7-3.「――余念を挟む理由など、ないだろう?」

「ハタノ。帝国の民である貴様に問うまでもないが、我が国の建国秘話は知っているな?」

「はい。偉大なる”才”を持ちし初代皇帝様が、才ある者のために、国を興した……と」


 古き時代、この世界には”才”と呼ばれる力が存在しない頃があった。

 人々は己の肉体のみで魔物と戦い、その脅威に怯えながら日々を過ごしていたという。


 そんな人類を哀れんだ神が、人々に新たな力”才”を与えた。

 人々はその力に歓喜し、……しかし、やがて生まれた強大な”才”を人々は恐れ、迫害したという。


「我が帝国の始まりは、強大であるが故に他国より迫害された”才”の持ち主――すなわち、神の代理たる初代皇帝陛下が国を起こし、あらゆる”才”を受け入れることで発展した」

「はい。なので、帝国は”才”が重視される社会となりました」

「その通り。が、建国当時はそれでよくとも、歴史が続くと国は腐敗する。……事実、帝国貴族の有様はどうだ? 己の恵まれた”才”に奢るあまり、”才”を高める努力を怠り傲慢にふるまう始末。余はどうにも気に入らん」


 しかもな、と、雷帝様はどかっと椅子に座りながら左肩に触れる。

 先日、銃により穿たれた傷跡をなぞるように。


「先日の銃撃事件、我が国の貴族が関わっていた」

「……国の”柱”たる雷帝様を、暗殺……?」

「馬鹿がこじらせると”極才”という、自分より偉い才が気に入らん奴が出るらしい。まったく、一体誰がこの国を守っているのか、平和が続くと頭までボケるようでいかんなぁ? まあそやつは先日、運悪く入院中にテロ事件に巻き込まれたが」


 チヒロの話を思い出す。

 確か、帝都中央治癒院に入院していた長老という男が、例のテロに巻き込まれた、と。

 ……あのテロは、チヒロを狙った計画にしては、杜撰だと思っていたが。


「もちろん余は何も手出しはしていないぞ? ガルア王国とアングラウスの連中がテロを起こしたのは事実。我が国は非人道的なテロの被害者であり、しかし、憎悪に憎悪をもって返すことは民のためにならぬと考え、ガルア王国と平和条約を締結した。じつに涙ぐましい話だ」


 平和的だろう?

 と、手をひらひらさせて語る雷帝様の言葉を素直に信じる者など、いるはずがない。


「とはいえ、まだ帝国内部には腐った連中もいるし、そもそも社会に根付いた”才”信仰は強い。その状況を余は変えたいと思う。そこで貴様だ、ハタノ」


 すっと、雷帝メリアスの指がハタノに定められた。

 蛇の如き眼に、ぞくり、と背筋に寒気が走る。


「”一級治癒師”である貴様には、帝都中央治癒院の院長についてもらう。帝国医学界のトップだ。そして貴様の採用は”才”の高い者ではなく、本当の意味で能力の高い者を優遇するという余の意思表明にもなる」

「それは……雷帝様のご意向は理解しましたが、私は人の上に立つような性格では……」

「貴様の性格など聞いてない。やれ、と言ったのだ。それに、貴様にもメリットがあるぞ?」


 一体、何の。

 胃痛の材料が増えるだけでは……?

