2-1.「今回の件はハタノに全部任せればいいんじゃない?」

 帝都魔城、第一会議室。

 帝国の頭脳とも呼べる会議の末席に加えられたハタノは、早くも胃痛を覚えながら、集まった者達の顔ぶれを眺めていた。


 長方形に並べられた長机。左右に分かれて腰掛けるのは、いずれの名のある各部門の長だ。

 誰が誰だか分からないが、防衛室長、外務室長、才管理室長など、ハタノでは本来手の届かない貴族達がずらり。


 そして、そんな彼らを統括するのが、我が帝国の主達。


 最奥にあるのは、空白の席。

 触れてはならない”神の座”。

 帝国の主にして現存神、人の前に決して姿を現さぬ皇帝陛下が腰を下ろすべき場所として、常に空席であるらしい。


 その席を中心とし、左右に並ぶ四つの座席。


 左側――ハタノ側に、”雷帝”メリアス様と、”炎帝”フィレイヌ様。

 右側――ハタノの反対側に、初老のにこやかなお爺様と、空席がひとつ。

 好々爺、という言葉が似合いそうな、豊かな白髭を蓄えた長老様を眺めていると、雷帝様がパン、と手を叩いた。


「皆の者、急な呼び出しに集まってもらい大変に感謝してやる。雷帝メリアスだ。では、前置きなしで本題に入ろう。先日ガルア王国で起きた都市崩壊事件について報告する」

「……雷帝様。お言葉ですが、ガルア王国での爆発など、放っておけば良いのでは?」

「かの国は現状、我が帝国の属国だ。放置するわけにもいかん。……といいたいが、別に放置しても良い」

「といいますと?」

「問題は、その都市を崩落させた爆弾――通称”宝玉”についてだ。仮に同じものを帝都で使われた場合、およそ帝都の半分を更地にするほど凶悪な兵器だという情報が耳に入った」


 ざわり、と会議室に動揺が走るなか、フィレイヌ様が説明を始めた。


 ――事件概要。

 昨夜、ガルアの地方都市にて突如、夜空に閃光が輝いた。


 目撃した者によれば、「夜空に太陽が現れたかのようだった」という。

 光は空にて輝かしい爆発を放ったのち、数百に分裂。

 まるで星が降り注ぐように、都市全土に飛来し――都市は一夜にして壊滅した。


「”宝玉”とは一体……?」

「目下調査中だが”銃”と同様、未知の兵器である可能性が高い。威力としては、そうだな。余の全力の、四分の一といったところか?」

「……雷帝様。お言葉ではありますが、ガルア王国の魔法検知が甘かったのでは?」

「余も当初は考えたが、どうやら”才殺し”を用いて密輸された爆弾らしい。まあ、余も同じ手を使ったから人のことは言えぬし、帝国も対策は行っているが――今回のは、爆弾、というのが大変によろしくない」


 それがどれ程の恐怖か、帝国民であるなら知らぬ者はいないだろう。


 四分の一スケールの雷帝様。

 ……誰でも持ち運び可。

 そんなものが仮に、アングラウスのようなテロリストの手に渡ればどうなるか。考えるまでもない。


「無論、対策は進めている。正しくは、”銃”といい”宝玉”といい、この世界の文明レベルを大きく越えた異物が現れる件そのものの対策を行っている。その上で、議題をいくつか。まずは検問の強化、とくに”才殺し”対策。また”宝玉”に見舞われた際の救援体制の構築、および、被害を受けたガルア王国への支援だ」


 雷帝様が発言し、ぽんぽんと貴族を名指しして支援要請を立てていく。

 なるほど、今日の会議は予測される災害に対する事前策か、とハタノがようやく理解していると。

 雷帝様がにやっと笑い、ハタノに目を合わせた。


「それと、ガルアの方で怪我人が多数出ており治癒師が不足しているとの情報がある。よって、心優しい余は臨時の治癒師部隊を派遣することに決定した。ハタノ、貴様が帝都中央治癒院から派遣しろ」


 え、と声が出そうになったが、――それが自分の仕事だ。

 ……正直まだ治癒師の名前すら分かっていないが――

 断る選択肢は、ない。


「畏まりました。急ぎ……」

「あぁ~。ん~? 本当に大丈夫ですかねぇ? このような若造に任せてねぇ」


 ハタノの返事を遮るように呟いたのは、斜め向かいに座る貴族だった。

 脂肪のついた顎をいじり、ふむぅ、とハタノをいやらしい目で撫でるのはでっぷりと太ったカエルのよう。


 ムスリ=ディディ。

 通称カエル侯爵様は、ぶふふ、と豚みたいな声をあげながら顎をいじる。


「この男は先日、帝都中央治癒院の長に就任したばかりでしたなぁ〜? しかも我ら高潔なる”才”持ちではない、たかだか一級の男。果たしてそんな人間に、この大役が務まりますかねぇ〜」

