3-8.「妻をはじめとした皆様方のご協力のお陰です」
「ハタノ。相変わらず、貴様はどの面下げて私の元に来ている?」
「すみません、ガイレス教授。……ただ、私が院長職の全てを担うには、荷が重かったようで」
公聴会の数日前。
ハタノは相変わらずベッドに腰掛けるガイレス教授の病室を訪れ、改めて頭を下げていた。
彼に依頼したのは、ハタノの不正流用事件に関する、公聴会への代理出席。
本来ならハタノが出席し、己の潔白を示すべきではあるが、さすがのハタノもそれが有効に働くとは思えない。
元より、でっち上げられた証拠なのだから。
そう事情を話すと、ガイレス教授は呆れたように溜息をついた。
「だから、グリーグの奴には侮られるなと言ったのに。……それで? 私に頼れと入れ知恵したのは誰だ」
「入れ知恵というよりは、自分で……ああ、いえ。妻に助言を頂きました。苦手なことは人に頼りましょう、と」
呆れたように溜息をつくガイレス教授。
……正直なところ、教授が協力してくれるかと言われると、ハタノは怪しいと思っている。
彼は治癒師としては優秀だが、ハタノに協力的な訳ではない。
しかも今のハタノは立場上、ガイレス教授の院長職を蹴落として得た形になっている。
全く相談しないよりは、と改めて顔あわせをしてみたものの、やはり難しいか――
「いいだろう。なら、貴様の代理で喋ってやる。ただし、成果は期待するなよ」
「え? 宜しいのですか」
「貴様には借りがあるからな。私を治癒してくれたという借りが」
「……しかしそれは、元は教授がチヒロの治癒をするために、力を使い果たしたのが理由で」
「だとしても、だ。――それに、先日の本も面白かったしな」
「え?」
「何でもない」
一度だけだぞ、とガイレス教授はつまらなさそうに履き捨て、ハタノをしっしと追い払う。
実に面倒くさく億劫そうな仕草だが、それでも、ガイレス教授は一度約束したことを破る人間ではない。
この人は妬みや恨みはあっても、最終的に、理を取る人だからだ。
ハタノは深々と一礼した。
「ありがとうございます、ガイレス教授」
「貴様の礼など何の役にも立たんわ」
*
(ガイレス教授は、どのような説明をされたのだろうか)
公聴会当日、ハタノはその場にいない方が良いだろうと言われ、訪問診療に一日を費やした。
結果は聞いていないが、ハタノは何となく大丈夫だろうと考えている。
ガイレス教授はひねくれた性格だが、嘘をつく人間ではない。
(まあ、後は出たとこ勝負と参りましょう)
と、ハタノは翌日いつものように登院し、仕事に従事する。
院長外来をこなす傍ら、部下からいくつもの事務連絡を受け、対応にあたる。
もちろん公聴会が開かれた程度で、院の空気が変わることはなく。
周囲でひそひそと噂話はされているものの、ハタノに対する直接の言及はなかった。
……?
グリーグ教授が文句をつけてくるかと思ったが、今日は休みらしい。
そうして本日の業務を終え、夜の勉強会を行っていた時――
ガタッ、と扉を開けて入ってきた少女に、ハタノは目を丸くした。
ゆらりと揺れるのは、特徴的な緑色のツインテール。
「エリザベラ教授?」
「……今日から、あたしも参加するから。べ、別にジジイの言葉に影響されたわけじゃないけど!」
アヒルのように唇を尖らせつつ、渋々、仕方なく、嫌々ながら……
べつに興味はないんだからね!
といった体で、講義室にある一番前の席にどかっと座るエリザベラ。
ハタノが笑うと「笑んな!」と机を叩かれたので、苦笑しつつ講義を再開しよう――と、ペンを取ったその視界の端で、こそこそと、ネイ教授がこっそり教室の隅にちょこんと座るのが見えた。
もちろんバレていたので、周囲の治癒師が驚いて身を引いていた。
*
それから一月が過ぎ――
ハタノの院長外来にも、常連患者が増えてきた。
最初は暇をしていたシィラやミカも、いまでは首が回らないほど大忙しだ。
そのうえ来訪する患者の多くが、雷帝様やハニシカ様に連なる上位貴族。
そうなると、治癒院側も無碍にはできない。
(本当は、普通の患者さんも診たいのですが……まあ、しばらくは足場作りに専念しましょう)
金、コネ、人脈。
一般的に好かれない要素であっても、強力な力であるのは、事実だ。
治癒師の中にもハタノの実力を認め始める者が現れ、少しずつ、院の空気が変わり始めているのを感じる。
――その夜、ハタノは雷帝様より至急の命を受けた。
「ハタノ。至急、帝国東方の町ベルシアに治癒師を派遣せよ。“宝玉”に類似する爆発事件が起きたと聞く」
「被害規模は……」
「そう大きくはないらしい。そろそろ治癒院も掌握できた頃だろう? ささっと片付けて欲しい」
命を受けたハタノは、即座に特級治癒師を集め、指示を飛ばした。
案の定、グリーグ教授は「いやしかしですねぇ……」と渋い顔をし、
「ハタノ院長。治癒師といっても、みな暇ではなくてですねぇ……? そもそも疑惑を晴らしてない院長のお言葉に、耳を傾ける者など――」
「災害発生時、被害者の救援が可能とされるのは72時間以内と聞きますが、実際には早ければ早いほど有効です。また今回の被害は帝国領内であり、ガルアのような元敵国でもありません。迅速な対応をお願いします」
ハタノはグリーグ教授の言葉を遮り、他の者に聞いた。
”天才”エリザベラ。
”日和見”ホルス。
”研究者”ネイ。
その他、会議室に集まった治癒師や事務局長を初めとした皆を見渡しつつ、ハタノがまず目をつけたのは、エリザベラ。
「エリザベラ教授。すみませんが、先陣を切って頂けませんか」
「りょーかい。こーいう時はアタシが一番役に立つでしょ?」
「仰る通りです。期待しています。……ホルス教授は、魔力精査に優れた治癒師を数名おねがいします」
「了解した。なに、此度の相手はガルアではない。反発も少なかろう」
「ありがとうございます。……ネイ教授には特性の魔力ポーション、及び薬剤をいつも通り手配して頂きたく」
「竜魔力の夫婦実験……」
「却下」
全員の合意を取ったのち、ハタノは「宜しくお願いします」と頭を下げる。
まずは自分とエリザベラを先行させ、残る治癒師を後方から派遣。
移動手段は、雷帝様に頼めば融通してくれるだろう。
今回はチヒロの助力がなくても、人も戦力も十分ある。
なら粛々と、自らの仕事をこなすのみ――
「な、っ……なんだ、これはっ……!? おい貴様等、いつの間に奴へ鞍替えした!?」
ただ一人グリーグ教授が騒ぎ立てる中、ハタノは雷帝様に経過を報告すべく、会議室を足早に後にした。
第二回救援隊の派遣は、滞りなく完了した。
会議でその手腕を褒められたハタノは、決して奢ることなく、感謝の念を示す。
「私一人の力ではありません。私は”才”も弱く、人の心を動かす言葉すら語れません。……そんな私が力を発揮できたのは、妻をはじめとした皆様方のご協力のお陰です」と。
挨拶をしながら、ハタノは少しずつ――
人脈を作る、ということの大切さを実感し、また院長としての業務が少しずつ行え始めている自分に、ふと、気がついた。
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