5-1.「それは、……秘密です」

 ガイレス教授による下準備は、数日かかるとの見通しだった。

 その間ハタノは治癒院に手紙を出し、ミカとシィラに帝都へ来るよう連絡する。


 二日後に訪れた彼女達は、話を聞くなり飛び上がるように驚いた。


「えぇ――――!? あたし達が見学!? 先生それ重要な治癒じゃないの? 国家機密じゃないの?」

「先生、ほ、本当に宜しいんですか……?」

「ええ。重要な治癒だからこそ、見て欲しいのです。機密の点につきましても、私の治癒に必要だからと建前を用意しました。……あとは別に、私個人の目的もあります」

「「?」」


 疑問符を浮かべる二人に、ハタノは内心ごめんなさい、と謝った。

 ――この目論見が花開くのは、もう少し、先の話だ。






 迎えた治癒日、前日。

 ハタノは夜通し書物に目を通し、自身の魔力をすこしでも向上させるため丁寧に食事を取った。

 人間に、竜の臓器を移植する。

 どれほど手を尽くしたところで、計算外のリスクは計り知れない。


(一番の懸念は、チヒロさんの身体が、竜核より産出される竜魔力に耐えられないこと。移植に成功しても、チヒロさんの身体が持たないなら即座に治癒を止めるしかない。……幸い今回の治癒は、途中で撤退が効きます)


 と、ハタノが朝食のパンを片手にしかめ面を浮かべていると。

 チヒロがおずおずと、ハタノの袖を引いてきた。


「旦那様。今日は、お忙しいでしょうか」

「大丈夫ですよ。資料の見返しはしてますけれど、準備は終わっていますので」

「そうですか。……じつは旦那様による治癒の前に、試してみたいことがありまして」

「おや、なんでしょう。何でも聞きますが」


 妻のご要望とあれば、とハタノが微笑むも。

 チヒロはすこし眉を落とし、ずいぶんと真剣な顔をしている。

 何だろうか?


「どうしましたか、チヒロさん」

「……不躾なお願いだとは、理解しているのですが」

「はい」


 彼女がここまで遠慮するのは珍しい。

 重大な話だろうか?


 ハタノは本を脇に置いて身構え。

 チヒロもまた、僅かな緊張を孕みながら、そろりと口を開き――


「もう一度。私と、デートをしていただけませんでしょうか」

「……は?」


 デート。

 ……デートとは?


 額面通りに受け止めるなら、人間同士が円滑なコミュニケーションを促進するために行う、男女のお付き合いのことだ。

 以前ハタノもチヒロと一度だけ試し、上手くいかなかった覚えがある。


 それを、妻から提案する理由は?

 もちろんかの妻のことだ、単純なデートではない、何かしら深い意味があるのだろう、とハタノは考察し、


「チヒロさん。そのデートは、チヒロさんの治癒にとって大事な意図があるのですね。勇者的な何かが」

「いえ、まったく」

「……?」


 ???


「急患ですか? あるいは事故でしょうか。朝からそのような連絡は、来ていませんが」

「いえ。そのような血に塗れたデートではなく、血に塗れない方のデート、を」


 血に塗れない方……!


 ハタノに緊張が走る。

 これはもしや通常のデートではなく……高難易度デートの方を、お望みか。

 いわゆる一般的男女のお誘いだ、とハタノは身構える。


(前回は迷宮事件でうやむやになりましたが……それに再挑戦すると?)


 妻の意図はなんだろうか。

 ……もしや、ハタノの覚悟を試しているのか?


(明日のチヒロさんの治癒は、確かに大一番です。それだけの勝負に挑む男であれば、デートのひとつくらい華麗にこなしてみせよという、妻からの挑戦状――)


 そう考えたハタノは、いやしかし、と思考を止める。


 ……私の妻が、そんな回りくどいことを?

 否。

 チヒロは実直な性格だし、聞けば素直に応えてくれるはず。

 デート=高難度の試練と考えるのは早計だろう。


 ふぅ、とハタノは一旦、深呼吸をはさみ……。


「チヒロさん。そのデートには、どのような意味が?」


 素直に聞いた。

 すると、チヒロはそっと目を逸らし、もにょ、と、唇を揺らして。


「それは、……秘密です」


 やはり試されている!?

 ついでに、言いづらそうに目を逸らす妻が可愛いが、それはさておき。


(治癒を目前に、思わぬ課題が……しかし、チヒロさんの提案に意味がないはずはありません。私に言えない理由も含め、誠実に対応すべきでしょう)


 これは、仕事。夫婦の仕事だ。

 であれば誠実に妻と向き合い、正しくデートを敢行するのが旦那の使命。


 言うなれば――前回のデートの、リベンジだ。


「分かりました。では、本日はデートを致しましょう。……未熟な夫ですが、頑張ってチヒロさんのご期待に応えたいと思います。さっそく出かけますか? 幸い、私は帝都でしたら多少知っておりますので」


 夫婦素人のハタノがどこまで奮戦できるかは分からないが、チヒロの思いに応えたい。

 前回の反省をふまえ、私達らしいデートを、必ずや成してみせよう――


 と、意気込むハタノに、チヒロは和服を正して告げた。


「旦那様。此度は、私がエスコートしてもよろしいでしょうか」

「へ???」


 旦那の出る幕はないということか!?

 ハタノは激しく動揺し、これは人生最大の危機なのでは、と慌てふためくのであった。






――――――――――――

仕事は真面目なのに、恋愛沙汰になると途端にポンコツ化する夫婦。

という訳で、最近ご無沙汰だった恋愛回です。

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