5-2.「粛々と、できることをやりましょう」

 ハタノがうめく患者に駆け寄り、魔力精査を行った時点で懸念は現実のものとなった。


 三十代男性。

 爆風によって散った破片を浴び、肩口に裂傷。そこから体内に瓦礫の破片が入ったと推定されるが、ハタノが魔力精査をすると、ぽっかりと穴の空いたように魔力の反応が消失する。

 ”才殺し”の特徴だ。


 不味いな、と、ハタノは顔をしかめる。


 推測だが――

 ”宝玉”の正体は、大量の小型爆弾を散布する広範囲の殲滅兵器だと聞く。

 その小型爆弾に、おそらく破片の形で”才殺し”が仕込まれ、爆風とともに裂傷を与える仕組みになっているのだろう。


 でなければ患者に都合良く、破片が刺さるなんてあり得ない。


「ハタノ先生、他にも外傷がないのにふらつきや麻痺、平衡感覚の麻痺などが出ている方がいると聞きます」

「それは……”才殺し”が、爆発とともに、粉塵のように空中散布された可能性が考えられます」

「”才殺し”ですか?」

「魔力を完全に弾いてしまう物質です。”才”が低い者でしたら体内に取り込んでもそう問題は起きませんが、逆に高い人が取り込んだ場合、致命傷になる可能性があります」


 それを、爆風とともに空気中に散布されたものを吸い込んでしまった可能性がある。

 対魔力版の毒ガス――化学兵器。

 治癒魔法との相性は、最悪だ。


(とはいえ、雷帝様のときと同じく外傷であれば、外科的に除去すれば治癒はできる、が)


 その処置を行えるのが、ハタノ、次いでシィラしか居ないのは、あまりにも致命的。

 ハタノはがりっと頭を掻いて、考える。

 ――まずは、自分がやるしかない。


「シィラさん。治癒魔法が効かず、私が処置して助かりそうな方は、私が直接治癒します。……放置しても大丈夫そうな場合は、後回しに」

「はい!」


 シィラが了承し、再びトリアージ作業へ戻る。

 その間にハタノは治癒補助師に声をかけ、ネイ教授を呼びつけた。


「ネイ教授。すみませんが”才殺し”の対処法について何か存じませんか? 例えば、それらを吸い込んでしまった場合など」

「”才殺し”は魔力を弾く物体。治癒魔法での治癒は不可。――ただし状況によっては誤魔化せる」

「誤魔化す?」

「”才殺し”が魔力を阻害する範囲は、極小。よって金属片が直接刺さっているのでなく、吸い込んだ程度であれば、体内に吸引しても”持続治癒”をかけることで障害外から治癒が可能」


 成程、そうか。

 雷帝様やいまの患者のように、瓦礫や弾丸がぶっささっている場合は無理だが、体内に少量を吸引した程度なら――”才殺し”が魔力を弾く範囲は、小さい。

 また一般市民レベルであれば、そもそも魔力に対する依存量が少ないため影響は軽微だ。

 よって持続治癒をかけ続けることにより、損傷部位の周りから癒すことでダメージの蓄積を軽減できる。


 ”才殺し”は厄介な兵器ではあるが、毒ガスや神経ガスのように、即座に致命傷を与える兵器ではない。


(とはいえ、肺に蓄積された状態が続くと、じん肺のように毒が蓄積され治癒が手遅れになるかもしれない)


 ハタノが懸念しつつも持続治癒の指示を出した直後、院外からざわめきが聞こえた。


 患者の魔力精査と処置をしながら振り向けば、鎧を血に染めた兵士が「院長殿はおられるか!」と声を張り上げている。

 ハタノが処置をしつつ耳だけ傾けると、兵士は即座にハタノへ近づき耳打ちした。


「院長。急ぎ、ご報告が! 先程べつの治癒院にて、患者の治療中に事故が」

「内容は」

「治癒をしていた患者がいきなり爆発し、対応に当たっていた治癒師二名が死亡したとのこと」

「っ――」


 ハタノは動揺を押し殺し、眉を寄せて問い返す。


「原因は」

「分かりません。ですが、先ほど空で爆発した爆弾と、直接の関係はない、との見方が強そうです」

「…………とすると、つまり」

「別件のテロの可能性が」


 聞いたことがある。

 テロ事件の常套手段として、一度目の爆発で意識を逸らし、何事かと人が集まったところで二度目の爆発を起こす。

 そうして被害を連鎖拡散させるやり方。

 ――怪我人に紛れ、第二のテロを行う卑劣な手法だ。


(もし患者の中に、そういった二次爆発の可能性があるとしたら)


 が、それが本当に別件かどうか、どういう理由で爆発に至ったのかは明白ではない。


 ……どうする?


