3-5.「あなたの妻は、二度と同じ手ではやられません」

 至近距離で起きた爆発にも、チヒロは冷静に対処した。

 ”勇者”の魔法障壁は、生半可な爆発で破られるほどやわじゃない。


 チヒロは足元の”召喚師”を峰打ちで昏倒させ、爆発した方向を睨む。

 白装束を羽織った、細身な男。

 左右に小さな鳥を数匹、止まらせているのを見るに、二人目の”召喚師”か。


「この化け物め! だがな、勇者。貴様の弱点はわかっている!」


 その白装束の男が懐に手を入れ――

 ハタノの背筋に怖気が走った。


「っ……!」


 男が取り出したのは、黒塗りの筒を持つ、片手サイズの兵器。

 以前チヒロの心臓を貫き、雷帝メリアスの肩を撃ち抜いた……拳銃。


 チヒロさん、と、出かけた声を、ハタノは理性で押し戻す。

 いま話しかけては駄目だ。男の注目はチヒロに向いている。

 万が一にも召喚師の男がハタノに狙いを定めようものなら、彼女は自分を庇おうとして負傷するおそれがある。

 ハタノとて、あんな光景は二度と見たくない。


 チヒロは、動かない。

 対する召喚士は優位を察してか、いやらしい舌なめずりをしながら、拳銃をチヒロに突きつける。


「味わったことがあるだろう? ああ、聞いてるとも。貴様がこいつで撃たれて、死にかけたことをな。……いいか、そこを動くなよ。まずその物騒な刃物を――」


 チヒロが刀を構えた。

 男の反応もまた早く、即座に引き金を引き、



 キィン、と甲高い音。



 続けて、堅いものが転がる音。


「…………は?」


 男はなにが起きたか理解できず、慌てて三度、発砲。

 対するチヒロは、刀を――

 速すぎて見えないが、刃の残影らしきものが空間を削り、堅い金属音が響く。


 ハタノが床をみると。

 おそらく、彼女により弾かれたであろう弾丸が、ころりと床に転がっていた。


「っ、ば、馬鹿なっ……! ”才殺し”の弾丸が、ど、どうしてっ」

「銃。筒の先端より、超高速の弾丸を放つ異国の兵器。付け加えて、弾丸には”才殺し”という魔力を弾く性質を込められている」

「そ、そうだ! なのになぜ!」

「確かに”才殺し”は脅威です。……が、それでも弾丸そのものは、単純な直線状の投擲攻撃。よって正しく見極めれば、落とせない道理はありません。そして”才殺し”が弾くのは周囲の魔力だけで、身体強化した私の身体そのものを封じるわけではありません」

「だからといって、弾を落とすなど!」

「銃口の角度。相手の気配、筋肉の動き、殺意を乗せた魔力の流れから攻撃予測を立てられるのであれば、対面で負けることはありません。……前回は私の知識不足ゆえ、遅れを取りましたが」


 チヒロが力を構え、淡々と告げる。


「同じ攻撃でニ度の致命に至るほど”勇者”チヒロは愚かではありません――ので、」


 と、チヒロが僅かに。

 けれど柔らかく、ハタノに笑いかけた。


「ご心配なく、旦那様。あなたの妻は、二度と同じ手ではやられません」

「……あ」


 遅れて、ハタノは理解する。


 彼女がなぜわざわざ、敵の銃撃を斬り伏せたのか。

 不意打ちで無力化することもできたのに、あえて銃撃を真正面から弾いた理由は。


(私を安心させるため、ですか。チヒロさん)


 以前はひどい目にあったが、今は大丈夫である、と。

 だから心配しなくていい、と。

 わざわざ時間を割いて、ハタノに伝えたかったのかもしれない。


 ……ハタノは彼女の気を察し、薄く笑いながら。

 けど、その行為をきちんと咎める。


「チヒロさん。銃相手に遅れを取らないことは理解しましたが、私としては撃たれる前に無力化してしまうのが一番、安心します。それに戦闘に時間をかけると、救援の方が遅れます」

「存じています。ですが私が探知したところ、生存者はこれですべてのようです」


 ずいぶん少ないが、たまたま入院患者が居なかった、ということか。

 念のため魔力探知に頼らない調査もするだろうが、魔力探知に引っかからないなら、既に死んでいる。


「さて」


 チヒロが迫る。

 白装束の男が再び銃撃を放つが、結果は同じ。


 カチッ、と鈍い音がして銃撃が止んだ。弾を撃ちきったのだろう。


「くそ、くそ、くそ! 話が違うぞ、情報屋め。勇者は手負いなうえ、銃があれば倒せると……ならば、ならば!」


 男が周囲に浮かせた鳥の魔物をけしかける。

 チヒロは難なくそれらを払い、男に迫る。


 が、男がポケットから取り出した小瓶を飲み干す方が、僅かに早かった。


 チヒロが男の肩を捉え、引きずり倒す。

 ポーションらしき瓶が床にこぼれ、音を立てて割れる。


「魔力増強剤の類ですか。だとしても、魔法はこれ以上使わせませ――」

「が、っ」

「……?」


 異変はすぐに起きた。

 叩き伏せた男が喉元を押さえ、突然、苦しみ始めたのだ。


 ……魔力増強剤の類では、ない?

 いや、これは。

 まさか毒物か?


「ぐ、がっ、ま、魔力が回復しなっ……情報屋め、口封じをっ……! ふざけやがって……だが、これで貴様等は何も知ることなく終わる。我々の計画は、これで終わりではない。王国、万歳……」


 男がうめき、痙攣を始め。

 チヒロの前で、意識を失い――


*


 ぱちり、と白装束の男は目を覚ました。


「っ、……?」


 朦朧とした意識のなか、男は何が起きたのかを考える。


 そうだ。確か、毒を盛られて……情報屋に騙され、けれど最後の意地で、勇者に悪態をついて。

 死んだか。

 自分は死んだのか……?


 と、ぼやけた視界をこすり、焦点を合わせて。


 ひい、と、痛む喉をひきつらせた。


 仰向けに寝かされた男の前にいたのは、翼の勇者”血塗れのチヒロ”。

 王国最大の敵にして、世界の悪魔。

 その隣で、大汗を流しながらも笑みを浮かべるのは――同じく、翼を宿した治癒師ハタノ。


 目を覚ました男に、治癒師は冷たく笑って告げた。


「すみませんが。治癒師の前で服毒自殺をされては、治癒師の名折れですので」と。

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