2-5.「よければ一杯、付き合ってくれんかね?」

「以上が、第一次支援の報告となる。異論のあるものは?」


 帝都魔城、第一会議室。


 雷帝様が書類をテーブルに放り投げ、にまにましながらハタノを含む全員を見渡した。

 集まった面子は、前回と同じく左側に雷帝派。

 右側に城帝派が揃うも、貴族達はそろって苦い顔を浮かべている。


 エリザベラやシィラを含む、ガルア王国への治癒師派遣は迅速に行われた。

 勇者チヒロが輸送を担当した以上、誰よりも早く到着したのは当然。


 現地での治癒はこれまた予想通り、エリザベラの”広域治癒”が功を奏した。

 今回の治癒は、治癒師不足により外傷の治癒が滞っていたのが一番の原因。手当たり次第、治癒魔法をぶちまけられる彼女は最適解だ。

 付け加えて、エリザベラが”特級治癒師”の権限で無理やり連れて行った治癒師数名の補助も的確であり、その上で見逃しかねない症例は、ハタノやシィラがフォローすることで最善を尽くした。


 ……まあ正直、ギリギリだったけど……。


「成程ねぇ。確かに上手くやったようだが、しかしねぇ~」


 と、内心ほっとした所に、ねっとりとした声が届く。

 先の会議でも声をあげた、カエル侯爵だ。


 来たな、とハタノは身構える。


「治癒はうまくいった。だがねぇ~、これはいろいろと問題があるのではないかね? まず、帝国の許可もなく特級治癒師を派遣する。これは問題だよ、君ぃ。特級治癒師は帝国の財産、そう簡単に持ち出されては困るねぇ」

「そのお言葉は、重く受け止めます。しかし今回の治癒で必要なのは、大人数を一気に治癒する治癒師の存在でした。特級治癒師エリザベラ教授の魔法は、その中でもっとも最適であったと考えています」

「だがねぇ。ガルアは仮にも元敵国。わが国の特級治癒師に、もし大事があったら、どう責任を取るつもりかね?」


 ねっとりした声で非難される、ハタノ。――が、


「それはあり得ません」

「うん?」

「今回の治癒には、私の妻である勇者チヒロが同行しています。暴漢如きで、チヒロの守りを破れるはずがありません」

「しかしね君。万が一ということも……」

「逆にお聞きしますが、帝国一の”勇者”ですら守れない暴漢が現れるような現場とは? そのような場に治癒師を派遣したのであれば、そもそも派遣の決定そのものが戦略ミスではないでしょうか」


 ぐぬぅ、とカエル侯爵が唸る。

 ハタノは妻チヒロの護衛に、絶対の信頼を置いている。

 その守りを突破するのが容易でないことは、優秀な”才”持ちであるほど痛感することだろう。


 カエル侯爵は逆に、周囲から「つまらん質問をするな」とつつかれ、だらだらと脂汗をかき始めた。

 納得いかないのか、或いはなんとしてもハタノをやり込めたいのか、舌をべろべろと出しながら。


「そ、そもそもだ。翼の勇者チヒロは、帝国の一大戦力。ただの治癒師ごときが、勝手に使っていい力じゃない。その点はどう考えているのだねぇ? ん~?」

「ええ。チヒロの業務上の重要性は、私もよく理解しています」

「そうであろう! であれば、君の行った行為はまさに無法、帝国の国益に反する……」

「ですが昨日、チヒロは休日でした。業務には従事しておりません」


 は? と、カエル侯爵が間抜けな声をあげた。


「……いやいや。治癒師であるそなたや特級治癒師を運んだ、それは仕事であろう!」

「いえ。あれは私の個人的な頼みであり、その」


 ハタノはちょっとだけ考え、まあいいか、と思い。


「あれは――デート、です」

「は???」


 ぶほっ、と雷帝様が吹き出し、フィレイヌ様が俯いて含み笑いをする。

 ハタノは「あ、これ間違えたかな」と思ったが、構わず続けた。


「私とチヒロは夫婦であり、夫婦はたまにデートをするらしいのですが……その日は天気がよかったため、空のデートと参りました」

「んなっ」

「その際にエリザベラ様とたまたま出会い、ガルアの案件について相談したところ了承を頂いたため、折角ならばと、デートのついでに仕事を成しました。……業務上の運用なら違法ですが、あくまで夫婦のデートなので、どうか許して貰えませんか? そもそも休日をどう過ごすかは、私達夫婦の問題かと」