 ハタノは目の前の患者の処置をしながら、顔をしかめる。

 情報が足りない中での判断。

 これは、間違っているかもしれない。

 救える命を見捨ててしまう可能性もあり、けれど、……と唇を噛みながら――


「すみませんが、この方の処置を終えたら緊急会議を。人を集めておいてください」


 まずはシィラ、ネイ及びホルス教授、そのほか主要な上級治癒師に声をかけるよう伝える。


 ハタノは眼前に横たわる”才殺し”の刺さった患者の処置を手早く終え、あとを任せたのち急ぎ会議室に飛び込んだ。

 会議室に十五名近い治癒師を集めたところで、先程の情報を開示する。


「今しがた別の治癒院にて、患者の治癒中に爆発するという事故が起きた、との話が入りました」

「「「え!?」」」

「原因は不明ですが、対策のためこれより先、全患者に対して受診前に必ず魔力精査を行います。歩いてやってこようが、担架でこようが、入口で精査を。また現在、院内にいる患者様にも魔力精査の徹底をお願いします。……万が一、疑わしい固形状の魔力塊反応があった場合、落ち着いて、警備の方に連絡を」


 大規模な感染症対策と同じだ。

 院内に入る前に、可能な限りシャットアウトする。

 万全の対策になるとは言いがたいが、今は出来ることをするしかない。


「もし爆発物の反応の患者がいた場合、魔力障壁を展開した状態で、治癒院後方にあります別棟に運んでください。隔離して万が一に備えます」

「先生! その爆弾の話は、患者様には……?」

「……。……いまは伝えません。パニックを防ぐためです。ただし、治癒師には情報を共有します」


 万が一この事実を広間で伝えれば、患者に動揺が広がり、パニックに陥る可能性がある。

 そうなれば収拾は不可能だ。


 だから、ハタノはわざわざ希少な時間を割いて、会議室に人を集めた。

 噂はすぐに広まるだろうが、被害者を少しでも抑えるには、今はあえて情報は開示しない。


「情報を開示しないことに対する責任は、私が取ります。……他の治癒師には、いまの対象法でお願いします」

「ですが先生、そんなのすぐに患者さんに伝わるんじゃ……」

「仰る通りすぐにバレますが、その間に魔力精査を終わらせ安全を確認してください」

「それをしていては、治癒の遅れがでませんか?」


 他の治癒師から上がった疑問に、ハタノは頷く。


 院を訪れる全員の検問となれば、相応の労力を使うのは目に見えている。

 結果、患者の救命が間に合わなくなる可能性もある。それでも。


「皆さんはまず、ご自分の安全を最優先に考えてください。そのために、患者を見捨てることも必要です」

「しかし……」

「治癒師は患者を救うのが仕事。しかし、その治癒師が倒れては、患者を救う人自体が居なくなります。滅私奉公、自己犠牲そのものは否定しませんが、一人の治癒師がきちんと生きていることで、将来的に十人、百人の命が救えます」


 いいですか、と、ハタノは机に手をつく。

 治癒師として、あるいは人として誤っていると理解しながら。


「私は命を差別します。ごく平凡な人間一人の命よりも、治癒師の命を優先する。そうすれば、その治癒師はまた別の十人を救えるからです」

「っ……」

「私は昔、同じ理屈で妻を見捨てました。――あの事件は未だ心に残っていますが、それでも理屈としては間違っていないと考えます」


 後悔はいまだ燻るが、間違ってはいない。

 人間心理としてはどうしようもなく間違っていても、それにより助かる人間がいるのもまた事実だ。


「粛々と、できることをやりましょう」


 話を終え、ハタノは軽い質疑応答に答えたのち会議室を出る。





 そこからの彼らの動きは迅速であった。

 帝都治癒院には、様々な治癒師がいる。

 ハタノと相性の合わない者。妬む者、訝しむ者、若造だと侮る者もいるが――多くは帝国で育った民だ。


 帝国の”才”はすべて国のため、帝のため。

 その精神は元院長ガイレスの頃から、いや、それよりも古い歴史の中で脈々と受け継がれてきた。

 同時に、多くの治癒師にとって帝都は生まれ故郷そのもの。

 自国の非常事態に、足の引っ張り合いをしている暇がないことを、多くの治癒師が理解している。

 ホルス教授が改めて指示を出し、粛々と仕事に向かう彼等を頼りにしながら、ハタノは再びシィラにトリアージを依頼しつつ”才殺し”の刺さった患者を中心に治療にあたる。


(助けられる人を、助ける。それだけのこと)


 どんな緊急事態であれ、人間一人に出来ることは限られている。

 ハタノは流行る気持ちを抑えながら、どうか爆発事故が起きないようにと祈りつつ、次の患者に当たろうとして……


 ふと、院の入口が騒がしいことに気がついた。

 どうやら患者が騒いでいるらしいが……にしても、随分と騒がしい。


 何事か、とハタノが眉をひそめ遠目に見る。

 シィラが慌てふためき、ミカが「黙って帰れぇ――!」とぶち切れている、その患者は。


「おい貴様ぁ~! この私が誰だか分かっているのか!? は、は、早く治癒しろ、死んでしまうだろうが!」


 頭から血を流し、騒がしくわめき散らす――

 ハタノが通称『カエル侯爵』と呼び、会議の場でなにかと文句をつけてくる、あの騒がしいデブ侯爵。

 ムスリ=ディディ氏がその巨体を揺すりながら、シィラとミカに怒鳴りつけていたのだった。


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