後日談3.「勘違いするなよ。べつに、貴様のためを思って言った訳ではないのだからな!」
チヒロの予後確認に、いま勤めている治癒院の業務引き継ぎ。
帝都中央治癒院への移籍に伴う仕事を、ハタノは足早に片付けていく。
いま務めている治癒院の後任人事は、雷帝様が信頼のおける治癒師を派遣してくれるらしい。
ハタノのような外科治癒は行えないが、それなりの実力者だと聞いている。
細かな配慮を貰ってるなと思いつつ、ハタノは改めて、シィラとミカの今後について尋ねた。
渋い顔をしたのは、ミカ。
「帝都中央かぁ~~~。あたしは戻りたくないけどなぁ。でもなぁ~」
「べつに戻らなくても構いません――と言いたいのですが、実は、ミカさんとシィラさんの名前を、雷帝様に出してしまいまして。ハタノ流の外科治癒を担う弟子である、と……」
「それ断る権利、最初からなくない!?」
雷帝様の認識では、おそらく二人は、ハタノ流の外科治癒を担う後輩とみられているだろう。
ここに置いていく訳にはいかない、と説得すると、シィラは了承、ミカもやむなく頷いてくれた。
「まあ仕方ないねぇ。先生とは新人の頃から腐れ縁だし」
「私も、もっと先生の元で学びたいので……」
半ば強制的に、二人は帝都中央治癒院へとついてくることになった。
*
そうした仕事を片付けた後、ハタノ達は一足先に、帝都へ入る。
――中央治癒院の院長。
その座に座る前に、どうしても、話をしておきたい相手がいた。
「……貴様に、見舞いに来られるとはな。今日は厄日か?」
帝都中央治癒院、特別病棟。
ベッドで不愉快そうに舌打ちするガイレス教授に、ハタノは改めて頭を下げた。
ガイレス教授は現在、チヒロの治癒の後遺症により入院を余儀なくされている。
ハタノによる強引な魔力供与の後遺症は、もう少し長引くという。
その合間に、ハタノが治癒院の代表に滑り込んだ。
雷帝様の命とはいえ立場を掠め取った形になるため、挨拶に伺うべきだろう。
というのは、建前だ。
「教授。先日の治癒では、最善を尽くせず申し訳ありませんでした」
「……ふん。確かに、私以外の特級治癒師があの場にいれば、私の様態がここまで悪化することは無かっただろう。貴様が院長になるのに、都合のいいお膳立てが出来たという訳だ」
「そんなつもりは……」
「冗談だ。貴様が治癒において手を抜くとは思えん。……そもそも、他の特級治癒師を呼ばなかったのは私の判断だ。私が、私だけが、勇者チヒロの治癒に直接携わりたいという欲があったからな」
その結果がこれだ、と、ガイレスはつまらなさそうにベッドを示しながら、ハタノを睨む。
「それで? まさか貴様ともあろう者が、ただ謝罪の挨拶に訪れた訳ではあるまい」
話が早い、と、ハタノは側の椅子に腰掛けた。
「ガイレス教授。未熟な後輩にして治癒院の長となる私に、助言を頂きたいのです。正直、なにから手をつければ良いかも分かりませんが……まずは私が関わるべき、治癒師の上層部の方についてお聞きしたく」
「ハタノ。私が貴様に、素直に協力すると思うか?」
「そこを何とか……」
と、ハタノは手元のアイテム袋から数冊の書物を取り出した。
ハタノが実家で存分に読みふけった、異世界の医学書である。
びき、と。
ガイレスの額に青筋が走った。
「貴様は本当に、人を馬鹿にする術については事欠かんな。よりによって倒れた私に、貴様の治癒法を学べと言うか」
「ですが教授、確かチヒロの治癒の際『私の方が治癒が優れている』と仰っていたので」
「ぐぬ……」
「私には、教授のお気持ちは分かりません。ですが、治癒師として上に立ちたいという姿勢は理解できますので、お役に立つかなと」
「貴様マジで張り倒してやろうか?」
ガリガリと、ガイレス教授が白髪をかきむしる。
失敗だっただろうか。
とはいえ、ハタノにはこれ以上に最適な賄賂……じゃない、見舞いの品が思いつかなかったのだが。
「まったく。貴様は本当、治癒はともかく人心についての心得がなさすぎるな」
ガイレスが溜息をつき、首を振る。
……どうしたものか、と、ハタノが戸惑っていると――
コホン、とガイレス教授がわざとらしい咳払いをした。
「帝都中央治癒院には、私を含めて五人の特級治癒師が勤めている。他にも、事務方や治癒補助師の長もいるが、”才”社会である治癒院を知るには、この者達について知るのが一番早い」
「……教授?」
「私が居ぬ間に、帝都中央治癒院の秩序を乱されても困るからな。少しくらい、入れ知恵をしてやる」
それから、ガイレス教授は丁寧に、帝都中央治癒院の実情について語り出した。
ガイレスを除く、四人の特級治癒師の特徴。
事務局長や薬局長。
その他簡単に、今の帝都治癒院の現状について。
「ハタノ。貴様にいいことを教えてやる。私がなぜ他の特級治癒師を差し置いて、帝都中央治癒院の長を務めていたか、わかるか?」
「いえ……そういえば、何故ですか?」
「簡単だ。私が、特級治癒師のなかで一番まともな性格だったからだ」
ハタノはたまらず苦い顔をし、ガイレスがくくっと笑った。
「存分に苦しむがいい。私は貴様が戸惑い悩んでいると、実に愉快だ」
「はぁ」
やっぱり、この男は分からないなと思う。
ハタノとは全く異なる概念、価値観で動いているとしか思えない。
何か少しでも、理解できるとっかかりがあれば良いのだが――
……うーん。というか、
「教授。素朴な疑問なのですが……私が悩むのが愉快なのであれば、特級治癒師の情報など教えなければ良いのでは?」
「私とて気乗りはせん。が、貴様があまりに情けない声で頼んできたから、僅かばかりの施しをしてやったに過ぎぬ。……それに就任早々、潰れられても困るしな」
「そうなのですか?」
「貴様が容易く潰れては、私の面子が立たんだろう。それに、雷帝様の面子にも泥を塗ることになるし――何より貴様が倒れては、私が貴様を上回る治癒師になったことを、証明できなくなるからな」
吐き捨てるように伝え、ふん、と鼻を鳴らすガイレス教授を見て――
ハタノはようやく、教授に当てはまりそうな言葉を閃いた。
……いや、違うか?