 顔を真っ赤にするカエル侯爵に、ハタノはゆるりと微笑みながら応え――

 会議室を見渡し、そっと頭を下げた。


 今のデート話は、半ば、冗談。

 けどその冗談は、次の話へとつなげるための布石。


「皆様方。私は未だ若輩者であり、己の未熟さを日々痛感しています。

 まだまだ学ぶべきことは多く、未だ、帝都中央から治癒師を派遣することすら上手く出来ません。

 ……ですが私なりに雷帝様の、皆様のご期待に添えるべく、手を尽くさせて頂きました。

 今回の件、本来のルールに外れたことは自覚しておりますが、どうか未熟者の浅知恵だと、見逃して頂けませんでしょうか」


 ハタノはあくまで低姿勢に、彼らのプライドを傷つけないように、願う。


 ハタノの目的は彼等をやり込めることではなく、ガルア王国の治癒という目的を達成すること。

 そのためなら多少プロセスに問題があってもよいだろうし、納得がいかない彼等には、今後方針を改めますと低姿勢で述べておけば、反感も抑えられるはずだ。


 もごもごと何が言いたげなカエル侯爵に、ハタノはさらに謝罪を続ける。


「今後もし同じような支援を求められた時には、本来の形で治癒師を派遣できるよう手を尽くします。それで、お許し頂けませんでしょうか?」

「ぐっ。……貴君の言いたいことは分かるがな? だが、栄えある帝国のルールをこうも簡単に破るような男は――」

「なお勇者チヒロが同伴し、厄介者を片付けてくれたことで暴力沙汰はありませんでした」


 ハタノが返答し、カエル侯爵の唇がぴくっと引きつった。

 ――公にする気はないが、ガルア王国での治癒時、妙な邪魔が入った。

 チヒロが”処理”してくれたお陰で事なきを得たが、ガルア王国のチンピラにしては、妙に手慣れていたという。


(証拠はつかめなかったらしいですが)


 ハタノはあたかも、何でも知ってますよという体を装いながら、襟元を正す。

 そんなハタノを、カエル侯爵は睨み、……政治屋の性として、突っ込めばやぶ蛇を出しかねないという恐れから、それ以上は語らない。


 雷帝様が手を叩き、場を収めた。


「くく。勝負あったか。まあ今回は、ハタノが機転を利かせ迅速に治癒した、ということだ。勇者チヒロの運用もまだ厳密に決まった訳ではないし、なにより――夫婦のデートを邪魔するほど、我が帝国は狭量でもないだろう?」


 雷帝様がおどけて語り、議会は次の話題へ。

 ハタノは安堵しつつ、身を引き締めた。


*


(やはり腹の探り合いのような空中戦は、私には向いてませんね)


 会議室を出たハタノは、張り詰めていた緊張をほぐすように息をついた。

 肩を軽くほぐしながら、自分がいかに疲れていたかを実感する。


(有益な会議や、勉強会ならまだマシなのですが……)


 疲労感が酷いのは、会議にいくつも無駄な話があるからだ。

 あの後もカエル侯爵は執拗にハタノに難癖をつけては、雷帝様にたしなめられていた。

 それ自体は別にいい。患者のクレームみたいなものだ。

 が、余計な時間を使うのは頂けない。


(実益のある話だけをすればいいのに)


 そう思ってしまうハタノは、多分、負の感情への理解が足りないのだろう。

 人は妬み、恨み、何かにつけて文句を言いたい生き物だ。それはよく知っているのだが……。


(チヒロさんの顔が見たい)


 最近のチヒロは、すっかり旦那の帰りを待つ良妻になっている。

 全く飽きないのは、惚れた弱みか。

 そして彼女の顔を見れば、どんなに疲れてても明日への活力が湧いてくるのだから、ハタノも安い男だと思う。


 よし、とハタノは一息つき、帝都魔城の薄明るい廊下を歩く。

 チヒロの元へ。

 階段を降りて客室へ向かい、現在ハタノがお借りしてる夫婦部屋のドアを開け――





「ほほ。こんばんは。夜分遅くにすまんな、ハタノ君」

「……え?」


 はたと足を止めた。


 目の前にあるのは、クラシックな家具をあつらえた客室だ。

 レンガ作りの暖炉に、年季の入ったカーペットと丸テーブル。竜の顔の剥製を吊り下げた壁。

 その中央に座るのは、白髭を蓄えたおじいさん――

 ”城帝”ドゥーム=ガン様。


 ハタノは、しまったと思い慌てて一礼した。


「っ……すみませんでした! 部屋を間違えてしまって」

「いや、間違えておらんよ?」

「は? しかし……いえ、やはり間違いです。失礼しました――」


 ハタノは慌てて後ろに下がり、退室した……


 はずだった。が、


「っ!?」


 外に出て、馬鹿なと思う。


 ハタノは今、確かにドアを通って廊下に出た。

 なのに。

 ……なぜか、同じ客間の中にいる。


 慌てて振り返れば、なぜか今ハタノが通ってきたドアは既に閉じられている。

 ――城帝様の部屋を出たら、城帝様の部屋にいた。

 自分でも言ってて意味が分からないが、事実を述べるならそういうことだ。


 混乱するハタノに、ほほ、と城帝様が微笑む。


「驚かせてすまんね。べつに、とって喰おうという訳ではない。……君とすこし話がしてみたくてね」

「…………」

「よければ一杯、付き合ってくれんかね?」


 城帝様が紅茶の入ったカップを傾け、こちらを誘う。


 ――断る余地がないことを、ハタノはすぐに理解した。


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