「余の判断に口出しするか? 貴様」

「そのようなつもりは。ただ私は帝国の未来を憂い、また、ガルア王国の行く末を心配しているだけですよ。かの男に任せて、犠牲者が増えなければよいんですがねぇ」


 カエル男に続き、対面に座る貴族達がくくっ、と笑う。

 今になって気づいたが、この会議はどうやら左右で派閥が分かれているらしい。


 ハタノ達が座る左側が、雷帝派。

 対する右側が、反雷帝派。……して、その長は。


「その件については、わしも反対じゃのぅ。まだ就任して間もない彼には、ちと荷が重かろう」


 しわがれた、けれど不思議なほど耳に響く声に、全員の意識が向いた。

 お爺様――雷帝様と横並びに座るその方の名は、ハタノも聞いたことがある。


 ”城帝”ドゥーム=ガン様。


 ”雷帝”、”炎帝”に続く四柱が一人。

 不動の”城帝”にして、帝国の守り神と呼ばれるお方――


 が、雷帝様にはそんなの関係ない。


「はっ。若いかどうか。”才”があるか。それは関係ないだろう? 大切なのは、奴が有能であるかどうかだ」

「ほっほ。雷帝殿はまだ若いのぅ? ……帝国において”才”の差は、力の差。いかに彼が有能であろうと、一体誰が才なき者の指示に従う?」

「頭の古いジジィは黙ってろ。余の決定だ、文句あるか?」

「ほほ。あまり粋がるなよ小娘。何なら今ここでやりあうか? 昔みたいにびーびー泣かせてやろうか? んん~?」


 城帝様がけけっと笑い、雷帝様の金髪に雷光が散る。

 周囲の貴族が動揺し、ハタノはハタノで(帝国で雷帝様に面と向かって啖呵を切れる人がいるのか……)と別の意味で驚いていると。


 はいはい、と炎帝フィレイヌ様が手を叩いた。


「いまは会議中だから、喧嘩は外でやってもらっていいかしらぁ? も~、あたしこんな役ばっかし。本当は前戦に出たいのにぃ」

「そなたが出ると、助けるべき奴も全部燃やしてしまうだろうに」

「それがいいんじゃない。ガルアなんて全部燃やしちゃえばいいのよ。……ってことで、今回の件はハタノに全部任せればいいんじゃない?」


 えっ、と青ざめたハタノに、フィレイヌはくすくすと笑う。


「だって、そうでしょ? ガルアへの応援は必要。けど、しょせんガルアでしょ? もともと帝国に牙向いてた奴らなんて、助からなくても別にいいじゃない」

「ふむ」

「で、ハタノに全部任せて上手くいったら成果を認める。失敗してもまあ、死ぬのはガルア国民だし別にぃ? って感じで」

「まあ一理あるか」


 雷帝様が頷き、他の貴族も並んで同意する。

 なるほど。……例えるなら、試金石。

 ハタノが上手くやれば、それでよし。出来なくても、帝国民が死ぬ訳ではないなら別にいい。

 対面に並ぶ貴族達からは、失敗して大恥をかけばいい、という空気さえ感じる。


 ハタノは嫌な目線を受け流しつつ、じっとりと背中に汗が流れるのを感じる。


(試金石とはいえ、失敗する訳にはいきません。しかし……)


 目処が、立たない。


 ハタノ一人で現場に向かえと言うなら、幾らでも請け負おう。

 が、今ハタノに課せられたのは、治癒師を派遣する上司の仕事だ。

 未だ部下との信頼関係ひとつなく、個人で頼める治癒師なんて、せいぜいミカとシィラしかいないが……?


「宜しい。では、その件はハタノに任せるとしよう。出来るな?」

「ほっほ。まあ、若造のお手並み拝見と行こう」

「ま、ハタノなら大丈夫よねぇ~? いつもみたいに秘策、あるんでしょ?」


 三柱にがっつり詰められ、秘策なんてないですけど、とは言えない。

 また胃痛案件が増えたなぁとハタノは頭を抱えながら、会議は続行され――続く議題に耳を傾けながら、どうしたものかと考えた。


*


 ――とはいえ、ハタノの出来ることは、少ない。

 治癒師の派遣。頼るべきは院に勤める”特級治癒師”だ。


(こういう時こそ、エリザベラさんのような範囲治癒が役にたつのですが……先日、揉めたばかりだしなぁ……)


 という訳で、ハタノは院に戻るなり事務局長経由で、院にいる特級治癒師全員に集まるよう声かけする。

 まだ挨拶もきちんと出来ていなかったし、そこで事情を話そう。

 彼らも治癒師。話せばわかるはずだ。





 ……なんて予想は、あっさりと裏切られた。

 会議室に集まった、エリザベラを除く三人の特級治癒師。

 ハタノの頼みにそれぞれ返ってきたのは、


「拒否」

「お話は分かるのですが、引き受けてもいいような引き受けてはいけないような」

「んー、素直にハイとは言えませんねぇ」


 癖の強すぎる、三者三様の「お断り返事」であった。

 何でだ。仕事は仕事なんだから、きちんと頼まれてくれないか――? と、心底から思うハタノであった。

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