3-4.「では全部吐いてもらいましょうか」

「旦那様。敵の気配が上層階に複数。話に聞く”召喚師”によるものと思われます。魔物がいる場合、下の階へ逃がしたくないため下から順に攻略いたします」


 病棟の窓を突き破り、ガラス片を防護魔法ではじきながら、ハタノ達は転がり込むように飛び込んだ。

 帝都治癒院、特別病棟六階。

 浄化魔法を定期的に散布してるであろう、鼻につんとくる匂いが漂うなか、ずらりと並ぶ個室から騒ぎを聞きつけた患者が数名顔を出していた。

 ハタノは違和感に気づく。


(患者が、少ない?)


 個室が三十以上ある割に、顔を出したのは十名程度だ。

 たまたま入院していなかったのか。だとすれば幸運。


 「何事だ!?」と、泡をくって出てきた多くは、高齢のお爺様お婆さま。

 病院にもかかわらず腕に黄金のアクセサリをつけたりと、身なりがよい。特別な患者、なのだろう。


 チヒロが彼らに迫る。


「すみませんが、上層階で爆発事故がありました。避難のため慌てず下にお逃げください」

「ち、治癒院で爆発だと!? どど、どういことだっ、説明しろっ」

「死にたくなければ、説明するより逃げた方が賢明かと。それとも」


 チヒロが刀を抜いた。

 ひいっ、と引きつる患者。


「”血塗れのチヒロ”の二つ名をご存じなければ、ご覧にいれますが」


 チヒロが顎で示すと、彼らは一目散に階段を降りていった。ハタノは薄く笑う。


「チヒロさんらしい方法ですね」

「……悪名高いだけですよ」

「それを利用するチヒロさんって、私は素敵だと思いますよ」


 彼女は返事をしなかったが、翼がパタパタと跳ね、その頬がほんのりと赤くなっていた。





 そのまま七階へと足を進めつつ、チヒロは幾つも並ぶドアを迷うことなく開け、避難を促す。

 おそらく人を探知する魔法を使ってるのだろう。

 ……だとしても、やはり入院患者の少なさは気になるが――


 というハタノの耳に、小さな悲鳴が聞こえた。


「うう、た、助けっ……」


 八階。病棟の一室。

 崩れた家具に半身を押しつぶされた若い男が、ハタノに向け右手を伸ばしもがいていた。

 ハタノは反射的に足を踏み出し、――チヒロに止められる。


「旦那様。よく見てください」

「え」


 男はその半身を……心臓から下を、完璧に押しつぶされた状態で。

 助けて、助けてと、両手を子供のようにばたつかせ、うめいている。


 ……流石に、ハタノもわかる。

 いくら”才”が高くとも、半身を失って生きてるはずがない。


 チヒロが近づき、男の顔面をすっと切り裂いた。


 男の顔がぐにゃりと、開く。

 まるで花が咲くように、食人植物へと変貌を遂げたモンスターがチヒロを食らおうと迫る――頃には、チヒロの左手に炎が宿っていた。

 炎上し、燃え盛る魔物に背を向けるチヒロ。


「なかなか悪趣味な敵ですが、大丈夫ですか、旦那様」

「……ご心配なく」


 ハタノは生理的に震える心をぎゅっと引き締め、チヒロを追う。

 いざ魔物を前にすると、無力なハタノはやはり怖い。

 が、耐えられる。

 この程度で怯えるようならチヒロの後に続いたりしない、と、ハタノは自身をそっと奮い立てた。




 その後も二人は病棟を上り、――チヒロは魔物を難なく捌いた。


 巨大な玉ねぎのような魔物を、刀の風圧で吹き飛ばすチヒロ。

 壁にぶつかり、玉ねぎは盛大に爆発した。


 何の変哲もない壁の中から、突如現れるゴーストのような魔物。

 を、見向きもせず裏拳で殴り飛ばすチヒロ。


 曲がり角を曲がった途端に相まみえた、三首の黒犬。

 ぐるると吠え、口元に暗黒の吐息を宿した魔物――を視認する間もなくチヒロが無表情のまま飛びかかり、一刀両断。

 三つ首すべてを落とす。


 血の雨を降らせて倒れる番犬……確か、ケルベロスというその魔物は、魔物の中でも上位に位置したはず。

 内心舌を巻くハタノだが、言葉には出さない。


 ”勇者”チヒロの持ち味は、仕事に対する真摯な姿勢だ。

 敵を倒す時は、必ず不意打ちを狙っての一撃必殺。

 返り血を浴びようとも、彼女はそれが最善策だと判断したなら躊躇なく――自分の命すら賭けて実践する、それが”勇者”チヒロだ。

 だからハタノは、彼女にすべてを任せられる。




 その後、ハタノも数名の患者を治癒して救出し、数名の遺体を見送りながら最上階へ。


 元は患者達の憩いの場なのだろう。

 一面ガラス張りとなったテラスにて、ハタノ達を待ち構えていたのは”召喚師”と、翼を持つ黒い人型の魔物。

 黒い翼と筋肉質な身体を持つそれは、……ハタノの知識によれば”デーモン”と呼ばれる上位悪魔のはず。


 ハタノが警戒する前で、しかし、当の実行犯である召喚師はチヒロを見た途端、あからさまにうろたえた。


「くそ、話が違うぞ! 勇者チヒロは動けず入院中だと……!」


 デーモンの背後にいる、道化師のような小太りの男。

 ぎょろぎょろと瞳を気味悪く動かしながらチヒロを睨み、焦りを隠しもせずふぅふぅと吐息をつきながら、その指を勇者チヒロへ突きつける。


「だ、だが、翼の勇者チヒロが弱っているのは事実のはず。なのに貴様はのこのこと私の前にやってきた! 迂闊、あまりにも迂闊! いまや帝国一の勇者が、しかも肝心の治癒師と一緒に来るとは! これは傑作――そうとも、今すぐ貴様等をそろって始末することで、私の名が世界に、」


 と、喋ってる間にチヒロが飛びかかり、デーモンを魔法障壁ごと真っ二つに裂いた。

 ……は? と目を見張る召喚師の首をチヒロが掴み、引きずり倒し、その首筋に刀を突きつける。

 その間、五秒。


「では全部吐いてもらいましょうか」


 男を見下ろす冷たい姿を前に、ハタノは相変わらず、うちの妻は仕事人だと思い――


 直後。

 チヒロの側にあった机が、爆発した。


 もちろん、チヒロは無傷だった。

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