は大きく変わる。

 そんな予感を抱かせるには、十分な一幕だった。


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