7-1.「――お断りさせていただきます」
チヒロの竜核移植から三日後。
ハタノ達は雷帝様に呼び出され、茶番を見せられることになった。
「一級治癒師ベリミー=オークライ。帝都中央治癒院テロ事件への関与、および、地下組織アングラウスとの内通の罪にて面倒なので牧場送り」
「ま、待て、違う! 僕は帝国を裏切ってなどいない! 雷帝様これは何かの間違いです!」
帝都魔城、第一法廷。
ベリミーの発言を無視し、雷帝メリアスが木槌を鳴らす。
控えていた帝国兵がベリミーを掴み、ずるずると司法の場から引きずっていく。
「待ってくれ! 本当に違うんだ! こんなの、こんなの僕はっ――ハタノ! 貴様の仕業か!? 貴様が仕組んだのか!」
「馬鹿かお前は。ただの治癒師にそんな策謀ができるわけなかろう」
「っ、雷帝様! では、これは……!」
もがきながら引きずられていく男に、雷帝は底意地の悪い笑みを浮かべ、
「帝都治癒院でのテロ事件。さすがに内通者がいないと世間体が悪くてなぁ。丁度いいので貴様にした」
「な、っ」
「余は貴様が事件に全く関係ないことを知っている。が、我が帝国のために死ねるなら本望であろう? あとついでに」
ベリミーの姿が見えなくなった所で、雷帝様はしっしと、ゴミを払うように手を振って。
「貴様、見ててむかつくし。理由はそれで十分だろう?」
と、笑った。
「さて。茶番はこの程度にして。治癒師ハタノ、勇者チヒロ。共にご苦労であった。特にハタノ。勇者チヒロを治癒できた功績は非常に大きい。――して、チヒロ。竜の魔力はどうだ?」
「はい。だいぶ安定して参りました」
チヒロが礼をしつつ、ふわりと背中に翼を広げる。
竜核の移植から、三日。
チヒロは驚異的な快復力を見せたうえ、産出され続ける竜魔力を見事にいなし、麗しい銀翼を自由に出せるようになっていた。
すでに飛行訓練も始めている。
彼女が自在に空を飛べる日も、近いだろう。
「素晴らしい。期待以上の成果だ。正直ここまで上手くいくとは思っていなかったが、想定外の喜びというのも時にはあるものだなぁ」
雷帝様が拍手し。
裁判長席に腰掛けながら、にやっと笑い――
「さて。そんな貴様等に朗報がある。近々ガルア王国と不戦条約を結ぶ運びとなった」
「「……は?」」
「百年もの間続いた因縁に、終止符が打たれるのだ。まあお互い憎み合った時期もあるが、余は誰もが認める平和主義者であろう? 過去の因縁を水に流し、ともに新しい歴史を歩んでいこう、と話をつけてな?」
ぽかんとする二人に、雷帝様は「ほれ」と、平和条約案と書かれた紙を差し出してくる。
ハタノも目を通して……、素人ながら目眩がしそうになった。
「雷帝様。私の見間違いでなければ、王国領土の一部割譲、賠償金の支払い、現王家の退陣および事実上の傀儡政権の樹立……と書いてあるように見えるのですが」
「そうかぁ? だが、王国の貴族達は諸手をあげて賛成したぞ。命をお助け頂きありがとうございます雷帝様、と涙を流していたが、余の気のせいだったかなぁ?」
……ハタノ達が治癒している間、この方は一体なにをされたのだろう?
