6-6.「――化物め」

「っ……待ってください先生。私がチヒロさんの治癒!? そんなの無理です!」

「ガイレス教授のおかげで、竜核の安定まではこぎ着けました。ただし竜核の損傷に伴い、腹腔内に別のダメージや出血が起きている可能性があります、その一部を治癒しつつ、開腹した部分を閉じてください。お願いします、シィラさん」


 手技の後処理だけであれば、シィラでも可能なはず。

 外科的な手法を知らない宮廷治癒師では、チヒロの後処理は行えない。


 ハタノは教授の魔力精査で両手を防がれたまま、彼女に落ち着いてもらおうと、柔らかく微笑む。

 出来る。彼女なら、きっと。


「私は無茶を押しつけているつもりはありません。シィラさんなら出来ると判断したので、お願いしたまでです」

「で、でもっ」

「チヒロさんの身体で一番練習したのは、あなたです。……もちろん危険だと判断したら私に声をかけてください。すぐに代わりますので」

「か、代わるって」

「ガイレス教授を見捨ててそちらに行きます。教授は死にますが、それもまた結果です」


 びくっ! とシィラが肩を震わせ、その瞳にうっすらと涙が浮かんだ。


 ハタノは事実を伝えただけだ。

 彼女が出来ないというなら、教授を捨ててチヒロの治癒にあたる。

 ……望んだ結末ではないが、出来ないと言うなら仕方がない。


 けど、彼女なら。


 ハタノは返答の代わりに、シィラの背中へ目配せをする。

 新米の頃から付き合いのある治癒補助師が、シィラの尻をバン、と叩いた。


「びびんな、シィラ」

「っ……ミカさん」

「うちの先生が出来るって言ってんだから大丈夫。それで出来なかったら、部下の失敗は上司の責任。でしょ?」

「はい。すべては私の責任ですし、だからこそ私はシィラさんにお任せできると思っています」

「だってさ。てか、こういう時に戦うために勉強したんでしょ? 今やんなくてどうすんのさ!」


 ミカが再びシィラを励まし、その背を押す。

 こういう時、彼女は本当に頼りになる。


 ミカの後押しを受けたシィラは、それでも戸惑ったものの……

 こくり、とハタノに頷いた。


「わかりました。先生、すみませんが、奥様をお預かりします!」

「ええ。安心してください。うちの妻は覚悟が決まってますから、多少の無茶も許してくれるはずです」


 チヒロなら、ハタノの判断を理解してくれるだろう。

 仮にシィラが致命的な失敗をしても「旦那様の判断ですから」と笑ってくれるに違いない。


(チヒロさんは任せました。あとは、私の仕事をするまで)


 妻の身をシィラに託しつつ、ハタノはガイレス教授を見下ろしアイテム袋に手を伸ばす。

 魔力の消耗による生命力の低下そのものは、治癒魔法では癒やせない。

 ただし魔法でカバーできないだけであり、他の手法ならすこしは可能だ。


 分かりやすいのは、静脈確保からの点滴による補液。

 ハタノは教授の腕をまくり、アイテム袋から特注品の針とシリンジを取り出した。


 教授が息を飲み、ハタノを睨む。


「貴様……余計なことをするな! 貴様は、勇者チヒロの治癒を」

「お言葉ですが教授。私は治癒師であり、治癒師は人の命を救うのが仕事です」

「優先順位は勇者だ! それを忘れたか!?」

「忘れてはいません。ですが両方救えるなら救う。治癒師として当然のこと――あなたの理屈など、関係ありません」


 ハタノにだって矜持はある。


 チヒロと幾度となく共有した、仕事人としてのあり方。

 人命を救うのに、最善の手を尽くす。

 確かにチヒロと教授、どちらかを選べと言われればチヒロを選ぶが、もし両方救えるのであれば両方治癒して、当然。

 それの何が悪い?