 と、ハタノが悩む前で、雷帝様が鼻で笑った。


「権力。金。人脈。知識。この国を動かす力を手に入れられる。それが褒美だ」

「……私は、権力なんて」

「力をどう使うかは貴様次第だ。酒池肉林を楽しむもよし、女を侍らせるもよし。覚悟があるなら、余を殺して帝国の主に成り上がってもいい。下剋上は男の夢であろう?」

「そんなの、私には、」

「或いは、己の好いた女を守るために使うのもいいだろうなぁ? 余にはまるで理解できんが、世の中にはそういう一途な男もいるらしい」


 ハタノははっとし、遅れて雷帝様の意図を理解した。


 権力。金。人脈。知識。

 ハタノの人生には縁遠く、望んで手にしようとは思わない。


 が、もし自分に人を融通する力があれば……

 チヒロに理不尽な命令が下された時、抗うことができる。


 一介の治癒師のままでは、決して手の届かない力。

 ハタノの望んだ、妻を守る力を得られる――雷帝様はそこまで理解されたうえで、提案を。

 いや、脅迫を仕返してきている。


 雷帝様がくつくつと笑い、ハタノに綺麗な犬歯を覗かせながらにやついた。


「どうだ? 魅力的な提案であろう?」

「……雷帝様。それは、つまり」

「代わりに余に忠誠を誓え、ハタノ。貴様のいいところは裏切る心配がないところだ。そして貴様が余の手元にいる限り、勇者チヒロも一緒についてくる」

「……ついてくる、でしょうか。チヒロは仕事一筋の女ですし」

「お前バカか?」

「え」

「いや、まあそこは夫婦の問題か。何にせよ、お前らの夫婦仲が良好な限り、余を裏切ることはあるまい。なにせ片方を脅せば、必ずもう片方が言うことを聞くからな。存分に利用させてもらう。代わりに、貴様も余を利用せよ」

「利用……」

「余の庇護下にある限り、貴様等の後ろ盾になろう。どうだ、心強いだろう?」


 雷帝様の提案に、それでも、とハタノは考える。

 ――帝都中央治癒院の院長。

 自分を否定し続けた治癒師すべての上に立ち、彼らの知らない治癒を指導する。


 反発は大きい、なんてものではないはずだ。

 下手すれば刺される危険性だってある。


 しかも相手は病院関係者だけではない。

 帝都中央治癒院の長ともなれば、貴族の関与も増えるだろう。

 伏魔殿に飛び込むようなものだ。


(自分に、そこまでの器量があるだろうか。そこまでの責任を背負えるだろうか?)


 ハタノは一介の治癒師に過ぎない。

 その自分が、そのような大きな立場に立って、本当に立ち回れるのか。

 妻チヒロの力になりたい気持ちはあるが、これは、あまりに大きすぎる転換点ではないのか――?


「ハタノ。考える必要はないぞ。余は、やれと命じているのだ。それに出来なくても問題無い」

「え」

「ガイレス教授。奴はすぐれた指導者だったか? 優れた才を持ち、歳だけは重ねていたが、特級治癒師というプライドをこじらせた子供であっただろう?」


 それは、……ハタノには判別できない。

 教授には教授の理念があった、としか。


「奴はまさに淘汰されるべき、古き時代に生きたつまらぬ人間だった。……だが同時に、面白い男でもあった。自身の欲とプライドのためなら死んでもいいと訴え、それを元にチヒロの治癒を申し出た。だから余は許可した。――貴様も、奴を見習え」

「は?」

「政治的な立ち回りなど求めん。治癒院の運営が多少うまくいかなくとも構わん。貴様はただ自分が思う通りに仕事をし、困ったら妻のことを最優先に考えれば良い」

「……それは」

「ガイレスは特級治癒師という誇りに狂った。ならば貴様は、妻への愛に狂えばいい。奴がプライドを拗らせたように、貴様はただ愛を拗らせればいいのだ」


 古今東西、物語に出てくる愛などそんなものだろう?

 雷帝が立ち上がり、両手を広げ、悪魔のようにニタニタと唇を歪める。


「安心しろ、ハタノ。人間はどいつもこいつも馬鹿ばかり! だが、そもそも人間とは本質的に馬鹿なのだ。私も含めてな!

 だから貴様も頭で考えすぎず、時には衝動を貫け。

 むかつく奴をあざ笑い、うまいものを喰い、愛しい女を抱き、プライドを拗らせ溺れ死ぬ。

 それの何が悪い?

 そして貴様が望むなら、その欲をもって愛しの女を全力で守る。――そこに余念を挟む理由など、ないだろう?」


 己の欲に従った方が人生楽しいぞ、と。

 雷帝メリアスは心底からそう信じているように、ハタノの前で笑い続けた。


 ハタノにはその笑みが、まるで悪魔が笑っているようにしか見えず……。

 けれど自分の選択肢もまた、限りなく狭められていることを、今更ながら、思い知る。


(結局、すべては雷帝様の手のひらの上。そういうことだったのかも、しれません)


 ……自分はこれから、どうすれば良いのだろう?

 雷帝様の笑い声が響く中。

 ハタノはじっと、ただひたすら深く深く、考えた。





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