4-4.「私の方針は、とても単純なものです」

 妻に対して、自分が出来ることは何だろうか。

 治癒が最優先であることは、間違いない。


 が、今回のベリミーの結婚話のように、チヒロに理不尽な話が降りかかった時。

 現状のハタノの手札はあまりにも心許ない。


(ベリミー先輩が辞退したおかげで、結婚は破談になりましたが……同じ事が二度起きないとは、限りません)


 次に用意された彼女の夫が、より傲慢な男だったら?

 フィレイヌ様やメリアス様が、チヒロへ心ない命令を下したら?


 ハタノは自分に出来ることを考えつつ――ガイレス教授との打ち合わせへと向かった。


*


「ハタノ。貴様、いまなんと言った? ……特級治癒師の私に、補助師をしろ、と聞こえたが」

「はい。ガイレス教授には、私のサポートをお願いしたいのです」


 ベリミーとの婚姻話を破談にした、午後。

 帝都中央治癒院の会議室にて、ハタノは再度ガイレス教授と顔をつきあわせていた。


 チヒロ治癒計画について、打ち合わせるため。

 そして、ハタノ側の要望は――ガイレス教授に、自分の補助をお願いしたい、というもの。


 だん、と、ガイレスが机を叩いた。


「貴様。どこまで私を馬鹿にする気だ!」

「不快な提案をしてることは、重々承知しています。そのうえで、どうか教授にお願いしたいのです」

「愚かにも程がある。貴様は私のみならず、帝国の”才”社会を否定する気か」


 帝国における”才”の上下関係は、そのまま社会の身分に直結する。

 ”才”ある者は常に偉く、実力があり、大いなる権力を与えられる。

 同時に、帝国に尽くす義務が発生し”才”ある者は誰よりも帝国に尽力せねばならない――


 それが当然とされる社会で、ハタノの提案は下剋上そのものだ。


「馬鹿馬鹿しい。そもそも勇者チヒロの治癒は、私の方針以外では不可能だ。貴様は”特級治癒師”が行える魔力付与を行えるのか? 竜の魔力を、ほかに補充する方法があるか?」

「いえ。魔力送付は、特級治癒師のみの魔法だと聞いています」

「その通りだ。そしてその治癒法が特級治癒師にしか出来ぬのであれば、貴様に出番は無い。私を初めとした、帝国で数名のみの特級治癒師が治癒をする、それ以外の選択肢などない!」


 だから貴様は治癒を降りろ、と、ガイレス教授が再び机をたたきつける。

 ――その瞳を、ハタノはじっと見つめ返す。


 ……自分一人なら、ここで引くことも考えただろう。

 が、妻の様態に関わることとなれば、ハタノも、引けない。


「ガイレス教授。教授の治癒方針には、いくつか問題が存在します。まず一つは、魔力送付により竜魔力を補充する場合、チヒロは今後、特級治癒師による継続的な治癒が必要になり続けるということになります」

「それは仕方ないだろう。翼の勇者の価値を考えれば、やむを得ない」

「ええ。他に方法がなければ、やむを得ないかと。――しかし、もし他の方法があれば?」


 教授が、ぎょろりとハタノを睨んだ。


「つまらぬ空想の類ではないだろうな」

「確実性がある、とは言えません。何せ、初の試みかと思いますし……」

「言ってみろ。私が貴様の妄想を叩き潰してやる」


 教授の勧めに、ハタノはひとつ息をついた。

 ……ここからが正念場だ、と自らに叱咤をかける。

 ハタノは治癒法について隠す気はなく、他の方法を選ぶ気もない。


 チヒロが竜魔力を宿して以降、ずっと、頭の片隅で考えていた治癒法……それは。


「ガイレス教授。私の方針は、とても単純なものです。竜の持つ”竜核”をチヒロさんに移植する。臓器移植の一種です」

「な、っ……!」

「教授と私の治癒方針の違いは、例えるなら腎臓に対して透析をするか、腎移植をするかの違いです。……私は、治癒法そのものに優劣はないと思っていますが、しかし――」

「馬鹿げている!」


 教授が身を乗り出して激高した。

 興奮のあまり顔が真っ赤に染まり、ふざけるな、ふざけるなと繰り返す。


 ……気持ちは、わからなくもない。


「人体に竜核を入れるだと? 貴様、勇者を殺す気か! 人の身に竜魔力のみならず、その大元を入れるなど!」

「確かに私も、他の患者にしろと言われたら拒否します。魔力の拒絶反応で確実に死にます」

「その通りだ! だったら、」

「ですが、現在のチヒロさんは体内に竜魔力を常に保っている状態です。いわば竜の魔力――竜の血が必要なのに、その血が産出できない状況です」

「分かっているが、だからといって竜核を入れるなど!」


 教授が頭をかきむしり、これでもかと目を見開いた。


「そもそも”竜核”なら何でも良い訳ではないぞ。貴様は人体の仕組みを知らんのか?

 ……昔、帝国に限らず大陸中で”才”を他人に移植できないかと様々な実験が行われた。

 貴様のいう臓器の移植もな。

 だが、結果はことごとく失敗したうえ、多くの者が死に至った。

 その結果から、人間に限らず生物にはみな固有の魔力があり、異なる魔力を入れると拒絶反応が起きると判明した! ゆえに魔力は他人から譲れず、治癒魔法という、患者本人の魔力と再生力を元にした治癒法が確立したのではないかっ」


 教授の言い分は、正しい。

 ”竜核”だったら何でもよい訳ではなく、きちんと適合するものを選ばねばならない。


「仰る通りです。教授のご意見はすべて正しい。……ですが今回、私が移植に使う竜核は、ちょっと特別でして」

「なに?」

「先日、雷帝様に問い合わせたところ、……予想はしてましたが、きちんと残っていました」


 必要なのは、相手を打ち負かすことではない。

 自分の理屈を正しく伝え、教授に理解し納得して貰うこと――感情ではなく、論理の面で。


 ひとつ間を置き。

 ハタノは息をついて、切り札を切った。


「治癒に使うのは、銀竜の竜核。正確には先日、私が雷帝様暗殺事件の際、チヒロさんに竜魔力を注ぎ込むのに使った、竜の翼と――同一個体のもの」

「っ……!」

「帝国は、きちんと残していました。あのとき氷漬けにされた、竜の素材――その全てを、です」

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