(点滴確保完了。とはいえ損傷箇所が多すぎる)


 ガイレス教授の過度な魔力低下によるダメージは、魔力走査をした限り全身に及んでいた。

 消化管出血。穿孔。一部の機能低下。

 幸いなことに肺野や心臓のほうは大丈夫そうだが――根本的に、魔力が足りない。


 逆に言えば、魔力さえ回復できれば救命できる。

 チヒロと同じく”才”が高いものの特権だ。

 が、その手段をハタノは持たない。

 一級治癒師では魔力送付もできないし、前回のチヒロのように”竜の翼”を無理に繋ぐことも不可能。


 ――なら、どうする?


「っ……ハタノ。特級治癒師を除いて他人に魔力を渡す方法はない」

「存じています。ですが、あなたを放っておく訳にはいきません」


 この男をここで見過ごし、亡くしてしまえば、チヒロは気に病むだろう。

 彼女は冷淡な仕事ぶりに反し、内面は繊細で情熱的だ。

 自分の治癒のために命を落とされた、等と聞かされて嬉しいはずがない。


 チヒロの目を曇らせない意味でも。

 そして、ハタノ個人の感情としても、この男は絶対に救わなければならない。

 ガイレスと同じく――己の矜持に賭けて、だ。


 ハタノは一度、瞼を閉じた。


 ……チヒロの治癒。竜核移植。

 ガイレス教授の”生命生成”。

 彼が命を賭してチヒロに補填した新たな”竜核”。


 自分の手札は”創造”のみであり、教授の”生命生成”には遠く及ばない。

 ……けど。

 ”創造”で、その真似事をするだけなら――?


「っ……!」


 ハタノは手のひらに、ありったけの魔力を集中する。

 チヒロの治癒時点でかなりの魔力を消費していたが、構わず四倍以上の出力――でなければ、嘘を本物に出来ない。

 っ、とハタノは唇を強く噛み、過剰ともいえる魔力を指先に込めていく。


「ハタノ。何をする気だ、貴様」

「患者は黙っててください。私なりに考えた最善解です。残念ながら、成功率は10%以下かと想定されますが」

「馬鹿を言うな。特級治癒師を除いて、他人に魔力を送る方法など……っ」


 悪態をつくガイレスの顔が、まさか、と引きつった。


 ハタノが両手に魔法で編み出したのは――白い卵のようなもの。

 両手で包めるほどに小さなそれを、ハタノは膨大な魔力消費により”創造”する。


 柔らかい粘土をこねるように、丁寧に。

 先程触れた手触りと質感をイメージし、瞼を閉じたまま形状を思い描きながら形作っていく、それは――


「貴様。……形こそ小さいが、まさか」

「はい。ガイレス教授が補填した竜核を”創造”しました」

「っ……」

「正直に言いますと、私には竜核を作るという発想がありませんでした。ですが先程、教授の生命生成を見て……そしてチヒロに実際埋め込んだ感覚と解剖をもとに、挑んでみました。もちろん、まがい物ですけれど」


 ガイレスが新たな”竜核”を生成する瞬間を、ハタノは直に目視していた。

 その時の魔力出力そのものを模倣しつつ、本来の”竜核”解剖をイメージの中で構築しながら”創造”した、ハタノのオリジナル”疑似竜核”。

 もちろん偽物だ。

 本来の竜核には遠く及ばず、五分と経たず崩壊するだろう。


 ……が、いまは五分でいい。

 目的は”竜核”そのものを教授に埋め込むことではなく、竜核から産出される魔力を教授に譲渡すること――

 瞬間的、一時的な補完さえできれば”疑似竜核”はすぐに壊れてもいい。



 べったりと脂汗を流しながら、ハタノはガイレスに笑う。

 その笑みが、教授にどう見えたか。


 ガイレスは奥歯を噛みしめ、吐き捨てた。


「――化物め」






――――――――――――

山場の途中ですが、お陰様で30万PVに到達しました。

いつもご愛読ありがとうございます。

二章終了まで、残り7話です。

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