けど、もしや。
「教授。私は教授のことがよく分かりませんが、ひとつだけ分かった気がします」
「なんだそれは」
「思うのですが、もしや……教授は、ツンデレという概念なのでしょうか?」
「何だそれは」
チヒロと先日訪れた本屋で見かけた単語だ。
確か、主人公の言動をやたら否定しながら、しかしその裏に好意を隠し持っている人物を、そう呼ぶらしい。
もしくは、自分のライバルたりえる男が主人公に対して敵対心を表しつつも、味方になってくれる概念を、そう表現するのだとか。
……と、説明すると、ガイレス教授は文字通り眉を逆立てて激怒した。
「貴様、私をバカにしているのか!?」
「す、すみません」
「勘違いするなよ。べつに、貴様のためを思って言った訳ではないのだからな! いいか、貴様を倒すのはこの私だ。それまでに倒れられては困るから、帝都中央治癒院の情報を渡しただけ。覚えておけ、私は貴様がなんと言おうと、貴様のことが大嫌いだからな!」
どうやら全く違ったらしい。
ハタノは、教授のことを治癒師としては認めているのだが……
と、少し名残惜しく思いつつ、もう一度だけ礼をして退室する。
(そのうち和解できないだろうか)
ハタノは脳天気にそんなことを考えつつ、難しいだろうなぁ、と頭をひねった。
ハタノの姿が消えた後、ガイレスは頭を掻いた。
あいつと話していると、本当に腹立たしい。
しかも、余計なものまで置いていきやがって。
「くそっ……!」
ガイレスはベッド側に置かれた医学書を掴み、肩を振り上げる。
そのまま、投げ捨てようとして――
「…………」
ガイレスは無言で、腕を降ろす。
――以前のガイレスであれば、見向きもしなかっただろう。
帝都中央治癒院の長。
帝国の治癒の顔にして、数居る治癒師のトップ。
その自分が外法に手を染めるなどもっての外。治癒師の風上にも置けない、と。
――けれど。
ガイレス自身、うまく言葉にできないが……
先日の治癒を経て、憑きものが落ちたとでも言うべきだろうか。
最終的には倒れたものの、ガイレスなりに、ハタノへ治癒師としての実力を見せつけることが出来た。
誰にも言えない劣等感に苛まれていた彼にとって、それは歪んだ形であっても、ある種の精算が済んだ形であり。
ハタノが自分を認めていることも、口にはしないが理解した。
そんな今なら、……少しだけ。
凝り固まったプライドを、下ろせそうな気がした。
(丁度、院長職を辞したところだ。久しぶりに時間もあるし、いまの私には責任もない。……治癒師として新しい知識を得るには丁度いい、か)
その言葉がただの言い訳であることを、ガイレス自身も薄々と理解しつつ。
渋々……本当に渋々、彼の本を手元に置く。
誰も見てないだろうな、と、念入りにドアを睨み付け。
(治癒魔法以外の治癒など私は認めぬ。が、奴がチヒロを治癒したのも事実。……本当に使えぬかどうか、全く試さないのも治癒師の名折れ)
ぶつくさと言い訳をしながら。
若い男が危ない本を開くように、ガイレスは表紙にそっと指をかけ――
ガラッとドアが開き、ハタノが戻ってきた。
「すみません教授、忘れ物を……」
「うおおっ!?」
「?」
「貴様、入院患者の部屋に入るときはノックぐらいせんか! それでも治癒師か!?」
「す、すみませんでしたっ」
ハタノはぺこぺこと謝り、慌てて部屋を後にする。
その背中を鬼の形相で睨みながら、だから奴は好かんのだ! と。
ガイレス教授は顔を真っ赤にしながら、手元の本をベッドに叩きつけたのだった。
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