3-6.「入院の合間の、暇つぶしだ」
公聴会当日、”半端者”グリーグ教授は訝しんでいた。
――ハタノが、来ない。
*
「わざわざ呼び出して申し訳なかったね、ハタノ院長。それと、シィラ嬢」
「いえ。仕事ですので問題ございません」
その日、ハタノは帝都北方にある貴族街のお屋敷を訪れていた。
お相手は先日、シィラが腰痛の治癒を行ったお貴族様、ハニシカ老。
かのご老人より、訪問診療を頼まれたので彼の自宅を訪ねたところだ。
――どうか、うちの母を診てくれないか? と。
ハタノは快諾し、シィラと共にハニシカ老の祖母がお休みする寝室に伺わせてもらう。
初老にさしかかったハニシカ老の母は、もちろん高齢であり既に寝たきりだ。
貴族特有の、持続回復が常にかかる高価な魔法具ベッドに寝かされている。
シィラが微笑みながら挨拶すると、老婆もにこりと笑い、枯れ木のような手を添えてくれた。
ハタノが見守る中、シィラがさらりと魔力精査を走らせる。
その指先が肝臓の上、すこし膨れた腹部を幾度かなぞったうち、こくりと頷く。
「どうかね? 母の様子は」
「そうですね。はっきり申し上げた方が、宜しいでしょうか?」
「構わぬ。私の呼んだ治癒師は、誰もが治癒魔法を続ければ助かりますと言うが、本当はどうなのかね」
「そう長くないと思われます。腹部内に多量の腹水。また肝臓あたりに、大きな魔力反響を感じます。手のひらで感じれる程であり、転移性の肝がんが多発してるかと。おそらく、肺や脳も」
とはいえ、ハニシカ老の母はご高齢だ。
”才”の高い者は長生きできない傾向がある中、この歳まで生きながらえたのなら、余命としては十分とも言える。
シィラが席を立ち、ハニシカ老をまっすぐ見つめて、告げる。
「ハニシカ様。残りのお時間をどう過ごすか、ご相談されておくことをお勧めします」
「手厳しいの。いくら歳を取っても、人が死ぬのは辛いぞ?」
「ええ。ですが、人は必ず死にます。その時にそなえ、心構えをもつことも大切かと存じます」
「……ありがとう。好ましい話ではないが、運命から逃げる訳にはいかぬからな」
ハニシカ老がもの悲しげに微笑んだ。
後のことは、ご家族がご判断すること。
ハタノ達に出来るのは、彼らの判断をサポートし、生きてる限り最善を尽くすだけだ。
その後、ハニシカ老は母と幾らかお話しされた後、帰宅するハタノ達の見送りにまで来てくれた。
庭付きの玄関に特注の魔法馬車まで待機させてくれるのだから、至れり付くせりである。
ハタノ達が改めて礼をすると、ハニシカ老がふと柔らかな目尻をゆるめ、シィラに尋ねた。
「ところで、シィラ嬢。そなたもそろそろ良い歳だと思うが、結婚相手はまだ見つかっていないかね?」
「ふぇっ!?」
「君は確か、二級治癒師だったね。二級であれば一級よりも融通が利く。宜しければ、お相手を探してあげようか?」
「っ、え、ええっ!? ……でも、私なんかが、ハニシカ様のような高位の方のご紹介にあずかるわけには……」
「確かに帝国の常識で見れば、君の”才”はランクがひとつ落ちる。が、私はそれを差し引いても、君の姿勢を買いたいのだよ」
適齢期を迎えた頃、帝国の定めた顔もわからぬ相手と結ばれるよりは良いと思うが?
と言われ、シィラは顔を真っ赤にしながらたふたする。
「っ、あ、ありがとうございます……か、考えておきます……」
「うむ。ハタノ院長も、どうかよろしく」
「ご配慮ありがとうございます。うちのシィラはその手の話をしないものなので、良い機会かと」
「ハタノ先生っ!」
シィラに脇腹を小突かれるものの、ハタノとしては早いうちに、シィラにも伴侶を取って欲しいと思うところだ。
――帝国法上、シィラは相応の”才”持ちと、必ず結婚しなければならない。
であれば、良縁を用意してくれるであろうハニシカ様のご厚意を頂いた方が良いだろう。
そこまで考え、ふとハタノはハニシカ老に耳打ちする。
(すみません。もしお手すきであればで良いのですが、その……当院に、器量のよい四級治癒師の女性がいるのですが、そちらのお相手も何とかなりませんか?)
(四級か。そこまで行くと一般人に近いからな。あまり”才”差がありすぎる婚姻は進められんが、余程の特徴が?)
