4-5.「だから、お願いします。どうかご協力を」
雷帝メリアス様は一見すると大胆で大雑把だが、一方で慎重な性格でもある。
だから、予想はしていた。
銀竜という最上級の竜、その翼を拝借した後、残りの部位をどうされたのか。
竜は眼球から尻尾、鱗の一枚にいたるまで魔力を詰め込んだ高級品だ。
祝賀会でお披露目したあと、雷帝様が捨てるはずがない――
「銀竜の魔力を得たチヒロさんに、同じ銀竜の”竜核”を移植する。他人の臓器であれば拒絶反応が起きますが、半ば自分自身の臓器、かつ魔力が馴染んでいるのであれば、反発が起きる確率はきわめて低い」
「っ、そ、その保証は……!」
「ありません。失敗のリスクは、あります」
ハタノの治癒法は、万全ではない。
が、自分は最善と考える――
教授がハタノを殴り飛ばさん勢いで、机を叩きつけた。
「ふざけるなっ……! そんな不確実な方法! そもそも、それなら私の推奨する竜魔力の付与で十分だ!」
「正直、安全性という意味では教授の案のほうが良いとは思います。……竜の魔力まで送付できるとは正直、驚きました」
「なら!」
「ですが、チヒロさんは”翼の勇者”です。彼女には帝国上層部から、竜の翼を広げて上空から攻撃を行う運用が求められる。――その魔力まで、特級治癒師の付与だけで補えますか?」
「っ……!」
ただ生きながらえるだけなら、教授の案でもうまくいく可能性はある。
が、チヒロに求められるのは戦力としての“勇者”だ。
帝国は無能なものを飼い続けるほど、優しくはない。
もしチヒロに飛べる程の竜魔力が戻らないとすれば、特級治癒師が数名ついてまで治癒をする必然性そのものが無くなってしまう。
……そして、もう一つ。
ハタノは決して口には出さないが――
ガイレス教授の手法では、チヒロの命が、帝国の特級治癒師に繋がれ続けることになる。
……それでは、チヒロは上層部の命令に、逆らえない。
(万が一。本当に万が一ですが、彼女が理不尽な命を受けたときに、彼女が自由に逃げられるようにしたい)
帝国における、彼女の運用。
同時に、彼女に自由に生きて貰う道。
その両方を残すには、付与魔法で外から与え続けるという手法は、不完全だ。
「ハタノ。……そもそも、人体に竜核など、どうやって入れるつもりだ」
「竜核は魔力生産および貯蔵に特化した臓器であり、その一方で竜ゆえの特徴か、臓器としては極めて単純な仕組みをしています。動脈より流入した血液より魔力を産出し、それを静脈より全身に行き渡らせる簡単な構図です。尿管や胆管のように他臓器と接続している管もなく、血流を確保すれば維持できる――と、実際に竜の解剖より知見を得ています」
もちろん、単純とは言ったが実際は異なる面もあるだろう。
が、ハタノはそれでも可能だと考える。
「付け加えて、チヒロさんは極めて高い自己治癒能力を持ちます。患者としては最上です。その再生力を元に、臓器を適合させる……リスクのある力技だと罵られることを承知で、提案します」
この世界の”才”が高い者は、魔力という優れた力を持つ。
”才”が高ければ病気にもかからず、ある程度の無理が利くことは翼移植のときに判明済みだ。
付け加えるなら今回、臓器は人外であっても魔力は当人が宿しているもの――魔力面だけで言えば、本人の臓器だ。
「それらを説明した上で、教授に、お願いがあるのです。竜核の移植措置にあたり、チヒロさんの補助をお願いしたい」
「っ……!」
「体内に竜核を入れると簡単に言いましたが、当人の負荷が大きいのは当然の話です。またいかに同一の魔力であっても、トラブルの発生は懸念されます。その際もし教授の竜魔力付与が可能であれば、本人の安定につながります。……それに従来の持続治癒ひとつとっても、特級治癒師の実力がかけ離れていることは理解しています」
そこまで説明した後、ハタノは頭を下げた。
ハタノが取るべきは、常に、実利。
「教授。私の話が、帝国の治癒師のあり方に反していることは理解します。……教授に無理を言っていることも。ですが、どうか私に協力して頂けませんか」
