3-2.「それで、」

「ベリミー先輩。それは、どういう了解ですか? 私がチヒロの治癒に関われない、とは」

「いやいや、常識で考えたらわかるだろう? 勇者の治癒は帝国にとってとても大切なミッションだ。であれば君のような半端物の一級治癒師でなく、帝都の精鋭が治癒にあたるのは普通のことだろう?」


 案内された会議室にて、ハタノ達は先輩治癒師ベリミーと机を挟み、対峙していた。


 一級治癒師、ベリミー=オークライ。

 ハタノの先輩にあたる男だが、お世辞にもよい噂を聞かない相手だ。

 とくに患者をえり好みする――若い女性や権力者におもねる一方、老人や子供には態度が露骨に悪くなる、と院内でも噂になっていた。

 女好きでもあり、若い治癒補助師に無理やり手を出した……という噂を聞いたこともある。


 当然ハタノと相性がいい筈もなく、そもそも彼がなぜハタノの相手をするのか、疑問だ。


「ベリミー先輩。その話は、帝都中央治癒院そのものの決定ですか? それに、ガイレス教授は?」

「教授は今から来られるが、その前に、教授に失礼がないよう、僕が話をつけておこうと思ってね。君のことだ、どうせ教授に、自分が治癒をするなんてバカなことを言うんだろ?」


 常識がないねぇ、とへらへら笑うベリミー。

 ハタノは昔から、相手を貶めなければ気が済まない彼の性格が苦手だ。


 ……とはいえ、帝都治癒院の協力は必須。

 ハタノは丁寧に応じるしかない。


「ベリミー先輩。確かに私の治癒は、他人と異なる面があります。しかし、チヒロの治癒には必要なことで……」

「君の治癒法がうまくいく保証は、ないよね? そもそも”一級治癒師”の君が”特級治癒師”と一緒に治癒をするなんて、おこがましいと思わない?」

「仰りたいことは分かります。ですが私が言いたいのは、チヒロさんにとって最善の治癒を――」

「それにさ、他の治癒師の気持ちも考えてあげなよ。帝都中央を追い出された治癒師が、しかも君みたいな若造が、目上の人間を差し置いて大事な治癒を任されるって聞いたら、みんなどう思う?」


 マナーに欠けてるよね、君。

 弱い人間の気持ちがわからないの?

 君ってほんと、世間の常識ってものを知らないよね、と。


 ……確かに、ハタノは世間の常識とはかけ離れた治癒師だ。

 他人の気持ちにも、疎い。

 治癒師なら治癒で成果を出せばいい、とハタノは思うが……

 多くの治癒師、いや一般人がそうでないらしいことは理解する。


(ここで余計な反感を買うことは、教授に対しても心証が悪くなるでしょうか)


「いいかい、ハタノ。前に君が勤めてた時にも散々言ったけどねぇ、世の中には守るべき順番があるんだ。秩序、あるいはルールだ。その上下関係を蔑ろにすると、あとで痛い目をみるし、実際それで追放されただろ、君? そういうところ、まだ分かってないようだから、今のうちに僕が教育しておく必要があると思ったのさ」


 教授が来るまで、黙っておいた方がいいかもしれない。

 文句を言われた所で、ハタノが少々嫌な気持ちになるくらいで、実害はない――


 と、ハタノが口を閉ざした横から。


「それで、」


 チヒロが鯉口を切った。


 カチャ、と。

 刀が音を立てたのはもちろん、わざとだ。

 チヒロは刀を抜く時、音を立てるような無作法はしない――威圧以外では。


 チヒロが極寒のような眼差しで、ひきつったベリミーを睨む。


「話はまだ、続きますか?」

「っ……い、いえ。勇者チヒロさん。これはあなたの治癒に関する、大切な話でして」

「雷帝様より、帝都中央治癒院には私の治癒をせよとの命が来ているはずです。必要なのはそのための機材と、人員、その二つ」

「ですから……」

「あなたはその二つを用意する権限をお持ちか? 責任者か? でなければ、あなたと話をするだけ時間の無駄です」

「な、む、無駄とは失礼な! 僕はただ彼に、先輩として大切な助言を……」

「私は人の機微に疎くはありますが、相手の悪意には敏感です」

「あ、悪意だなんて、そんな……大体あなたは勇者でしょう? 勇者でしたら帝国のために働くのが普通、」

「”血染めのチヒロ”は、帝国に仇なす民の粛正も、時に行って参りました」


 チヒロの右手が、柄に添えられ。

 彼女はうすら寒く、微笑んだ。


「あまり話が長引きますと、うっかり、手が滑ることがあるかもしれません、ね」

「っ……」


 その瞳が、鷹のように細められ――

 ハタノは密かに、ほっとする。


(妻が横にいると、話が早くてありがたい)


