5-4.「私は、治癒もできない半端者などでは、ないっ……!」
不幸中の幸いだったのは、爆発現場がグリーグ教授の案内した治癒室であったことだ。
彼は患者を意図的に選別しており、そのぶん、部屋にいた人数は少なかった。
もし院内中央で爆発を起こしていたら、待機していた外来患者を含め、大きな被害が出ていたことだろう。
が、それでも被害は甚大。
巻き込まれたのはグリーグ教授子飼いの治癒師と、彼の誘導に従った貴族の一部。
――爆発直後。
最初に地を蹴ったのは、帝都中央に勤める警備員の方々だ。
魔法障壁を展開しつつぐっと両腕を前に出し、盾を構えるような格好で前に走る。
瓦礫や粉塵からスタッフを守るための、身を挺した防護だ。
同時に、爆発に吹っ飛ばされたり、転がってきた治癒師やスタッフを捕まえ、こちらへと誘導する。
次にハタノが我に返り、
「っ……爆発から逃れてきた方は、速やかに治癒を受けてください! エリザベラ教授!」
「ちょっ、何コレ!? これが例の爆発ってヤツ!?」
「その通りです。とりあえずは怪我人に、いまは片っ端から持続治癒を!」
「あいよー!」
エリザベラが手を振り上げ、攻撃魔法を放つように持続治癒を行う。
相変わらず馬鹿げた全体回復を見ながら、けれど、重傷者はこれでは治癒しきれないだろう、とハタノは判断。
警備員が煙の中から運び込んでくる怪我人を、視界だけで行う簡易魔力精査で睨み続け――
ハタノは、それを見つける。
「うう、た、助けてっ……!」
運ばれてきた患者で、もっとも重傷かつ、生き残る見込みがあるのは……。
爆発に巻き込まれたカエル侯爵。
太った腹にはえぐり込むように白い破片が刺さり、ぜぇぜぇと痛みにうめきながら、担架にて運ばれてくる。
隣にいたグリーグ教授が、我に返った。
爆発した治癒室を呆然と見つめ、放心から一転、
「……馬鹿な、こんなことが……これも私を陥れるための……い、いや。院長殿がそこまでするはずが。とすると、私のミス……っ!」
グリーグ教授が青ざめ、慌ててカエル侯爵に治癒魔法をかける。が、
「何だこれは。治癒魔法が、効かない……?」
「っ……おいグリーグ、何をしている! 早く治癒をせんか!」
「やっている! だが、治らんのだ!」
「なんだと? 馬鹿なことを言うな! それだから貴様は”半端者”と呼ばれるのだ!」
グリーグ教授の頬が引きつり、ハタノはその会話から症状を掴む。
カエル貴族の腹部に刺さっている刃は”才殺し”。
治癒魔法が効かない、まさに治癒師殺しの刃と呼ぶに相応しいもの。
「っ……!」
ハタノは自身の中にあふれる感情を抑え、冷徹に計算する。
自分が最優先すべきは、救命の可能性があり、かつ、他の治癒師では手が出せない症例の患者だ。
つまり、いま最も優先すべきは……
グリーグ教授が慌て、「こんなもの!」と、カエル貴族に刺さった破片を抜こうと手を伸ばし、
「それを抜くな!!!」
ハタノが叫び上げ、グリーグ教授の腕を掴んで制した。
「っ、何をする、院長殿」
「邪魔です、どいてください! ゆっくり手を離して!」
「なんだと!? しかし、この訳のわからん破片が、私の魔力を――」
「だからといって患者に刺さった刃物をそのまま抜くなどあり得ません!」
腹部に刃物等が刺さったとき、考えうる最悪の処置法は、刃物をそのままひっこ抜くことだ。
突き刺された刃が、もし動脈や腸管等を貫いていた場合――そのまま抜くと大量出血から死に至るケースがある。
そういう症例の治癒は、まず刃物の先端にまで治針を当てたのち、傷ついた動脈や腸管を治癒魔法で塞ぎつつゆっくり刃物を抜くのがセオリーだ。
そんなことも知らないのか。
治癒魔法に頼りすぎ、基本的な医学知識をおろそかにした結果だ。
ハタノは舌打ちしながらグリーグ教授を押しのけ、まずはカエル貴族の全身を魔力精査。
”才殺し”が刺された部分を除き、魔力塊の反応はなし。
爆発物はないと判断し、アイテム袋より治針を取り出す。
「ミカさん、補助!」
「了解!」
素早く駆けつけたミカが、躊躇なくカエル侯爵に痛覚遮断と催眠をかける。
流石に手際がいい、と僅かに安堵するなか、青ざめたカエル侯爵がぴくぴくと指を震わせ、眠りにつきながら、ぼやく。
「っ、な、なあ。わ、私は助かるのか……? な、なあ、見捨てないよなぁ~?」
「……ムジーク侯爵様。私はあなたを好いていません。うちのシィラを攻撃魔法でぶっ飛ばしておきながら、今さら助けてくれ等と言われて怒らないような、虫のいい話しはありません」
「ひいっ……っ、ぐっ」
「ですが私は治癒師であり、治癒師としての仕事は必ずこなします」
ハタノは仕事であれば妻を見捨て、最善を取る人間だ。
人としての怒りや揺らぎはあれど、仕事は仕事としてきちんとこなす。
そして今、最も治療を必要としてるのは――
残念なことに、このカエル顔の貴族だ。
治針をくるりと回し、聴診器を当てて魔力エコーを確認。
魔力の消失部位からして、幸いなことに”才殺し”を含んだ破片は蓄えられた脂肪に阻まれそう深く刺さっていないと推測できる。
魔力量の急激な減少もない。動脈損傷の類いは起きていない。
(これなら腹部を直接横から切開して、”才殺し”の創部先端まで至れば……)