「貴様っ……!」
「帝国のため。勇者のため。世界のため――いえ、建前は外しましょう。私自身の望みのために、あなたの力をお借りしたい」
教授はかつて、ハタノと敵対していた。
事実上ハタノを追放した当人でもあり、人としての相性がよくないことも理解している。
……それでも、ハタノにとって大切なのは、チヒロを救うこと。
頭くらい、いくらでも下げてみせよう。
ガイレス教授が顔を歪める。
「ハタノ。貴様は私が素直に手を貸すと思うか? 特級治癒師の私が、貴様のような汚れた治癒に。帝国の歴史を、”才”の歴史に仇なす貴様に!」
「……はい。なぜなら教授は先日、雷帝様暗殺未遂事件に居合わせたとき、……私の治癒を、手伝ってくれたからです」
教授は”才”を絶対と考える生粋の帝国民だ。
ハタノを恨んでいるのも、理解している。
それでも教授は、ハタノの援護をしてくれた。
プライドよりも帝国の立場を優先し、勇者の治癒を手伝ってくれた――その事実を知るからこそ、ハタノは彼に頼むのだ。
「だから、お願いします。どうかご協力を」
ハタノは再び、深々と頭を下げる。
教授は返事をせず、ただ苦しげにうなり声をあげた。
*
「くそ、くそっ……おのれっ……!」
ハタノの姿が消えた後、ガイレスは机を蹴飛ばした。
じんわりとつま先に響く痛みが、己の無能さを突きつけているようで腹立たしい。
(竜核の移植だと。そんなもの、成功するはずがない)
人体に他者の臓器を移植するなど、聞いたことがない。
しかも人同士ですらなく、竜の臓器。
人の身体に玩具のように突っ込めばいい訳ではないのだぞ、とガイレスは毒付く。
(失敗するに決まっている。そして勇者を失い、せいぜい苦しむがいい……!)
怨嗟。嫉妬。侮蔑。
全ての思考が、あの男への憎悪で満たされてく。
そんなもの絶対にうまくいくはずがない。
失敗しろ。失敗して生涯悔いろ。後悔を抱えながら落ちぶれてしまえ、とガイレスは呪うかの如くぶつぶつと呟き続けた。
――……しかし。
しかし一方で、ガイレスは歯噛みする。
(分かっていた。特級治癒師の付与魔法では、竜魔力を補填しきれないことくらい)
付与魔法は、付与の際に起きる損耗率が高すぎる欠点がある。
ハタノには見栄を切ったが、実際には――帝国にいる五人の特級治癒師、その全員をもってしても、勇者チヒロを継続的に治癒できるほどの魔力が補填できたかと言われると、確信を持てなかったのは事実だ。
ガイレスは苛立ちながらも、理解する。
ハタノの竜核移植が本当に実現できるなら、治癒としては圧倒的に優れている、と。
――感情は憤怒の如く荒れ狂い、けれど、最後の最後で現実的な理性を捨てきれない。
それが、ガイレスという男の、どうしようもない生き様だ。
(それでも私は特級治癒師。帝国最上の治癒師だ。その私が、あんな若造に……)
特級治癒師としての、プライド。格。
人生を”才”に捧げた男は、理屈で分かっていても。
いや理屈で分かっているからこそ、荒れ狂う感情が、ハタノを認められない。
認められないのに――彼の治癒の方が優れていることを、ロジックとして理解してしまう。
感情と理屈の板挟みに苛まれながら、ガイレスは血管が切れそうになる程、奥歯を噛みしめ――
翌日。
ハタノからある依頼を受け、ガイレスの怒りは頂点に達した。
内容は、単純。
『勇者チヒロの治癒に際し、見学者をもうけても宜しいでしょうか。当院の治癒師シィラおよび、治癒師ミカを見学させたいのです。――私の治癒を学んで貰う、後学のために』
二級治癒師と、四級治癒師の見学。
ふざけるな、とガイレスはもう一度机を蹴飛ばした。
が、それでも、ハタノの治癒法を越えられる術を見つけられず。
苦悩の末――教授はハタノの提案を受け入れ、治癒の手配を進めつつ、拳を握りしめた。
(……いつか必ず、あの男に見せてやる。卑劣な手段ではなく、まっとうな、特級治癒師のとしての、力を――)
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