4-2.「では実力の程を見せて頂いても、宜しいでしょうか」

 一級魔術師の父と、一級治癒師の母。

 相応の才と金、そして地位も持ち合わせながら、一級治癒師ベリミー=オークライが最も呪ったのは己の出自に対してであった。

 なぜ自分は”一級治癒師”等という、質の低い人間としてこの世に生を受けたのか、と。


 ”一級治癒師”は恵まれた才だという。

 帝国国内でも数百人程度しかおらず、また、人の命を救う崇高な仕事でもあり待遇も悪くない。

 が、一番ではない。


 ベリミーの上には、多くの才が存在した。

 ”神の雷”雷帝メリアス。

 帝国の名だたる”勇者”。

 ガイレスを初めとした”特級治癒師”や“魔法騎士”、その他多くの”特級”と名のつく怪物達。


 ”才”は、生まれがすべてだ。

 ”才”が低ければその時点で人としての価値はなく、“才”が高ければ最初から勝ち組だ。

 なぜ自分の母は、特級治癒師ではなかったのか?

 なぜ自分の父は、勇者や特級魔術師ではなかったのか?

 ”四柱”に並ぶほどの才を持たなかったのか?


 親さえ良ければ。

 環境さえ良ければ。

 幸運にさえ見放されなければ、ベリミーの人生はより恵まれたものになっただろう。


 そして自分が”神の雷”や”特級治癒師”に生まれていたら、その才をより素晴らしい形で発揮できた、とも思う。


 そもそも雷帝様は、甘いのだ。

 噂に聞く、超広範囲の雷撃魔法。そんなものが存在するなら、自ら出陣し敵国を消してしまえばいい。

 ガルア王国やアザム宗教国。”才”も低い劣等人種の集合体。消えたところで何の弊害もなく、世界はより住みよくなるだろう。


 ”特級治癒師”ガイレスも、馬鹿の極みだ。

 彼ほどの実力者であれば治癒相手を選別すべきなのに、あの男は患者の”才”の有無にかかわらず治癒する側面がある。

 ”才”が低い者はそもそも価値がなく、むしろ無能な才持ちが人の親になるからこそ無能が生まれる。悪循環だ。


 上位の”才”持ちは、恵まれていることに奢り、怠慢をさらし。

 下位の”才”持ちは、存在価値すらないのに無駄な努力を重ねている。

 そして自分と同程度の”才”を持つ者も、ベリミーから見れば全て見下しの対象である――


 そんな彼の価値観を覆し、屈辱を与えたのが……あの男。

 当時まだ新米の治癒師だった、ハタノだ。


 彼は赴任早々、ベリミーが担当していた患者に口を出した。

「その治癒法では効果が薄いと思います」と、淡々とした声で告げ、彼はさらりと――当然とばかりに、ベリミーが救えなかった患者を救った。


 肥大化したプライドは、ハタノが知識を駆使して治癒をしている、という結論には至らない。

 あるとすれば、“才”の偽装。

 本当は特級クラスの実力があるのに、わざと一級を名乗り、同じ一級以下の奴らを見下しせせら笑っているに違いない。


 だから、ベリミーは彼の悪い噂を吹聴した。


 あいつはおかしな治癒をしている。

 患者を刻み、治癒魔法以外の邪法を用いている。

 そもそも彼の実家、レイ家は昔、治癒師失格の烙印を押され追放された一家のはず。

 「お前の治癒がおかしい」

 「考えを改めろ、正しく治癒魔法を使え」

 ベリミーを初めとした一部の治癒師は、陰湿なまでに言い続けた。


 なのに――ハタノはいくら嫌がらせを受けても、淡々と仕事をした。

 道具のようにひたすら患者を救い続ける、気持ち悪い治癒人間。


 ベリミーは一度だけ、尋ねたことがある。


「お前さ。みんなにこれだけ言われて、なんとも思わないわけ?」


 人としての常識が無さすぎる。

 そう突きつけると、ハタノはとくに感情のない目で、こう答えた。


「ですが、患者を救うことが仕事ですので」


 その目が、ベリミーは昔から大嫌いだ。





 ――だからこそ、今回の件はベリミーにとって最高の機会だった。


 腹立たしいハタノの妻を、しかも”勇者”を自分のものに出来る。

 さすがは炎帝フィレイヌ様。

 帝国に新しい”柱”が誕生したときは驚いたが、かの炎帝様は帝国に新しい風を吹き込んでくれるようだ。


