5-3.「院長ともあろう方が、治癒の邪魔をするなど――」
「私の頭から、頭から血が出ているのだ! お前、噂の治癒師だろう、早くなんとかしろ!」
「待ってください! きちんと魔力精査はしました、脳内の出血はありませんし”浄化”処置も行いました!」
「何を言うか、頭から血がこんなに出てるではないか! どこをどう診て出血がないと言うのだ。貴様、私を殺す気かぁ~?」
「うっせぇ――! こっちは忙しいんだよ見てわかんねぇのかクソ豚野郎――!」
帝都中央入口で騒ぎ立てるカエル侯爵。
シィラが目をつり上げ反論し、ミカがぎゃあぎゃと怒声を返している。
ハタノはその様を横目にしつつ、老婆の治癒に当たっていた。
”才殺し”の破片が右胸部に刺さった状態で運ばれた方だ。意識清明、右肺野の刺入部からは気漏を聴取。
幸いにも皮下気腫および大出血にいたる大血管への損傷はなく、魔力反応からして傷も深くないため助かる見込みは高い。
これなら大丈夫だと、と、ハタノが処置のため魔力を込めた、そのとき。
風圧をともなう魔力を感じ、ハタノが顔を上げた――その横で、シィラが魔力弾により吹っ飛ばされるのが見えた。
「シィラさん!」
治癒の手を止め、老婆に謝罪しながらシィラに駆け寄る。
壁際まで吹っ飛ばされたシィラは怪我こそなかったものの、驚きのあまり目を丸くしている。
犯人はもちろん――
「せ、先生? いま、なにが……?」
「っ――どういうつもりですか! いまの状況が分かりませんか、あなたは」
「状況が分かっていないのは貴様の方だ! 一級治癒師如きが、私の治癒をしないとはどういう了解だぁ~?」
ドスドスと靴を踏みならし、どけ! と患者を蹴飛ばしてこちらに歩いてくる、カエル侯爵。
が、いかに相手の”才”が高かろうと無法は許されない。
院の警備員が進路を塞ぎ、追い出そうとするが、カエル侯爵はそのでかい腹を無駄に鳴らしながらわめき散らす。
「邪魔をするな! 治癒師のくせに治癒しないなど、どういうことだね?」
「治癒を拒否している訳ではありません。ただ優先順位をつけているだけです」
「であれば”才”の高い者から助けるのが当たり前だろうが~?」
「命の危険性がある場合は、もちろん。ですが先程、シィラがあなたの診察をした結果、問題無いと聞いています」
シィラを吹っ飛ばされた怒りを押し殺し、ハタノはカエル野郎を睨む。
今のハタノは、こんな男に時間を費やしている暇はない。
面倒ならいっそ治癒してさっさと追い返すか、と一瞬悩むが――それでは今並んでいるほかの患者に示しが付かない。
ごね得を許しては、院の秩序が崩壊する。
……やむなく、ハタノは警備員の方にこの男をつまみ出すよう頼んだ。
警備兵が戸惑っているのは、帝国で”才”の高い者に対する無礼は、罪に問われる可能性があるためだ。
が、ハタノは構わず強行。
「すみませんが、私の。……いえ、雷帝メリアスの名において、この人をつまみ出してください。責任はすべて私が取ります」
「貴様ぁ~! 雷帝様の名を出せば何とでもなると思うなよ! 私にも城帝様が……」
と、騒ぐカエル侯爵の、その横から……
失礼、と手が伸びた。
ぺこりと礼をするのは、眼鏡をかけた細身の、つい先程までハタノと会話を交えていたあの男――
”半端者”グリーグ教授だ。
……今まで、何処に?
「ハタノ院長。彼につきましては、私の方が治癒にあたりましょう」
「……グリーグ教授? 今まで、どちらへ?」
「もちろん患者の治癒にあたっていました。帝都民であり、特級治癒師でもある私としては、当然のことでしょう?」
その割に先程から姿が見えなかった、と訝しんだハタノは、すぐに気づく。
グリーグ教授の背後で、彼の子飼いの治癒師がそそくさと患者を案内している――明らかに軽傷であっても、身なりと”才”の高い者ばかりを選んで、だ。
(こいつ……!)
自分の目の届かないところで、シィラのトリアージを無視し、身分の高い者を優先している!
ぶわっ、と。
ハタノの中で抑えがたい怒りが吹き上がり、それを必死に堪えながら、ハタノはじろりとグリーグ教授を睨みつけた。
多くの治癒師がいま、仕事に真摯に向き合っているのに。
どうしてこの男は、そんな無駄なことをするのか――?
「グリーグ教授。治癒師の魔力量は限られています。エリザベラ教授にも伝えましたが、治癒の優先順位をつけてください」
「帝国民たるもの、”才”の高いものを優先して何か問題がありますか?」
「その思想は否定はしませんが、だからといって命に別状のない方を優先する必要はありません!」
「それで大切な”才”持ちの方に、万が一があったら? 帝国は”才”の国だ、平民と才ある者は分けて当然」
「私が話しているのは、そういう意味では……!」
「あなたと話すだけ、時間の無駄だ。では失礼」
私の方は勝手にやらせて貰います、と、ハタノの指示を無視して背を向けるグリーグ教授。
くそ、と、ハタノは歯噛みするが、これ以上彼に構ってる方が時間の無駄だ。
まあ考えようによっては、面倒な患者を向こうに受け持って貰っている、とも言える。
こちらの邪魔さえしなければ構わない、とハタノは思考を切り替え……
いや待て。
ハタノは手を止め、ざわり、と背筋におぞましい寒気を覚えた。
……まさかとは思うが。
シィラのトリアージを無視して、自分達で患者を選別している、ということは。
魔力精査は?
「グリーグ教授! 治癒前に魔力精査は行っていますか?」
「は? ああ、先程から行っている入口での魔力精査ですか。院長様はずいぶんと患者をお待たせしているようですので、こちらで省きました」
「っ……グリーグ教授。先程、別の治癒師からそちらにも連絡が届いたはずでしょう」
「何やら不審物が紛れている、と? だからといって治癒を遅らせ、機嫌を損ねたらどうするのです?」
はぁ、と溜息をついて、グリーグ教授が両手をひらひらさせた。
馬鹿馬鹿しい、とばかりに。
「宜しいですか、院長。念を入れる気持ちはわかりますがね、そんな事故めいたこと、早々起きるはずがないんですよ」
「ええ。仰る通り、99%は起きません。ですが、1%の可能性が致命に至るのであれば、精査すべきです。そもそも今回の件については、まだどれ程の危険性があるか、未知な部分が……!」
「いい加減にしてください。院長ともあろう方が、治癒の邪魔をするなど――」
ハタノが踏み込み、グリーグ教授が嫌みったらしく袖を振って否定した、その瞬間。
――ドン。
と。
爆発音と共に、グリーグ教授の子飼いの治癒師が案内していた部屋が、煙をあげて吹き飛んだ。
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