4-1.「こうでもしないと火がつかないでしょ? あの子達」

「翼の勇者暗殺計画。それが彼ら、アングラウスの目論見ね」


 治癒院襲撃事件の翌日。

 ハタノ達は帝都魔城の執務室にて、そろって事情説明を受けていた。


 机にだらしなく腰掛けるのは、帝国の新たなる柱、炎帝フィレイヌ様。

 燃えさかる紅の髪に、スリットの入った妖艶な服を着込み、相変わらず色気の強い方……

 ではあったが、書類に目を通しながら説明するその顔には『面倒くさい』とハッキリ書かれている。


 ……てっきり、雷帝様が顔を出されると思ったが。


「はあぁ~。私って説明に向いてる性格じゃないのにぃ。こういう説明はメリィかお爺ちゃんにお願いしたいわぁ」

「……今日は、雷帝様ではないのですね」

「メリィはいま秘密の作戦中よ。知りたい?」


 いえ、とハタノは首を振る。

 聞いた日には命がいくつあっても足りないだろう。

 ……とはいえ。かの雷帝様が帝都を長期間離れる事など、そうそう無いはずだが……?


「賢明ね。まああたし達も色々、裏で動いてるってこと。まあそっちは気にしないで? 暗殺計画はもう破綻してるようなものだし、治癒院を爆破されたのも予定通り……あ、これ言っちゃいけないんだっけ? まあいいわぁ。で、ハタノ。チヒロの治癒の目処は立ちそうなの?」

「本日改めて、ガイレス教授と打ち合わせを行う予定です」

「そ。まあ治癒は専門外だから、任せるわ。メリィがあなた達のこと、妙に買ってるから大丈夫でしょ」


 うんうんとうなずき、重要書類をぽいっと捨てるフィレイヌ。

 大分、飽きてるらしい。

 はあぁ~、と、面倒そうにテーブルに突っ伏した後、フィレイヌ様が「さて」と身体を起こした。


「で、ハタノ。チヒロ。そろそろあたしの本題に入っていいかしらぁ?」


 本題?

 ……もしかして前に頼まれた、尻尾や角を生やしてくれ、という件だろうか。


 戸惑うハタノに対し、フィレイヌはにっこりと笑みを作り――


「あなた達、離婚してくれない?」


 言葉に詰まるハタノ。……その話は、折しも昨日したばかりだ。

 くすくすと、フィレイヌが妖艶に笑う。


「理由は説明するまでもないでしょう? チヒロはいまや帝国最重要の勇者。ハタノは、その勇者に翼を与えた立役者。メリィは様子見って言ったけど、うちの治癒院が爆破されちゃうくらいだもの。一緒にいると危ないでしょ?」

「……危険性は理解します。しかし、フィレイヌ様。私にはチヒロの治癒をする必要が――」

「治癒をするからって、いつも一緒にいる必要はないでしょ? あと、ハタノはチヒロの治癒のあと帝都魔城に移籍ね。今やってる治癒院の院長も、今日で解任。うちの地下施設で安全に暮らしなさい。実験材料の人間、用意しておくわ」

「それは……」


 フィレイヌ様の言いたいことは、分かる。

 全ては帝国の利益のため、民を守るため。


 ……だとしても、いささか話が性急すぎる――


「あらぁ。不服なの? 帝国の民でありながら四柱に意見するの? そうした人間がどうなったか、聡明なあなたならよく知ってると思うけど、ねぇ?」

「いえ。逆らうつもりはありません。ただ、話があまりに早く……」

「メリィは、あなた達のことをとても買ってるわ。けど、だからって調子に乗られると困るのよね。あたしはメリィほど甘くないし、現実的なの」

「ですが」

「まーだ口答えするのぉ? 腕の一本くらい燃えないとわかんない?」


 フィレイヌの周囲に炎が灯るのと、チヒロがハタノを制したのは、ほぼ同じタイミングだった。

 チヒロが無礼をわびるように、頭を下げる。


「それで、私の新しい婚姻相手は」

「チヒロさん」

「旦那様。お気持ちは嬉しくありますが、旦那様に害をなさせるわけには参りません」


 しかし――と、言いかけた口をハタノが閉ざしたのは、フィレイヌの周囲に漂う炎が、威力を増したからだ。

 四柱が一人、炎帝フィレイヌを見上げれば、彼女は愉悦を浮かべながらその身に炎をまとっている。


 ……本来”四柱”とは、そういう存在。

 帝国のために全てを尽くし、逆らう者は全てを灰燼にする者。


 ハタノの覚悟や気概など関係なく、いとも容易く、引きちぎれる帝国最強の存在。

 ……だとしても――


「旦那様、ここはお静かに。……失礼致しました、フィレイヌ様。どうかお許しを」

「チヒロは物わかりが良いわねぇ。いいわ、許してあげる。そしてきちんと、あなたの再婚相手も用意してるわ。せっかくなら今、挨拶していく?」

「はい。それで、私の相手は」

「一級治癒師。帝都中央治癒院所属、ベリミー=オークライよ」


 ハタノは耳を疑った。

 馬鹿な。

 ……ハタノに難癖をつけ、軽率に振る舞うあの金髪男が、チヒロの妻?

 ……確かに一級治癒師の才があれば、相手は誰でも構わない、とは言ったが、だとしても――


 意識した訳ではない。

 が、気づけばハタノは吠えていた。


「フィレイヌ様。すみませんが、彼は治癒師としても優れておらず、また性格的な問題があるかと」

「ハタノ。あたしの決定に逆らうの?」

「チヒロの夫は、一級治癒師であれば誰でも問題ないはずです! それが私である必然性はありませんが、ベリミー氏である必要も、」

「さっきから五月蠅いんだけど、ねぇ。文句があるの?」


 フィレイヌが顔をしかめて舌打ちした。


「っ……」


 ハタノは直感する。

 ……無理だ。

 あと一回でも文句をつければ、次の瞬間、ハタノは灰燼と化すだろう。

 そして自分がもし死ねば、チヒロを救える者がいなくなる。


 逆らってはいけない。

 下手なことをしては、いけない。

 昨夜の決意も、荒ぶる心もぐっと抑えつけ、ハタノは失礼をわびながら――同時に、違和感。


(フィレイヌ様は人をからかう癖はあれど、無意味な指示はしない方だ。それに私を殺せば、チヒロの治癒に滞りが出るのも分かっているはず。……ベリミー氏の推薦も、あまりに不自然すぎる)


 吹き出る汗をこらえながら、察する。

 これは、ブラフ。

 フィレイヌは本気でハタノを殺そうとはしてないが、何かの理由で自分たちを追い詰める必要がある――理由は?


 疑問に答えが出るより先に、チヒロが礼をした。


「畏まりました。では治癒師ベリミー様へ、いますぐご挨拶に伺います」

「……チヒロさん」

「旦那様。心配なさらずとも大丈夫ですので」


 淡々と返事をするチヒロに、ハタノは忸怩たる思いを抱く。

 昨夜、彼女と一緒に居たいと、誓ったばかりだというのに。


 決意とはこうもあっさり砕かれるのかと、奥歯をぎりっと噛みしめた。


*


 二人が会議室を出た後、会談の立会人を務めた魔術師が、ふと尋ねた。


「フィレイヌ様。本当に、勇者チヒロと治癒師ベリミーを? 失礼ながらご報告した通り、ベリミーはお世辞にも有益な人物とは思えませんが……」

「こうでもしないと火がつかないでしょ? あの子達」

「は?」


 呆ける魔術師に、フィレイヌはけらけらと楽しげに笑った。


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