3-3.「旦那様。少々お手を拝借しても宜しいでしょうか」
「ハタノ。勇者チヒロの御身は、いまや帝国の要のひとつ。その治癒に、帝国の中で最も優れた”特級治癒師”が治癒にあたる。これは当然のことだろう?」
ガイレス教授の言い分は、ハタノも理解しない訳ではない。
”才”だけに焦点をあてれば、ガイレス教授はハタノの遙か上を行くだろう。
割って手をあげたのは、チヒロ。
「ガイレス治癒師様。素人質問ながら、宜しいでしょうか。此度の件、私は雷帝メリアス様より、治癒師ハタノが主治医を務めるとお聞きしていたのですが」
「仰る通りです、勇者チヒロ。雷帝様は治癒師ハタノに、治癒を行うよう命じました。……雷帝様の命令は絶対。それくらいは私も理解しています」
「でしたら……」
「しかし。雷帝様は偉大なお方ではありますが、治癒の専門家ではありません。そして雷帝様の目的は勇者チヒロの治癒であり”誰が”治癒するか、ではなく“どの治癒が最善か”こそが大切かと考えます」
「成程」
「そして私”特級治癒師”ガイレスは、あなたの治癒を誰よりも最善に行える。そう考えております」
ガイレス教授はチヒロにも臆せず、治癒師として返答した。
理屈は正しい。
ハタノも、自分よりガイレス教授の方が上手く行えると判断すれば、チヒロの身を預けるだろう。
……が、要は、どちらが上手く治癒をできるか、だ。
続けて、ハタノが申し出る。
「ガイレス教授。仰りたいことは分かります。一級治癒師の私より、特級治癒師であるガイレス教授の方が治癒魔法の面ですぐれているのは事実です。……が、それでも私が主治医として、彼女の治癒を担当したく思います」
「大きく出たな。つまり貴様の方が、私より優れていると?」
「あくまでチヒロさんの治癒についての話です。普段の治癒につきましては、教授の方が上かと」
ハタノは”特級治癒師”を軽んじてはいない。
教授の行う治癒魔法は、触れた患部しか治せない一級治癒師の治癒よりも数段深く治癒できるし、他の魔法も行使できる。
一方で、知識面においては自分の方に利があると考える。
「教授。私が失礼な発言をしていることは、重々承知しています。しかしながら妻チヒロの容体は特殊であり、ごく普通の治癒魔法だけで治療を行うことは出来ません」
「知っている。だが、だからといって貴様にしか出来ない治癒、というのは思い上がりだ」
「……教授は、現在のチヒロさんの容体と治癒方針について、どうお考えでしょうか」
「私を試すか、ハタノ」
失礼な! と、隣のベリミーからヤジが飛ぶが、教授は構わず続けた。
「勇者チヒロの現状は、竜魔力と人魔力の混合状態だ。そして現在、彼女はその体内で竜魔力の産出が行えない。放置すれば将来的に身体を維持する竜魔力が枯渇し、死に至る可能性が高い」
ハタノが頷く。
とくに指摘事項はない。
「その状況下で取れる治癒法は、少ない。そもそも体内で産出されない魔力を産出する、等という自体は想定されていないからな。……が、考えられるとすれば、魔力ポーション等を初めとした経口摂取だ。通常は人間用のものを使うが、これの竜版を開発すればよい」
ハタノも同じ事を考え、その目的で作成したのが、以前チヒロに飲ませた亜竜ドレイクの薬だ。
が、この手法には難点がある。
「教授。しかし竜魔力を補うほどの、強力なポーションは……」
「ああ。そもそも素材となる竜が希少であること。さらには経口摂取して蓄積できる量も少量だろう。ではどうするか? 私の治癒方針は、単純だ。竜魔力を、特級治癒師の魔力譲渡にて、彼女に間接的に付与する」
ハタノの眉が上がった。
……そんなことが可能なのか?
