2-2.「拙者は働きたくないでござる」
「ハタノ院長の仰りたいことはわかりますけどねぇ。皆にも皆の事情がありましてねぇ……」
帝都中央治癒院、会議室。
集まった三人の”特級治癒師”のうち一人を前に、ハタノは眉を寄せながら応じていた。
「事情とは、何でしょうか」
「派遣先は、あのガルア王国でしょう? かの国は長年我が帝国と敵対していた悪しき国。そもそも、かの国の民なんか助ける必要がありますか?」
「……仰りたいことは分かりますが、これは上層部からの依頼です」
「なるほど、新院長様は目上の方のご機嫌取りにとても熱心なようだ」
へらへらと語る白衣男に、ハタノは苦い顔を浮かべる。
”半端者”グリーグ=ケルビン教授。
ガイレス教授が”半端者”と呼んだ彼は、蛇のように目の細い、いかにもプライドの高そうなインテリ風の男だった。
真っ白な白衣をはためかせ、両手を後ろに組んだままニヤつく様は、弱い相手をいたぶることに特化したようだ……
と思うのは、ハタノの身勝手な先入観だろうか。
「それにですね、ハタノ新院長。かの王国はいまだ、我が帝国に敵意を抱いている。治癒の最中に襲われでもしたら、どう責任を取りますか?」
「今回の派遣は帝国兵も付き添われるため、安全について問題無いと聞いていますが」
「それでも、万が一は起こりえますでしょう? 派遣した治癒師に何かありましたら、ご家族になんと説明される気か」
「仰ることは分かりますが、世の中、一切の危険がない状況などあり得ませんよ」
「ああ嘆かわしい! 新任の院長様はスタッフの安全に興味がないようだ。そりゃあそうでしょうねぇ、ずっと自分の医療を否定してきた治癒師の身など、気にしないのが普通ですから」
両手を上げ、会議室をうろつきながら大仰に語る、グリーグ教授。
悩ましいのは、こんな彼でも”特級治癒師”であり帝国治癒界の五指に入る男である点だ。
無碍に扱うわけにはいかない。
ハタノは溜息をつき、他の”特級治癒師”二人に意見を促す。
「他のお二方は、どうお考えでしょうか。……ホルス教授は?」
「拙者はまあ、行ってもいいような、行くべきというか……」
「え?」
「雷帝様のご命令とあれば、逆らう訳には参りませぬが、果たして雷帝様がどれ程ハタノ院長のことを信頼されているのか。実に、じつに難解な局面」
ふうむ、ううむ、と唸っているのは”日和見”ホルス=バウクアウトベノン教授。
治癒師にしては、大柄で筋肉質。
四角くいかつい顔をした彼は、しかし”日和見”の名の通り、うんうん悩んでばかりだ。
この人、大丈夫だろうか?
ハタノは頭を掻きながら、最後の一人――
眼鏡をかけた、先ほどから黙っている青髪の小柄な女性に目を向ける。
「ええと、ネイ教授は……」
「拒否」
「特級治癒師といえど、帝国で業務放棄は死罪ですが?」
「命令なら許諾。けど、私が出向く合理性が欠落している。外傷治癒であれば一級および二級治癒師で十分。また、私の治癒魔法は多数の患者向きではない。最適解はバカザベラと提案」
「バカザベラ……? エリザベラ教授のこと、ですよね?」
こくり、と頷く青髪の少女、”研究者”ネイ=シア。
眼鏡の奥に輝くブルーの瞳は、およそ感情らしきものが浮かばず、一体何を考えているのか全く検討がつかない。
なお肝心のエリザベラは、理由は知らないが欠席している。
それにしても皆、個性が強すぎる――と、ハタノが頭を抱えていると。
不意に、ネイ教授が席を立ちハタノにするりと近づいてきた。
……何か?
「別件。個人的に今、あなたに興味を抱いた。ハタノ院長」
「え」
「あなたから竜魔力を感じる。何故?」
ああ。確かに、ハタノの身体には竜魔力が宿っている。……夫婦の営みにより、妻チヒロから定期的に魔力を頂いているからだ。
が、魔力精査も行っていない段階で、なぜそれが分かる?
