1-2.「仕事の邪魔をしないで貰えませんか?」

 帝都中央治癒院の玄関ホールに飛び込むと、すでに多くの怪我人によりごった返していた。


 事情を聞けば、なんでも高位の”才”持ち貴族同士が口論を始め、帝都で禁じられている魔法攻撃を行ったのだとか。

 それを弾いたところ、運悪く天井にぶつかり崩落したという。

 幸いなことに、多くは軽症。

 自力で来院できた人も多く、そういう人は足を軽く引きずっていたり小さな外傷はあるものの、一見、命に別状はない。


 その一方で、数は少ないが携帯用担架により運ばれてくる患者もいる。

 足がおかしな方向に曲がってる者、額から出血している者。


 ハタノは彼らを救急治癒室に運ばせつつ、ざっと受付ロビー全体を見渡していく。


 治癒院に歩いてきたから、軽傷である――という思い込みが大変危険であることを、ハタノは重々理解している。

 一見、軽い頭部打撲に見えても頭の中で出血していたり、軽い腹痛だと思ったら臓器損傷があったりと、見逃してはならない事例は山ほどある。


 とはいえ連絡によれば、怪我人の数はそう多くない。

 慌てる必要はありません、とハタノは皆に告げ。


(私は診断を優先した方が良いかもしれませんね。他の治癒師では、対応できない事例があるかもしれません)


 ハタノはしっかりと、彼らでは荷が重そうな患者がいないか、目を光らせようとして――


「はっ! 弱っちいザコ治癒師は黙ってなさい!」


 耳に刺さる声。

 皆が振り返れば、先ほどハタノに挑戦状を叩きつけた”特級治癒師”エリザベラが、にまにまと笑いながら緑のツインテールを流しふんぞり返っていた。

 ……?

 怪我人が多数いる中で、何を言ってるのか。


 ハタノも、当然他の治癒師も訝しむが、エリザベラは構わず右手を掲げる。


「今さら紹介するまでもないけどね? あたしは”特級治癒師”エリザベラ=アーチ様! そして特級治癒師は普通の治癒師と違う、特別な魔法が使えるのよ」


 確かに、かのガイレス教授は”生命生成”という異次元の魔法を使えた。

 が、それと今の状況に、何の関係が?


「そして当然このあたしも――こんな風に、ね!」


 訝しむハタノの前で、楽しげに、エリザベラが手を掲げた瞬間。

 まるで火山が爆発したかのような魔力が走り、ハタノは思わず足を踏ん張った。


(っ……相変わらず、バカみたいな……!)


 エリザベラを中心に、白い光が魔力風をともない渦を巻く。

 本来、魔力は人の目で見ることができない。

 にも関わらず、ハタノにはまるで力そのものが疼いているかのような圧を感じ、思わず顔を庇う。


 ハタノと、他の治癒師が驚く中。

 神々しいとまで呼べる光に包まれながら、にっ、と、エリザベラが勝ち気に笑い。


「見るがいいわ。これが世界最高の治癒魔法! 秘技――”広域治癒”!」


 彼女が腕を振り下ろし、床に手をつく。

 直後、まるで衝撃波が放たれるように、光の帯がホール全体を走り抜け――


 光を浴びた全患者の外傷が、ふわりと光に包まれ治癒されていく。

 まるで時間が逆再生するかのように、……綺麗に、だ。


「……え?」


 ハタノが呆けたのも、無理はない。

 原則として”治癒”魔法は、治癒師が触れた箇所しか治せない。

 だからこそ治癒師は”治針”を用いて患者を刺すし、ハタノの外科治癒は患者を開いて患部を直接治癒する方法を取る。

 ガイレスですら、そうだ。


 故に、治癒魔法には魔法を”飛ばす”なんていう概念は存在しない。


 なのに、彼女はその治癒魔法をあっさりと飛ばした。

 しかも複数人を一気に治癒するという、荒技。


 これは。

 これは――


(なるほど。傑物と呼んで差し支えない”才”です)


 実力だけを見れば、普通の治癒師数人分、いや、数十人分にも及ぶだろう。

 ハタノも正直、驚いた、なんて言葉で表現するのも馬鹿らしいくらいに呆気にとられた。


 その上”特級治癒師”エリザベラは、今の魔法で魔力切れを起こした様子もなく、平然と仁王立ちしている。

 これを化物と呼ばずして、何というか?


「はっ。見たこと? ハタノ。これが本物の天才! あなたも一介の治癒師なら、あたしの力が分かるでしょう?」

「…………なんとまあ」


 確かに、仰る通り。

 その力は驚異的であり、非常識。

 これぞ”特級治癒師”という力をまざまざと見せつける一発であり、ハタノとは比べものにならない才だ。


 実に、驚異的かつ圧倒的――


 ……では、あるが。

 ハタノの抱いた感想は、また別のもの。


 にまにま笑うエリザベラに、ハタノはそっと自らの白衣を整えつつ、息をつく。


「なるほど。確かに、エリザベラ教授は素晴らしい”才”をお持ちのようですね」

「ふふ。これで分かったでしょ? あたしとあんたの間には”才”っていう圧倒的な差があるの。ま、生まれの差ってやつ? で、どう? あたしの魔法を初めて見た感想は」

「……ええ。確かに、驚きました」


 認めよう。

 彼女は凄い。

 本当に、”才”に関しては素晴らしいものを持っているし、その境地には誰もたどり着けないだろう。


 ただ一方で、治癒師としては?

 ハタノは改めて襟元を正し、にやつくエリザベラにしっかりと忠告した。


「ええ。心底から驚きましたよ。あれだけの才と魔力を持ちながら、――こんなに雑な治癒をする、馬鹿な治癒師がいるとは」

「……は?」


 ガイレス教授の評価は、あながち間違っていなかった。

 彼女は史上最強の治癒師にして、希代のバカ。


 そのことを理解しながら、ハタノは呆れぎみに溜息をつく。


「エリザベラ教授。あなたは史上最強の治癒師にして、同時に残念ながら、最弱の治癒師です」

「…………は? は? はああっ!?」

「だってそうでしょう。患者の内情を聞かず、ただ表向きの治癒してどうするんです?」


 見た目の怪我は、今ので癒えたことだろう。

 けど、もし患者本人が内出血していたら?

 何らかの臓器を損傷していたら?

 魔力精査もなしに、ただ上から怪我を治して帰宅させ、重要所見を見逃したら?


 呆気に取られるエリザベラに、ハタノははっきり、口を鋭く尖らせて告げた。


「すみませんが。素人は、仕事の邪魔をしないで貰えませんか?」


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