第三章

1-1.「待ちなさい! この卑怯者!」

 帝都中央治癒院、中央大講堂。

 事務局長の挨拶が終わり、まばらな拍手が響くなか、ハタノは自身を落ち着かせるようにひとつ息をついた。


 講堂にずらりと並ぶのは、いずれも二級以上の”才”をもった治癒師達、および各部門の上層部だ。

 救急および外来を担当している者以外、すべての人を集めて行われるのは――


 ハタノの、院長就任式。


(正直なところ、挨拶する時間があるなら業務に充てて欲しいのですが)


 それでも立場上のトップになる以上、就任の訓示は必要だろう。


 何を話せば良いだろうか?

 人前に立つのが不慣れなハタノは、一応、原稿を丸暗記している。

 不格好であろうと未熟であろうと、仕事ならばやるしかない。


(とにかく、自分の出来ることをする。仕事の基本に立ち返りましょう)


 事務局長による挨拶が終わり、司会からハタノに声がかかる。

 ハタノは、はい、と返事をしながら壇上へと足を運び。

 会場を見渡しながら、ゆっくりと響くように挨拶を行った。


「帝都中央治癒院にお勤めの皆様方。この度は、突然のことに驚いたことかと存じます。私自身もまた、晴天の霹靂といった思いではありますが――」






「……以上で、挨拶を終わります」


 そうして挨拶を述べ終え――ハタノは、己の立場を実感する。


「…………」


 挨拶を終えたハタノに向けられた、彼らの答えは……

 乾いた拍手。

 事務局長だけが慌てたように強くパチパチと拍手をするが、残る多くの者はおなざりに手を叩いているだけだ。


(まあ当然でしょう。たとえ雷帝様の命であったとしても、納得いくはずがありません)


 ハタノは壇上を降りながら、講堂に並ぶ彼らを見渡す。

 不信。

 敵意。

 違和感。

 そして一番多いのは、戸惑い。

 ハタノという新しい存在にどう対応して良いか分からず、空気に飲まれている者が大半だった。


 まあ、無理もない。

 ハタノの治癒方針は、従来の”才”治癒とは正反対のものとして、院長であるガイレスを始め皆に嫌われていた。

 そんな蛇蝎の如く嫌われていた者が、上に立つ。

 感情的に納得がいくはずもなく、ハタノもそれを咎める気はない。


 もちろん、雷帝様の命だと伝えれば、彼らを強引に動かすことは可能だ。

 が、それでは医療の質自体が落ちてしまう。

 治癒現場に恐怖と支配を持ち込んでは、医療上のコミュニケーションが滞るのは目に見えている。

 その結果、ハタノに怒られないよう、失敗や不正を隠蔽してしまうブラックな組織になりかねない。


(本来の手順を考えるなら、間にクッション役を入れるべきだと思うのですが……)


 そういう人事の手心は、なし。

 雷帝様も、思いきったことをされる。

 職員の彼等にとっても荷が重いだろうが、悩ましいのはハタノも同じ。


(それでも妻を守るため、やるしかない。まずは、ガイレス教授からお聞きした、四人の特級治癒師にあたるのが一番でしょうか)


 慣れないことも多数あるだろう。

 最初から上手くいくとも思っていない。

 それでも、自分に与えられた責務を誠実に行っていかなければ、自分も、そして愛しい妻も守れない。


 ハタノはそんな内心を押し殺しながら、「ご静聴ありがとうございました」と挨拶し、壇上を降りようとして――




「待ちなさい! この卑怯者!」


 飛び込んできた声に、足を止めた。

 振り返れば、治癒師の群れをかき分けながらずんずんと誰かが歩いてくる。


 緑のツインテールを流し、猫のように目を尖らせた少女。

 シィラよりも若い、けれど自信に満ちた大股でなんと壇上にまで乗り込んできた彼女は、ハタノにびしっと人差し指を突きつけた。

 直後、――ハタノは怯む。


(っ……! なんだ、この魔力)


 ただ近くに居るだけで、びりびりと肌に触れる魔力。

 巨大な壁でも現れたかのような”圧”に驚きながらも、ハタノは緊張を隠して息をつく。


「……卑怯とは、なんのことでしょう」

「決まってるわ! あなたが卑怯な治癒をして、クソジジイを追い出した件よ!」

「く、クソジジイ、とは」

「ガイレスのクソ爺に決まってるでしょーが!」

「…………は?」


 まさか。帝都中央治癒院に、かの前院長ガイレス教授を指して「クソジジイ」なんて呼ぶ治癒師がいるのか?

 ていうか、この子は誰だろう。


「ふん! あなたの手品は、もう種が割れてるのよ。人の身体を切り裂いて治癒するらしいけど、どうせ違法な魔法具を使って治癒してるに違いないわ」

「……?」

「そうでなきゃ”才”で下回るあんた如きが、あのジジイを押しのけられるはずないじゃない! あいつはクソジジイだけど、治癒魔法だけはマジモンのマジだし? そのジジイが突然入院して、あんたが院長? どう考えてもおかしいでしょ!」