「教授。付与魔法は、ご自身の魔力を他者に付与するものだったと聞いてますが、竜の魔力の付与とは?」
「魔力送付の本質は、魔力そのものを直接移動させ、かつ魔力反発を起こさないことにある。竜の魔力を秘めたアイテムと勇者チヒロ、同時に触れながら送付することも可能だ。……損耗率は高いがな」
それは、ハタノの想像以上に強烈な魔法だった。
質の異なる魔力を、触れるだけで送れるとは……。
例えるなら他人の身体に触れるだけで輸血を行い、かつ、血液型が違っても拒絶反応を一切起こさないよう自動変換する荒技だ。
さすがは特級治癒師。
が、ハタノの懸念はまだある――のも、教授は理解の上だろう。
「教授。その損耗ぶんを考慮してなお、チヒロさんの魔力を補えますか?」
「不可能ではない。そして送付元となる竜魔力は”竜の翼”を初め、いくつかあるが……私は”竜核”を使うことを提案する」
隣のベリミーが「竜核ってなんすか?」と尋ねる。
竜核は、竜の体内にある魔力生産および貯蔵をする専用の臓器だ。
人体には該当する臓器がなく、膨大な魔力を扱う竜のみが持つもの。
”竜の翼”が貯蔵と飛行魔力放出を行うのに対し、”竜核”はその魔力を産出する大元の核である。
(なるほど。竜核より産出され続ける魔力を、チヒロさんへと付与し続ける。付与魔法の性能にもよりますが……非現実的な治癒法という訳でもない)
他に治癒法がなければ採用する価値はあった。
……が、教授の治癒は、あくまで外部から持続的に魔力を送り続ける、というもの。
対して、ハタノの治癒法は根本から異なる。
「ご意見ありがとうございます、教授。……ただ、良ければ私の方針をお聞きになってから――」
思考を整理し、ハタノは口を開こうとして、
「――失礼」
チヒロが立ち上がり、刀に手を添えた。
誰かが構える隙も、なかった。
「敵襲です」
「「「え?」」」
チヒロがハタノと教授、ベリミーを包むよう防護結界を展開。
直後、ズン、と地面が揺れた。
同時に、耳をつんざくような爆発音。
「っ、なっ……!」
「爆発魔法です。場所は、……隣の建物のようですね」
チヒロが警戒心あらわに、魔力探知を行い窓を見る。
つられて、ハタノ達が会議室から見上げた先で。
……帝都中央治癒院の、隣の病棟――
その上層階から、黒い煙のようなものが立ち上っていた。
(爆発? 事故? いやしかし、あそこは確か特別病棟。VIP患者が入院するという高階層の……)
ハタノは混乱する。病棟で爆発事故などあり得ない。
とすると、事件。
――もしや。
(雷帝様が最近、帝都に巨人が現れる、と。そして、アザム王国の召喚魔法……いえ、召喚魔法でなくとも爆発を起こせる魔法など、いくらでも)
「何だこれは!?」とベリミーが焦り、二度目の爆発が続く中、チヒロの判断は早かった。
「皆様は退避を。私はこのまま事件の解決に向かいます。おそらくですが、敵国の仕業かと」
「っ……」
チヒロは迷わず、対して、ハタノは迷う。
爆発箇所は、帝都中央治癒院。しかも病棟の上層階だ。
当然、入院患者さんがいるはず――
「……不味いな。あの病棟には、我が帝国の特別な患者が入院している。……万が一があっては、大変まずい」
ガイレス教授の舌打ちで、ハタノの心は決まった。
「チヒロさん。私も一緒に行きます」
「旦那様。しかし……」
チヒロが遠慮したのは、ここが帝都のど真ん中だから、だろう。
ハタノ達が急がずとも、十分も待てば帝都の精鋭達が駆けつける可能性は高い。
が、その十分があまりに長いことは、二人とも重々理解していた。
そしてハタノは、戦力という面においてチヒロに全幅の信頼を置いている。
「チヒロさん。前に起きた、迷宮事件のときと同じです。私が役立たずなら置いていって構いません。今回は敵戦力も不明ですし。……ただ、もしチヒロさんが敵を簡単にあしらえ、かつ私の治癒が役に立つのであれば、どうか、一緒に」
今さら、一緒に行くかを悩む二人ではない。
後はチヒロの判断次第、と任せて一秒と経たず、彼女は手を差し出してきた。
「ご安心ください、旦那様。敵を今しがた目視しましたが、十分、私が守り切れる相手かと」
もうもうと上がる煙の中、どうやって”目視”したか不明だが、チヒロがそう言うなら信じるのみだ。
「それと、旦那様。隣の建物の上まで行きたいので、少々お手を拝借しても宜しいでしょうか」
「え」
意味が分からないまま、ハタノはチヒロに手を伸ばす。
彼女はハタノの手をそっと己の胸に運び、瞼を閉じて――直後。
ばさっ、と、和服の背に銀の翼が広がった。
驚くハタノに、にこり、と笑うチヒロ。
「ドキドキすると出る、という法則を生かしてみました。……お恥ずかしながら、旦那様と色々した時のことを、思い出しつつ」
「チヒロさん。合理的ではありますが、人前でそういうことは……」
緊迫してる場面なのにと思いつつ、でも彼女らしいとも思う。
ハタノは多少顔を赤くしつつも、彼女の背に捕まり、指示を出す。
「ガイレス教授。すみませんが、教授はスタッフの避難をお願いします」
「待て、勇者チヒロ。あなたは帝国の最重要案件だ。自ら危険に飛び込むなど……これはあなたを狙った罠の可能性もある。それに、ハタノ。貴様もだ。気に食わぬが、貴様はいまや雷帝様の大事な客――」
「だとしても、”勇者”は治癒院を狙うような卑怯者に遅れを取ることはありません」
「チヒロさんがそう言うなら、大丈夫です。ご安心ください、教授」
ハタノが応え、チヒロが窓を開き、膝を曲げてふわりと飛ぶ。
その背に捕まりながら、ハタノは、どうか死傷者が少ないことを祈りつつ、隣の建物へと乗り込んだ。
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