特徴。う、うーん。
(そうですね……才覚はありますし、元気で明るい子ではあります。ただ些か口と酒癖が悪く、大雑把で親父臭いところがあり、結婚相手は一級治癒師が良いと)
(まずその女には、高望みしすぎず現実をきちんと見ろと伝えるのが良いのでは?)
(仕事はできるのですが……)
仕事と伴侶は別だよなあ、とハタノは苦笑いしつつ身を引き、馬車へと乗り込んだ。
今後もご用がありましたら、と会釈をするハタノ。
「ところで、ハタノ院長殿。風の噂で聞いたのだが、本日は大事な用事があったのでは?」
公聴会のことだろう。
事情を知らないシィラが、「?」と首を傾げるが、そちらはご心配なく。
「私はどうやら、政治家には向いていないようです。……当初は院長として、すべてを気負うべきと考えていましたが、まずは地道に自分の持ち味を伸ばそうと考えました」
「なるほど。確かに、あなたは為政者には向かなそうだ」
「ええ。――まあ、そのぶん別の形で結果を出しますので。ご心配ありがとうございます」
ハタノはもう一度礼をし、ハニシカ老のお宅を後にした。
「ハタノ先生、大事な用事ってなんですか?」
「ああ。シィラさんは聞いてませんでしたか。本日、じつは公聴会が開かれているんです。私の資金不正流用の件について」
「えええっ!?」
「もちろん、でっち上げですが……とある方に、壇上で説明しろと言われまして」
が、ハタノはそれをガン無視して、ハニシカ老のお宅にお邪魔した。
今日はこの後続けて、雷帝様のお得意様だという別の患者宅へ訪問診療にいく予定だ。
という返答に、目を白黒させるシィラ。
「い、いいんですか? ハタノ先生。それって大事な発表なんじゃ……」
「逃げちゃいました」
ふふ、と笑うハタノだが、もちろん本気だ。
本気で考えた結果、出席しないのが最善だと判断した。
「最初は私も、真面目に取り組もうと考えました。誤解が解けずとも、せめて自分なりに説明しよう、と。……ただ正直に申し上げまして、どう考えても私が説明をしたところで、疑惑が晴れるとは思えないのですよね」
ハタノが肯定すれば「それみたことか」と非難を浴び。
ハタノが否定すれば「お前は嘘をついている」と罵倒される。
グリーグ教授のことだ、子飼いの治癒師を動員して扇動する体制を整えていることだろう。
であれば、素直に応じるのは愚策。
「ですので、餅は餅屋。私が苦手なことは、もっと得意なお任せすることにしました。誰よりも、帝都中央治癒院に詳しい方に」
シィラが不思議そうに瞬きをする。
そんな人いるの? という顔だ。
が、ハタノの表情には不安一つ無く、むしろ不思議なほど自信に満ちていた。
*
一方その頃、公聴会にて――
「グリーグ教授! 現れました!」
「やっと来ましたか。土壇場になって逃げ腰とは、ハタノ新院長も対したことありませんねぇ」
馬鹿な奴だ、とグリーグ教授は舌なめずりをする。
元よりハタノの評判は院内で宜しくない上、遅刻したとあれば心証は最悪だ。
(たかが一級治癒師ごときが、雷帝様の寵愛を受けたからという程度の理由で、院長だと。ふざけるのも大概にしろ)
ふん、と鼻を鳴らすグリーグ。
”才”を重視する帝国にて、たかが一級治癒師ごときが自分の上に立つなど、あってはならない。
もちろん今回の公聴会だけで、ハタノを追いやれるとは思っていないが……布石としては、十分だろう。
そう、タカをくくっていたグリーグの表情が引きつるまで――そう時間は必要としなかった。
「ち、違います! ……現れたのは、は、ハタノ院長でありません」
「何? では、誰が……」
「久しいな、グリーグ教授」
「――っ」
びりっと耳に響く、老獪にして鈍重な声。
帝都中央治癒院に勤めた経験がある者なら、決して忘れない響きに、グリーグは表情を引きつらせる。
「な、っ」
「今日も今日とて患者を放り出し、つまらぬ政治屋ごっこか? 貴様は昔からそうだ。余計な策を練る前に、まず治癒師としての”才”を研鑽しろと、幾度となく告げたはずだが」
ドン、と白杖をついて立つのは、かつて帝都中央治癒院の全てを牛耳っていた存在。
持ち前の魔力こそ先日の事件により衰えたものの、獣のごとき眼差しは、健在。
そしてその知見は、ハタノはおろか、グリーグ教授をはじめとした誰よりも帝都中央治癒院について詳しい――
「……が。ガイレス教授……何故、ここに」
「応えるまでもないだろう」
ガイレスが見せつけるように、にいっと白い歯を見せ、さらりと告げた。
「入院の合間の、暇つぶしだ」
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