と、考えてる間にネイ教授がハタノに近づき……
ぴた、と白衣に顔を近づけくんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
って何してるのこの人!?
「ネイ教授? 何か」
「人体に竜魔力を取り込む。興味深い。方法を見せて貰えるなら協力する」
「い、いやその方法は……」
愛しの妻と、つがい……
イチャイチャちゅっちゅすることです!
その姿を見せろ、と? 変態か?
ハタノがだらだらと汗を掻く間にも、“日和見”ホルス氏は「ハタノ院長に取り入るべきか、いやしかし、一歩間違えば拙者の院での立ち位置が。それに拙者は働きたくない……実に難解」とぶつぶつと呟いている。
正直、思った。
――こいつら癖がありすぎるだろう、と。
……そういえば、ガイレス教授も「私が一番まともだから院長になった」と言ってたような……。
(ガイレス教授は、私を恨んでいましたが……まっとうに私を恨んでくれたぶん、会話が成り立っていたのでは)
なんて頭を抱えていた所で、グリーグ教授が手を叩いた。
ニヤついた口元は、明らかに、ハタノをバカにしているように見えるが……。
「まあ、今回の件につきましてはこの私、”特級治癒師”グリーグ=ケルビンが責任を持って引き受けましょう」
「……? 宜しいのですか?」
「ええ。新院長殿はまだ来院されて日が浅い。それに比べまして、私であれば融通が利きます。もとより外傷の治癒など、誰を派遣しても代わりないでしょうし、ね?」
グリーグ教授が胸に手を当て、一礼する。
慇懃な態度ではあるが、引き受けてくれるならありがたい……か?
(しかし、他人に頼む仕事というのが、こんなにも大変だとは)
ハタノが何度目かの溜息をついている間に、グリーグ教授は「では失礼」と会議室を後にする。
その様を見送りつつ。
ハタノは次に、治癒に必要な物質の手配を……。
と考え始めたところで、コホン、と咳払いが聞こえた。
”日和見”ホルス教授が、ん、んー、と何か言いたげに喉を鳴らしていた。
いかにも、こちらの話を「察してください」と言わんばかりに腕組みしつつ、身体を揺らしている。
ああもう、次は何だ――?
「……ホルス教授。どうかされましたか?」
「これは拙者の独り言でござる。よって公式の発言ではなく、証拠も残らぬ話であるが」
「はぁ」
「ハタノ院長殿。拙者は働きたくないでござる」
「……は???」
「拙者は世間に角を立てたくなく、権力者に逆らいたくもない。長いものに巻かれ、地味に無難に人生を過ごしたいのでござる。つまり常に日和見を決め込み、旨い汁だけを吸いたいのである」
でかい図体のまま、性癖を語り出したぞ、この人。
ハタノが眉を潜めていると、ホルス教授はトントンと机をつつき、貧乏揺すりを始め。
「そんな拙者はもちろん雷帝様が怖い。超怖い。怒らせてはならぬ相手だ」
「ええ。それは私も思いますが……?」
「が、グリーグ教授はそのあたりの匙加減を間違えるかもしれない。やると言いながら準備をせず、後になってハタノ院長から指示がなかった、と平気で嘘をつくかもしれないし、そうでもないかもしれない」
「……?」
――ぴく、と。
ハタノの眉が動き、ホルス教授はぶつぶつと、大きな声で独り言を続ける。
ハタノ院長が騙されてしまった場合、私にも責任が及ぶかもしれないしそうではないかもしれない。
しかし、グリーグ教授ならやりかねない。
――ガイレス教授の言葉を思い出す。
”日和見”ホルス。
気概はないが、味方にするならこの男が一番だと、ガイレス教授は語っていた。
(これは……もしかして、私にヒントをくれているのか?)
責任は負いたくないが、助言はする。
そんな姿を垣間見た気がして、ハタノはじっと、彼の言葉に耳を傾け始めた。
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