6-7.「大切な旦那様のお願いです。どんなことでも聞きましょう」

「人の身で竜核を作るなど……だが、それをどう使う気だ」


 意識を朦朧とさせながら、ガイレスが吠えた。


 ハタノが作り上げたのは”疑似竜核”。

 もちろん、ハタノの稚拙な力で作られた竜核など、すぐにボロが出るだろう。

 五分と持たず、砕けて消える劣化品に過ぎない。


 が、ハタノが竜核を生成した目的は他にある。


「教授。竜核は魔力を産出臓器であると同時に、魔力を保有する臓器。つまり今、この竜核には私の魔力が宿っている。それを、先ほど確保した静脈ルートに竜核静脈を無理やり治癒魔法で繋いで流し込みます」

「っ……だが、他人の魔力を流せば、魔力反発が」

「通常はそうなります。ですが今の教授は、魔力が劇的に低下している状態です」


 以前、チヒロに竜の翼を繋いだ時と同じ。

 ”才”の高い者が魔力欠乏状態に陥ったときに限り、他人の魔力を受け入れられる土壌ができる場合がある。

 その理屈を応用する。

 臨時作成した臓器から直接抽出するという強引な方法だが、他に手立てが見つからない。


「教授。私はあなたに、魔法で直接魔力を送ることはできません。ですが別の媒体を媒介し、輸血のような形でなら魔力を送れます。要は以前、チヒロに”竜の翼”を繋いだときの応用。――ただ魔力を保有してる”竜の翼”では、血管に繋いだだけで魔力の譲渡は行えませんが、魔力を産出し排出できる竜核であれば、そのまま繋げば――」

「っ……ふざけるな。そんな方法、私の身も持たぬし、それに貴様の魔力も足らんぞ」

「ですが、可能性はあります。また私の魔力が持つ限り、やります」


 ハタノは宮廷治癒師よりポーションを受け取り、口に咥えながら疑似竜核の生成を続けた。

 そのまま先ほど確保した点滴ルートに竜核静脈を繋ぎ、魔力混じりの血液を無理やり作らせ排出させる。

 我ながら滅茶苦茶な方法だと思いつつ、同時に、ハタノは歯噛みする。


 ――この時点で、ハタノは魔力の大部分を消失していた。

 そもそも他人に魔力を受け渡すとのは、間接的な方法を用いても無理がある。


 同時に――じじ、と、手元の竜核が幻のように霞んだ。

 ”創造”魔法の。

 いや、ハタノの魔力がはやくも限界に近い。


(やはり私の魔力では、竜核の創造など無理がある……か)


 くそ、と舌打ち。

 自分の才を恨むつもりはないが、現実問題としてどうしても、一級治癒師では限界がある。


(こういう時、高い”才”持ちに嫉妬したくなります。どうして私は、強い才を持たなかったのかと)


 力が足りない。

 魔力が足りない。

 自分には圧倒的に、何もかもが足りなさすぎる――


 ぐっと吹き出る脂汗を拭い、それでも。

 自分は治癒師なのだと言い聞かせ、全身に力を込める。


「ハタノ。何故そこまでする。私は死んでも構わぬと、告げたはずだ……!」

「それを聞き入れるかどうかは私が判断することです。患者のいうことを毎回聞いていては、治癒師の仕事は成り立ちません。……それに、これは私個人の願望でもあります」

「なに?」

「私は教授のことを、人としては好いてはいません。が、教授にこのまま亡くなられてしまうと、私としても立つ瀬がありませんし――何より、悔しく思います」


 特級治癒師の誇りを示すために、ガイレス教授は己の命をかけて魔法を行使した。

 であればハタノも、方向性は違えど、治癒師としての姿を示したい。


 理屈ではない。

 ハタノの意地だ。


「それに、あなたを放置すればチヒロさんが悲しみます。自分を救ってくれた方が、命を落としていた等と聞けば、ね」

「あの勇者にそんな感情が……」

「あります。……あるんです。夫として、私はよく存じています」


 チヒロさんは強く、格好良く、覚悟が決まりすぎていて――けど本当は、弱い。

 彼女は”勇者”だから、顔に出さないだけで……

 本質はいたって普通の人間であり、愛おしい一人の女の子だ。


 彼女は教授が死んでも、顔色ひとつ変えないだろうけど。

 それでも胸の内で、傷つくのは間違いない。


 そんな顔を、ハタノは見たいとは思わない。


「私はチヒロさんを治癒すると決めました。であれば、彼女の心も含めて救いたいのです。だから黙って救われてください」

「……貴様に、そんな情があったとはな。だが、言葉だけで現実を覆すことは出来ん。わかっているだろう?」


 その通り。

 ハタノの魔力は早くも枯渇しつつある。

 ――ハタノは一級治癒師ではあるが、”才”が特別高いわけではない。


 くそ、と毒つく。

 手術の場は、可能な限り整えた。

 不確定要素を排除し、外敵の襲撃もなく――それでも、足りない。


 ハタノ一人では、治癒師としての限界を超えられない。


 みし、と竜核に添えた腕がきしんだ。

 疑似生成した竜核に魔力を吸われ続け、ハタノの意識が霞む。

 魔力枯渇による副作用――

 ガイレス教授のように身体が傷つくことはないが、それでも視界は混濁し、ハタノは、ぐっと己の大腿部をたたきつけて意識を呼び戻す。


(結局はまたも魔力不足。雷帝様の時と同じ――!)