 ハタノはぽかんとする。

 非難は想定内だが、まさか、就任式の壇上で啖呵を切られるとは思わなかった。


 同時に――

 こんなことをする女性に、ハタノは一人だけ心あたりがある。


*


 ”才”を重んじる帝国において、”特級治癒師”は特別な存在だ。

 ガイレス教授によれば、帝都中央に勤める”特級治癒師”は、ガイレスを含めて全部で五人。

 そのうち、まず三人の紹介を受けた。



 ”日和見”ホルス=バウクアウトベノン

 ”研究者”ネイ=シア

 ”半端者”グリーグ=ケルビン



 ガイレス教授は彼等について、こう語っていた。


「ハタノ。先に忠告しておく。この三名のうち、貴様ともっとも相性が悪く厄介なのが”半端者”グリーグだ。やつは特級治癒師ではありながら、特級治癒師ではない」

「といいますと?」

「魔力量的には特級と認定されているが、その実力は、私を含めたほかの特級治癒師の半分もない。……そして奴は、そのことに対し、歪んだ才能コンプレックスを持っている。そんな奴の上に”一級治癒師”の貴様が立つ。どうなるか分かるだろう?」

「それは……」

「貴様が嫌がる説明をするなら、奴は一級治癒師ベリミー=オークライの超上位互換だな」


 ハタノは思わず顔をしかめた。

 今の時点でわかる。

 帝都中央に努める上で、特級治癒師グリーグは最大の障害となるだろう。


「”才”社会を肯定する帝国としては、奴をとがめにくい立場でもある。くれぐれも、味方に出来ると思うな。奴に出し抜かれないよう立ち回れ」

「……そういうのは、苦手なのですが」

「逆に”日和見”ホルス。あの男は臆病で気骨に欠けるが、貴様にとっては一番の理解者になるだろう。それと”研究者”ネイ。あの女は……まあ、餌をやれ」

「は?」

「お前が利益がある存在だと分かれば、アレは勝手に懐いてくる。餌付けしろ」


 教授はそれから、ノートに最後の名前を書いて、考える。



 エリザベラ=アーチ



「ハタノ。エリザベラは今年、貴様の追放と入れ替わりで入職した新米の特級治癒師だ。緑のツインテールを馬鹿みたいに揺らし、馬鹿みたいな魔力を常時びりびり放っているから嫌でも気づくだろう。……それはまあ、いいのだが」


 教授がペンを止め、言いよどむ。

 珍しいこともあると思いながら見てると、教授はその名前に彼女の肩書きを付け加えた。



 ”天才バカ”エリザベラ=アーチ



「き、教授?」

「先に言っておく。純粋な魔力量だけなら、エリザベラは私をも越える史上最強の治癒師だ。おそらく帝国史上、いや大陸全土を見ても、極才を除いた一般的な”才”の中ではほぼ上限に近い魔力を持つ。それ位の化物だ」


 教授がそこまで言うのは珍しい。

 が、教授はこの手の評価で、お世辞を言う人間ではない。つまり本物の最強――


「が、そのせいで皆にちやほやされ過ぎた、お上りさんでな……おつむの方が……神はなぜあんなのを特級治癒師にしたのか……」

「き、教授でもそういうことを言うんですね」

「アレは性格がもう少し落ち着けば、いい治癒師になると思うのだが。とにかく、バカでな……慣例的に、”特級治癒師”は院内で”教授”と呼ぶのだが、アレが教授と呼ばれるのは虫唾が走る」


 ぐぬぬと唸るガイレス教授。

 よほど、嫌な思い出でもあるのだろうか。


「そしてバカである以上、周囲の目など気にせず、まず突っ込んでくるのは奴に違いない。まあ、生意気なガキが絡んできたと思って相手してやれ」

「えぇ……?」

「遠慮はいらん。貴様に頼むのは癪だが、一度ボコボコにしてやれ。奴は一度、痛い目をみた方がいい。……ああ、そういう意味では貴様と相性がいいかもしれんな。暴走はするが、根は素直な女だ」


 と言われ、その時は意味がわからなかったが――


*


 今ならわかる。

 圧倒的な魔力量。

 衆目を気にせず突っ込んでくる、負けん気の強すぎる少女。


 新米”特級治癒師”エリザベラが、ハタノに指をつきつけ全員の前で宣言した。


「だから、あなたの無能さを明かすためにも、あたしと勝負よ!」

「は???」

「あなたが本物の治癒師だっていうなら、きちんと患者を救えるはずでしょ? どっちがたくさん患者を救えるか、その差で勝負よ!」

「……あの。医療は早い者勝ちでも、数を競うのでもなく、患者が助かればいいと思うのですが」

「逃げるの? だから卑怯者って言われるのよ! はーっ、ザコ、ザコ、ざーこ! 治癒師ならきちんと治癒で勝負なさい!?」


 きゃんきゃん吠えるエリザベラ。

 この子、治癒師をなんだと思ってるのだろう?


 成程、これは教授が手を焼くはずだ……とハタノはうなり、事務局長があわあわと泡を吹き、他の治癒師達がぽかんとしてる中――


 その一報は、講堂を破るように轟いた。


「すみません、皆様方! 急報です! 帝都東講演ホールにて大規模な落盤事故が発生! 怪我人多数とのこと!」


 ハタノの意識が引き締まった。

 講堂に並ぶ治癒師達も、顔つきが変わる。


 ハタノの就任というイレギュラーが起きても、彼らは治癒師だ。

 ハタノが指示するまでもなく、全員が急患を迎えるべく動き始め――


「あ、丁度いいわね、ハタノとかいう男。どっちがたくさん治癒できるか勝負よ!」


 一人だけ、別の話をしている女がいた。


(治癒は、数を競うものではないと思うのですが……)


 ハタノは呆れつつ、けれど、彼女の性格はある意味わかりやすいと思いながら、現場へと赴く。

 帝都中央治癒院初日の業務は、波乱の中で幕を開けた。






――――――――――――――――――

三章開幕しました。今回は主に、ハタノのお仕事編になります。

連載ペースは週二回、水曜と土曜日夜九時を予定しています。よろしくお願いします。

なお初回だけ二話ぶん公開します。

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