 ハタノは論理に重きを置くが、話の通じない相手はどこにでも存在する。

 そういう時、チヒロの圧倒的な力は頼りになる。

 彼女は周囲に怖がられてこそいるものの、本当に、仕事の面では誰よりも頼りになる。


 それに……理由を抜きにしても、チヒロが自分を守ってくれた、という事実が嬉しい。


 本当、こんなに素敵な妻なのに――

 ”血塗れのチヒロ”とはもったいない渾名だと思いつつ、話を引き継ぐ。


「ベリミー先輩。本件はチヒロさんが仰ったとおり、雷帝様の命令でもあります。そして雷帝様からも、私に治癒を担当するよう話が降りてきてるかと。その辺は改めまして、ガイレス教授にお伺いしたいのですが……教授は?」

「だ、だから遅れると言ってるだろう。そもそもだな、ハタノ。君、教授にそう簡単に会えると、」

「――私が、どうかしたか?」


 厳格な声に、全員の意識がそちらに向いた。


 遅れて会議室に現われたのは、ハタノの目的とする人物。

 ”特級治癒師”ガイレス=ドルリア。

 白髪の交じった初老の男ながら、猛禽の鋭き目でこちらを見下ろす姿に、ハタノは反射的に警戒心を抱く。


 教授はハタノとチヒロに目配せした後、ベリミーを鼻で笑った。


「ベリミー。ハタノが来たのなら、どうして連絡をしない?」

「っ、いえ教授。これは、この男があまりに礼儀がなってないので、先に話をしておこうと……」

「そうか。大方、一級治癒師の自分を差し置いて、ハタノに話を持っていかれたのが気に入らなかったのかと思ったが」

「そ、そんなことあるはず……ははっ……」


 乾いた笑みを浮かべ、席を譲るベリミー。

 改めて腰掛ける教授に、ハタノは挨拶をしつつ、……治癒の話の前に、一つ。


「ガイレス教授。先日の治癒のときは、ありがとうございました」

「何の話だ」

「チヒロを助けた時です。教授の魔力付与がなければ、私はチヒロを救うことが出来ませんでした」


 チヒロの心臓が穿たれ、ハタノの魔力が尽きた時、最後の一押しをくれたのが教授だった。

 ”特級治癒師”の魔法、魔力付与。

 効率こそ低いものの、他者に直接魔力を付与できる魔法のおかげで、チヒロは生きることができた。


 ハタノが礼をし、チヒロも続いて会釈をして、


「それは皮肉か?」

「は?」

「……いや。貴様はそういうことを気にする性格では無かったか」


 ち、とガイレス教授が舌打ちし、息をつく。


「話は雷帝様より聞いている。勇者チヒロの治癒の件だな」

「はい。雷帝様からどのようにお話が届いているかは、存じませんが……今回チヒロの治癒のため、帝都中央治癒院のご協力を得たいと考え、ご相談させていただく運びとなりました」


 ハタノは簡潔に、チヒロの容体について語った。


 彼女にはいま、竜の魔力が宿っていること。

 その魔力が日々減少しつつあり、早めの対処が必要なこと。


「成程。確かに貴様の言う通り、竜魔力を体外だけから補填するのは難しいだろうな。……そもそも、人の身で竜の魔力を欲する、という時点で非常識な話ではあるが」

「ですが現実に起きていることは確かです。必要でしたら、教授からも彼女の魔力精査を」

「いらん。それよりも治癒の方針についてだが……その前に」


 ガイレス教授が両手を組み、ハタノを見据える。

 年老いてもなお獣の如き眼孔に射貫かれ、ハタノが身を引き締める前で、彼は告げた。


「勇者チヒロの治癒は”特級治癒師”の私が全責任をもって行う。ハタノ、貴様は降りろ」

「お断りします」


 ハタノは間髪入れず切り返した。

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