分からないが、ハタノ達も確実に、利用されていただろう。
帝都中央治癒院の爆破事件も。
チヒロの竜核移植当日”召喚師”により巨人が召喚され、フィレイヌ様があっさり葬ったのも、計算の内か。
が、ハタノは指摘しない。
そこは自分の領分ではないし、雷帝様もわざわざ説明はしない。
「何にせよ、ハタノ。チヒロ。少なくともお前達を狙う王国の奴らは、当分お休みだ。竜核移植の疲れもあるだろう、しばし休みを取るがいい。――が、その前に」
雷帝メリアスがチヒロを見て、
「チヒロ。退室しろ。余はこの男と、一対一で話がしたい」
「畏まりました」
チヒロが退室する。
その姿を見送ったのち、ハタノは些か緊張しながら、改めて膝をつき頭を垂れた。
頭上に立つのは帝国最強の支配者、雷帝メリアス。
ハタノはぎゅっと意識を絞りながら、その顔を伺う。
「ハタノ。貴様は此度、人の身に竜核を移植させることに成功したそうだな。どうだ? そろそろ他の人間にも、竜や魔物の魔力を移植できそうか?」
「……嘘偽りなくお話しますと、極めて困難かと考えます」
「理由は?」
「チヒロが竜の魔力を宿せたのは雷帝様もご存じの通り、いくつかの偶然が重なった奇跡に過ぎません。此度の竜核移植が成功したのも、元々チヒロに宿っていたのが同じ銀竜の魔力だった、という前提条件があってのこと」
「再現性は無い、と? ……人間のもつ魔力を極限まで減らし、瀕死に追い込んだところで新たな魔力を足す。その手法は不確実、と?」
「はい。その証拠に、ガイレス教授はまだ復帰の目処が立っておりません」
ガイレス教授に行った、ハタノの疑似竜核を用いた魔力送付。
一命こそ取り留めたものの、魔力反発による後遺症により状態はまだ芳しくないと聞く。
意識こそあるものの、教授はまだベッドから起き上がれない程だ。
下手をすれば、特級治癒師としての魔力も……。
「雷帝様。ガイレス教授の魔力は極めて低い状態でしたが、それでも、他人の魔力をむりやり与えたら反発が起きます。……私なりに最善を尽くしましたが、名だたる”特級治癒師”でもこの状態。下手すれば”才”を失いかねません」
「ふむ。それは他の”才”でも同様か?」
「心臓を撃たれて生きてるくらい強靱な”才”があり、そのレベルの者を瀕死にした場合、かつ幸運に恵まれた場合。成功率は極小と考えます」
そして結果論だが、ハタノのガイレスへの治癒は最善ではなかった。
あの場にもし、特級治癒師がもう一人いれば、ガイレス教授に魔力付与をするなり”生命生成”を手伝うなり、方法があったはずだ。
ハタノはそれも交え説明すると、雷帝様はふぅむと眉を寄せた。
「貴様の言い分はわかった。が、可能性がゼロではないのだろう? 実験を繰り返せば、そのうち新しい手法が見つかるやもしれん。貴様の実力ならやれるだろう?」
「それは――」
「それと、フィレイヌから聞いてるだろうが、チヒロとの離婚話も進めておけ。いまや、チヒロと貴様は帝国の貴重な戦力だ。二人そろって帝都魔城に住むならともかく、郊外でのんびり生活、等ということが許されると思うなよ」
分かっているな? と、雷帝メリアスがハタノを睨む。
……予想はしていた。
フィレイヌ様が離婚をつきつけた時点で、雷帝様も同意見だということは。
付け加えるなら、奇跡が重なったとはいえ自分は竜核移植すら成功させた身。
――放置するには、危うすぎる。
ハタノは固唾を飲む。
断れば、五秒後に首が飛んでもおかしくない。
現に、ベリミーは何ら罪がないにも関わらず死刑にされた。
雷帝様は、一介の治癒師が抗える相手ではなく、……先のベリミーの処刑も、ハタノにあえて見せるための脅迫だ。
そして、雷帝様の仰る通り、ハタノが本気で実験をすれば……
もしかしたら、帝国に新しい人型兵器を作り出せる可能性はある。
数十人、あるいは数百人の命を犠牲にした上での、悪魔の実験。
――全てを理解した上で、ハタノは雷帝様を見上げた。
事実上、帝国の頂点に立つお方。
ハタノを帝都中央治癒院から引き剥がし、勇者チヒロと結婚させる原因となった元凶にして、偉大なる”柱”。
黄金の髪をなびかせ、災厄に等しい存在である神の代理に――
ハタノはしっかり、目を合わせる。
「返事はどうした、ハタノ?」
「はい。――その提案。申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
バチリ、と。
雷帝様の黄金の髪が、光を帯びた。
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