 自分にもっと力があれば。

 雷帝様のような魔力があれば。

 教授の”生命創造”のような、奇跡を起こせれば。


 ぶつっ、と小さな音が聞こえる。

 ハタノが手で抑えていた疑似竜核が形を保てず、音を立てて霞み始める。

 ――限界だ。が、教授に届ける魔力はまだ足りていない。


 何か。

 何か、方法はないか……?


 ハタノが祈るように意識を周囲へ向け。

 けれど、竜の翼のときのような奇跡は、ない。


 ここまでか、と、ハタノはやむなく断念しようとして――




「ハタノ先生!」

「ぐっ……!」


 シィラの悲鳴が、ハタノの思考を乱す。


(まずい! チヒロさんの方に、何かあったか)


 シィラの治癒に支障が起きたなら、今度こそハタノは教授から手を離さねばならない。

 それ以前にいま、手を離しても歩けるかどうか。


 シィラには荷が重かったか。

 判断ミスか。

 チヒロさんの身に何か起きたら、今のハタノで対応できるのか。

 大量の汗を流しながら、ハタノは「くそ」と舌打ちしながら、竜核の創造を打ち切ろうとして――


「チヒロさんの治癒、完了しました!」

「……え?」

「ですから私も、そちらを手伝え……あ、ちょっと!」


 ――早い。

 確かに後処置だけではあったが、それにしても手際が良い。

 ハタノの想定よりも、シィラは圧倒的に優秀だったのだ。


 ……が、ならシィラは何に慌てている?

 補助していたミカまで、バタバタと手を振っているが……


「ちょ。ちょっと待って! まだ寝てなさい!」

「そうですよ、いま傷ふさいだばかりで……あ、待って、駄目って言ってるじゃないですかぁ!!!」


 ぎゃあぎゃあと響く叫び声。

 その奥から、すっと起き上がる人影に、……は? と、ハタノは呆然とする。


 トン、と寝台より足を降ろしたのは、ハタノの最もよく知る相手。

 手術のため術衣一枚しか身につけず、その衣もまた血に塗れながら、自然体で立ち上がり、にこりと微笑んだのは――


「感謝いたします、お二方。お気遣いはありがたく受け取ります。――が、どうやら、ただならぬご様子で」


 ハタノは目の前の光景に、瞬きする。

 馬鹿な、と思いつつ……つい、声が零れる。


「チヒロさん?」


 勇者チヒロ。

 つい先程まで寝台に横たわり、生死の境を彷徨っていたはずの……自分の妻が。


 術後とは思えない仕草で、するりとハタノに近づき。

 にこ、と笑った。


「旦那様。私の治癒の方、ありがとうございます。まだ身体は死ぬほど痛いですが、ご覧の通り完璧に元気になりました」

「……。……いや、治ってないですからね!? いま竜核が始動したばかりですよね!? それ普通の人に例えたら、いま心臓が元通り動き出したから元気になりましたって言ってるようなものですよ!?」

「かもしれませんが、治ったと言い張ります。それより、私の治癒に尽力してくださった教授様の様態が宜しくないようで」


 そしてチヒロは今目覚めたにも関わらず、ハタノに手を差し伸べる。

 当然、と言わんばかりに。


「私は”勇者”チヒロ。帝国の民を助ける者として、なにかご協力できることはありませんか?」


 何言ってんだこの重症患者。

 手術が終わった直後に起き上がり、「手伝います」等とのたまう患者がいてたまるか。

 馬鹿なのか。

 うちの妻は馬鹿なのか?


 ……そう、思うべき場面なのに。

 ハタノは妙に、心が沸き立つものを感じる。


 普通の患者なら激怒するが、私の妻なら――どこまでも冷静に判断する、彼女なら――

 もしかしたら、何か現実的な手立てを持っているのでは。


 そんな期待をかすかに抱き……

 ハタノはぐっと奥歯を噛みしめ、彼女に問う。


 どうか、奇跡を。

 何か、手立てを。


「チヒロさん。お願いがあります。無茶を言っている自覚は、十二分にありますが……」

「はい」

「あなたの身が安全な範囲で、私に助力いただけませんか」

「具体的には、何を?」

「……私の魔力が足りません。どんな手段でも構いません、秘策はありませんか」


 他の特級治癒師を、翼で飛んで今すぐ連れてくるとか。

 或いはハタノの知らない竜素材を持ってくるとか、なんでもいい――とにかく打開策を。

 そう尋ねると、チヒロは「一番いい方法があります」と、ハタノに笑い。


「私の命を救ってくれた、大切な旦那様のお願いです。どんなことでも聞きましょう」

「どんなことでも、って――んぐっ」


 そしてハタノが聞き返す間もなく、チヒロは彼の頬に触れ。

 二の句を告げる間もなく、強引に口づけを差し込まれ――ハタノの頭は、真っ白になった。


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