 今、ハタノはどんな気持ちだろう。

 彼とチヒロの関係は知るよしもないが、親密な関係を築いている匂いがする。


 その女を横取りする。最高だ。

 加えて勇者チヒロは、性格はともかく見目麗しい女性。

 反応は鈍そうだが、使い心地は悪くないだろう、とベリミーは舌なめずりをしながら彼らを迎え――


*


「治癒師ベリミー様。婚姻の話は承知しましたが、私達はあくまで業務上の関係です。それ以上も以下でもなく、あなたが己の勤めを果たしてくれれば、他に期待することはありません」


 帝都魔城にある会議室。

 勇者にして自分の妻になるべき女、チヒロからひりつくような魔力圧をあてられ、ベリミーは二の句を告げずにいた。


 軽口すら忘れ、ごくり、と唾を飲みながら、震える声で言い返す。


「……あ、あなたは。これから、私の妻になる女でしょう? なのに、その態度はどうかと……」

「必要なのは、私が一級治癒師の子を宿すこと。それ以外に必要な会話がありますか?」

「っ……き、君はその調子で、いつも男と話してるのか? その、出来損ないの治癒師と――」


 チヒロが目を細めた。

 ぞくり、とベリミーは顔を引きつらせる。……あれは、人を殺す時の目だ。


「私の婚姻と、旦那様を貶める発言には関連性がないと考えますが」

「旦那って。キミはすでに僕の」

「まだ正式に婚姻は結ばれておりません。彼は、私の旦那です」


 この女は、なんだ?


 ……”才””を重視する帝国では、男女の差異は他国ほど重視されるものではない。

 だとしても普通、女は、男に尽くすべき存在ではないのか?


「ベリミー様。私には一級治癒師の男が必要です。フィレイヌ様より、あなた様との婚姻を命じられたのも事実。――が、その事実と、あなたと私の間に信頼関係があるかどうかは別の問題です」


 チヒロが冷めた目で、告げる。

 見慣れぬ着物を羽織り、銀髪をゆらしながら、殺すぞと言わんばかりの目で。


 ……止めろ。

 俺を蔑むような目で、見るな。


「あなたに求めることは、種を用意する道具としての側面だけ。他は、お好きにどうぞ」

「ふ、ふざけるな。俺たちは夫婦になるんだぞ、そんなこと」

「私の旦那にも、最初はそうお伝えしました。これは仕事ですから、構わず抱いてください、と。……けれど」


 と、彼女が隣のハタノを見上げ……ふわり、と柔らかく微笑んだ。


 その表情が、あまりにも柔らかく――

 どろり、とベリミーの中で汚泥のような感情が沸き起こる。


 ハタノに対する、圧倒的な劣等感。

 勇者チヒロは自分を道具扱いしながら、いまの旦那に対して、あんな、あんな優しい顔を。

 ふざけるな。

 自分はそこの男より数段優れているのだ。人としても、治癒師としても!


「いい加減にしろ! 俺は一級治癒師だ、そこの男より優れているんだ。その俺に失礼だぞ!」

「ふむ。治癒師として、あなたの方が私の旦那より優れている、と?」

「そうだ! だから、そんな男より俺の方が……」

「では実力の程を見せて頂いても、宜しいでしょうか」


 と、チヒロは無表情のまま、前触れなくナイフを取り出し。

 己の手の甲に、音もなくたたきつけた。


「……は?」


 ベリミーは呆気にとられ、チヒロは平然と自ら刺した手を、差し出す。


「私も勇者の端くれ。相手の治癒をみれば、実力の程くらいわかります。ですので私の手を癒して、証明してみてください。自分がどれほど有能か」


 何を言ってるんだ、この女は。

 自分の手を自分で刺すなど。狂っているのか?


 そして、


「チヒロさん!? 何やってるんですか!」


 隣のハタノが構わずチヒロの手を取り、治癒を始めた。


 ……この男は、何をしている?

 自分の手を刺した女に動揺ひとつせず、すぐ治癒を始めるなど。

 狂っている。

 こいつらは。この夫婦は、一体何なんだ――?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る