6-2.「――まとめて消えろ。今回、貴様等に出番はない」

「情報屋よ。聞いていた話と、ずいぶん状況が違うようだが? 翼の勇者暗殺計画の方はきちんと進んでいるのかね」

「……少々手違いはありましたが、問題はございません」


 アザム王国、貴族街のとある一角。

 ”情報屋”はワイン片手に居並ぶ貴族へ説明をしながら、無能共め、と心の内で悪態をついていた。


 地下組織アングラウス。

 表向きは「才による差別のない世界」という目標を掲げ啓蒙活動を行う団体だが、その実情がガルア王国とべったり繋がっていることは、少し調べれば誰にでもわかることだ。

 そして今回、アングラウスに勇者暗殺を依頼してきた彼らこそ、ガルア王国の貴族達――

 ”情報屋”のクライアントである。


(クライアントと言っても、半ば強制でしたが。どんな手を使っても勇者を殺せ、と)


 王国貴族共の焦りも、分からなくはない。

 先の戦にて、ガルア王国はアザム宗教国とともに、二万以上の兵を失う大損害を被った。

 中には優秀な”才”持ちもおり、その被害の影響は未だ計り知れないほど。

 さらには、空飛ぶ雷帝という悪夢。


 ガルア王国の動揺は相当なものだったらしい。

 雷帝銃撃計画を提案した貴族はその失敗を咎められ、とっくの昔に処刑された。

 今この場にいる者達も、明日をぶじに迎えられる保証はない。


(だからといって、功を焦りすぎだ。そんなに容易く、勇者が殺せるはずがない)


 依頼を受け”情報屋”なりに動きはした。

 治癒師ハタノの経歴を調べ、かの者に敵愾心を抱いているであろう、ガイレス教授への説得と先導。

 治癒院への襲撃に、暗殺者の派遣……いずれも失敗している。


 当然だ。

 相手は仮にも帝国の要、やすやすと倒せるはずがない。

 今日の”召喚師”による巨人襲撃も失敗に終わるだろう。

 あるいは既に、失敗しているかもしれない。


 それでも”情報屋”は彼らのご機嫌を取るため、万全のふりをアピールする。


「ご安心ください皆様。本日は、かの勇者チヒロの治癒が行われると聞いています。その治癒の間、かの勇者は無防備な眠りにつくことになる。そこに王国最強の召喚師をぶつけて亡き者にする……でしょう? 皆様方の立てた計画は、完璧です」

「そうとも。悪しき帝国に鉄槌を! そして我らが王国に勝利を!」


 太った貴族の一人がワイングラスを片手に盛り上げる。

 居並ぶ貴族達が同調し声を荒げる中、”情報屋”は一人、冷めた目で見つめる。


(そろそろ縁の切り時だな)


 ”情報屋”はアングラウス所属ではあるが、信者という訳ではない。

 泥船に付き合い続ける義理もないだろう。


(早めに王国を脱出した方が良さそうだ。このままだと、帝国がいつ王国を滅ぼすか分かったものではない)


 チヒロの治癒が完了し、自由に空が飛べるようになれば、真っ先に狙われるのはガルア王国だ。

 戦火に巻き込まれる前に、国境を越えなければ。

 と、”情報屋”が算段を立てた、その耳に――


 ごつん、と鈍い物音。


 情報屋が眉をひそめ、……足下に転がってきたものに、目を細める。


 見覚えのある顔だ。つい先ほど談笑していた貴族の一人。

 手洗いに行くと席を抜け、戻ってきたのは――血に塗れた首だけ。


 魔法障壁を展開しながら振り返る。

 ”情報屋”と名乗ってこそいるものの、彼の才”先導師”は一級魔術師に並ぶ。

 並の相手に劣るはずがなく、冷静に立ち回りさえすれば切り抜けられる……


 そう、思っていた。

 相手を見るまでは。





「ほぉう? 昼から雁首そろえて片手に酒か。悪くない。――良ければ、余も混ぜてはくれんか?」


 自信はあっけなく打ち砕かれた。


 屈強な男二人に囲まれた、白いフードを羽織った女。

 まぶしく輝く金髪に、バチバチと抑えきれぬ雷をまといながらニヤつく悪辣な女など、大陸広しといえど一人しかいない。


 ――が。

 それでも、情報屋は目の前の状況が信じられなかった。

 というより、あり得ない。


(馬鹿な。かの雷帝が、どうして)


「な、っ……き、貴様は。まさか……雷帝、メリアス……!」

「くく。さすがに殺したい相手の顔くらいは知っているか。では、余が来た理由も分かっているだろうなぁ?」

「っ……ど、どうして貴様がここにいる! 馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」


 貴族の一人が汚く叫ぶ。

 その疑問は情報屋のみならず、この場の全員が抱いたものだ。


 何故。

 何故この女がここに。

 この、帝国本土からは大きく離れた、この――


「この、ガルア王国の王都に!!!」


 彼女の才”神の雷”は、一度放たれれば都市のひとつを消し飛ばす傑物だ。

 それが王都中枢にいるということは、敵国の巨大兵器が我が国のど真ん中に佇んでいるようなもの。

 彼女がひとつ手をあげれば、王都はものの五分とかからず灰燼と化す。

 つまり――


 ガルア王国の首都は。

 国王と国民の命は既に、彼女の手中にある。


「に、偽物だ! そうに違いない! 我が王国は貴様のような”才”持ちを侵入させぬため、夜通し魔力検知を行っているはず! 何重にも! 仮に国境を越えたとしても、王都に侵入などっ……!」


 貴族の狼狽も、当然。

 雷帝メリアスの極才”神の雷”は極めて強力だが、その膨大な魔力量ゆえ検知できないことは絶対にない。

 もし彼女が王国に侵入するそぶりを見せようものなら、王国は全勢力をもってこれに応じるし、事実、歴代の”神の雷”が王国内に侵入したことなど一度もなかった。


 今この瞬間までは。


 と同時に、情報屋はまったく別の感想を抱く。


 眼前にいる、金髪の女。

 圧倒的な魔力を誇り、才ある者であれば近づくだけで威圧されるであろう、雷帝から……

 魔力の波を感じない。何故?