ハタノは浄化魔法を展開しつつ、アイテム袋より切開用のナイフを取り出す。
その間にミカが睡眠魔法を完了。
カエル貴族の意識が落ちたことを確認後、ハタノは上腹部の正中に手を添え、するりと魔力を込めたナイフを縦に降ろしていく。
皮膚を切開。続けて皮下脂肪をさらりと裂きながら、小さな出血部位に対しては治癒魔法で傷を塞ぎ、出血を塞ぐ。
続けて腹膜の切開。
腹膜側の腸管を傷つけてしまわないよう注意しつつ、ハタノは魔力ナイフでさらりと割き――
おや? と眉を寄せた。
”才殺し”の刃物の先端が、早くも見えたのだ。
日頃から蓄えまくった分厚い脂肪のおかげか、思ったよりも傷が浅い。
まったくもって――悪運がいい、と、つい皮肉を零したくなりながら、ハタノは刺さった”才殺し”の先端に狙いをつけ治針をすっと差し込む。
先端をコツンと当てたのち、ミカに依頼し、刃物をゆっくり抜くよう指示。
「あたしでいいんですか?」
「刃物を抜くだけですので。ミカさんなら大丈夫でしょう?」
「当然。恋はできなくても、仕事はできる女だからね!」
にっとミカが笑い、刃物に手を添えた。
まったく。久しぶりに一緒に仕事をしたが、これほど任せやすい相手もいない、とハタノは薄く笑いながら、ミカが”才殺し”の刃物をゆっくり抜くのに合わせ――
治針を僅かに傾け、”才殺し”の影響を少しでも逸らしながら治癒魔法を叩き込む。
遅滞なく内側の傷を癒やし、出血量を最低限にしながら”才殺し”の刃をすこしずつ手前へと引きつつ、手前へ、手前へと治癒魔法を持続させ――
「っ……!」
ミカが刃を抜いた。
ハタノは治癒魔法を先端部へ一気に走らせ、傷跡が根治されたのを確認。
あとはいつもの逆順処置。
腹膜、皮下脂肪、皮膚を塞ぎしながら針を抜き――
傷跡をふさいだ後、もう一度聴診器を当てて魔力エコーを確認。
もし体内での大規模出血等があれば、魔力の異常増大が起きるが、それも無し。よし。
「あとは任せます、ミカさん」
「あいよ!」
後処置をミカに任せ、ハタノは汗を拭ってあたりを見渡す。
カエル貴族の治癒は終えたが、もちろん、患者は一人ではない。
「他に! もし治癒魔法がうまくかからず、まだ生存の見込みのある方がいたら私の元へ!」
ハタノが大声を張り上げると、すぐさま何件か連絡が届いた。
そのうち生命の危機に直結するであろう、優先度の高い患者をシィラにトリアージして貰いつつ、ハタノは全体の状況を再確認。
院内は既に、外にまでずらりと患者が並ぶ事態となっている。
「ああもう面倒くさい! まとめて、こう!」
エリザベラが再び”持続回復”をばらまくことで、患者全体の体力が回復していく。
本当に底なしの魔力だと感心しつつ見渡せば、入口付近ではホルス教授が治癒師達に交代で水分と魔力補給を促しつつ、シィラのトリアージをいつの間にかサポートしていた。
――状況は未だ、混乱の最中。
けれど全員、やるべきことは理解している。
大丈夫だ、と、ハタノは小さく拳を握る。
(状況は致命的。ですが、これなら)
治癒師は、奇跡を起こす仕事ではない。
一人で無数の患者を救うことは、エリザベラのような本物の天才を除けば不可能だ。
けれど、最善を尽くすことは、できる。
シィラが駆け寄り、ハタノに状況を連絡。
幸いなことに、”才殺し”による致命的な怪我人はそう多くないらしい。
より正確に言えば、既に死んでるとも言えるが――ハタノの仕事は、生きている者のために行うことだ。
「では、シィラさんも一段落したら、ほかの治癒に参加してください。エリザベラ教授はあまり魔力を無駄使いしすぎないように」
「ああもう、うっさいな! あたし魔力無限だから!」
「ネイ教授は引き続き、先程から配布しているアイテムでの魔力供給をお願いします。……ホルス教授は、お任せします」
あの方は任せておいても、自分で正しい判断をするだろう。
……大丈夫、と、ハタノは自身の内に燻る焦りを誤魔化しながら、奥歯を噛む。
大丈夫。いける。
救える命は限られていても、限られてるなかで最大限の人命を救うことが出来る。
ハタノが確かな確信を覚え、シィラから引き継いだ患者を診ようと、改めて足を運ぼうとして、
ドスッ、と。
鈍い音が聞こえた。
……?
一瞬、足を止めたハタノは、なぜ自分が足を止めてしまったのか理解できず――
遅れて、自らの身体に走る痛みに、混乱する。
何だ?
何が、起きた?
「――――!」
誰かの悲鳴が聞こえ、ハタノは何事かと振り返ろうとして。
けれど身体に走った激痛に、身をよじることすらできず、膝をつく。
「っ……」
そこで、ようやく気づいた。
自分が、何らかの攻撃を受けたのだ、と。
自覚した途端に走る、背部を刺すような痛み。
吐き気を堪え、ふらつく足で踏みとどまりながら、ハタノが振り返ると――その先には。
目を血走らせ、その手に”才殺し”の破片を握りしめたグリーグ教授が。
その手を血に染めながら、ハタノに半笑いを向けながら、震えるように、叫んだ。
「私は。私は、ち、治癒もできない半端者などでは、ないっ……!」
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