「くく。貴様等は本当に愚かだなぁ? チヒロの登場で、余が空から襲ってくるとばかり思っていただろう? わざわざ、ガルア王国全土を覆うように、空にまで魔法検知を走らせていたのは承知の上だ」

「そうだ! 貴様が空から侵入できぬよう、王国は日夜――」

「が、余が手にした秘密兵器は、チヒロ一人ではない。それは貴様等もよく知っているだろう?」


 ケタケタ笑う雷帝。

 情報屋の視線はそのまま、彼女が羽織っている厚手の白フードに向けられる。


 雷帝の雷にも焼けず、ただ沈黙を守る、その白い布は。


「まさか……その服。”才殺し”か!」

「ご名答。先日はよくも余の大事な祝勝会に、銃などという無粋な兵器を密輸してくれたなぁ? そんな貴様等には、是非ともお礼をせねばと思ってな。だから銃の代わりに密輸してやったぞ? ――余、自身の魔力を消してなぁ?」


 雷帝がケラケラと笑ったその瞬間――


「死ね、小娘!」と、貴族の一人が銃を発砲した。


 ”雷帝”メリアスはその膨大な攻撃性能と引き換えに、防御力が皆無と聞く。

 無駄口を叩いた余裕を後悔しろ、と引き金を引き――


 カツン、と鈍い金属音とともに、銃弾が切り落とされる。

 雷帝の側に控えた男の一人が、無言で細剣を構えていた。


「雷帝様。あまり奢られるのは、宜しくないかと」

「何を言うか、勇者アンドロ。奢ってこその権力者であろう? 追い詰められたネズミどもに講釈を垂れつつ、逆らってきたところでさらに余裕をみせ絶望させる。それが強者の醍醐味であろう!」


 悪魔のように笑う雷帝。

 その身を守る男二人に、情報屋は戦慄する。


「まさか、その二人……」

「この美しい余が、一人で出てくるはずもあるまい? 彼らは我が帝国がもつ最高戦力”勇者”の二人だ。言っておくが、二人ともチヒロより強いぞ? 翼を抜きにした対面戦闘能力だけなら、チヒロは勇者のなかでは中の下だからなぁ」

「いえ雷帝様。我々よりチヒロの方が強いかと」

「ん? そうだったか?」

「身体能力では我々に分がありますが、チヒロは精神がキマってますので」

「あの女マジやべぇよなぁ。仕事で自害しろって言われたら、マジで自害しそうなメンタルしてるし。真似できねぇわ」


 実直な勇者に続き、軽薄な勇者が軽口を交える。

 その二人に雷帝が笑い、


「ああそうか。お前等、最近のチヒロを知らんのだな。あれな、いい女になったぞ」

「は?」「マジでぇ?」

「当人の自覚はともかく、女らしい艶が見えるようになった。とくに旦那の前では無自覚にな」


 雷帝が笑いながら白フードを外し、貴族達に手を向ける。

 その指先には、既に雷が厚くまとわりついている。


「さて。前回は遅れをとったが、今回はこちらの番とさせてもらおう。……余が最近知った有能な治癒師の言葉を借りるなら、病の治癒とは、病気を取り除くことではなく病になる原因を取り除くことが大事らしい。よって、余も治癒をしようではないか。――ガルア王国という病巣をな」

「っ……!」

「水面下でネチネチ作戦を立ててたようだが、まとめて消えろ。今回、貴様等に出番はない。くだらぬ目論見はすべて力でねじ伏せる、それが余が雷帝たる所以であり醍醐味よ!」


 その雷が放たれる寸前”情報屋”は懐からペンダントを取り出し、足下に投げつけ――




 彼は地上にいた。

 ”情報屋”の放った道具は、使い捨ての切り札。


 近距離に限るが一瞬でテレポートが可能な、古代の遺品の一つ。

 ただし、ひとつ使い方を誤れば土の中に埋まるなど、極めて危険性の高いものだが――


 彼は、成功した。

 賭けに勝った!

 地上に脱出したのだ!


「た、助かった……! くそ、雷帝め! 次はないと思え――」


 それが彼の最後の台詞となった。

 雷帝より放たれた一撃は、人も地下屋敷も大地すらも吹き飛ばし、地表そのものを灰燼と化したのだから。


*


 全てをあっけなく片付けた雷帝は、ふむ、と思案する。


「ではせっかく王国に来たし、もう一暴れするか。……とはいえ、王国民を片っ端から消し炭にするのも気が引ける。というより後々面倒だ」

「そうなのですか? 雷帝様ならてっきり……」

「やってやれなくはないが、国一つを本気で消すと、他国との交渉の余地がなくなる。さすがの余も、大陸全土との全面戦争は御免だ」


 あくまで威嚇攻撃にとどめておく。

 一方で、自分たちはその気になればいつでも貴様等を殺せるのだ、というメッセージを残す。


「あとは、チヒロの治癒が上手くいくかどうかだ。余の圧力と、チヒロの存在。その二つがあれば、ガルア王国は今日で落ちる」


 ――しくじるなよ?

 こっちの病は、余がきちんと解決してやるからな、と、雷帝メリアスは再び空へと手を伸ばす。

 余はなんて慈悲深いのだろう! と、己の心優しさに浸りながら。





 その日。

 ガルア王国に、おびただしい数の雷が降り注いだ。

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