2-2.「それでも、治癒師として頑張れますか?」

「えぇ――――っ!? 中央に奥さんの治癒のために顔出しですか? え、なんかの罰ゲーム?」


 翌日。お昼時を迎えた治癒院。

 ハタノが硬いパンをポーションで飲み下しつつ説明し、後の仕事をお願いしますと告げると、ミカが苦い顔をした。


「中央かぁ。あたしは戻りたくないなぁ。あそこ嫌がらせ多いし女癖悪いやつ多いし、クソ治癒師が幅きかせてるし」

「滅多なこと言うもんじゃありませんよ、ミカさん」

「事実じゃないですかぁ。……てか先生、話変わるけどさぁ、そんなに出張ばかりだと本当に名ばかり院長になっちゃいますよ? うちの治癒院はどうするんです? せっかく帝都中央から出てきたのに、また戻るって。日数かかるんでしょ?」

「確かに、それはそれで問題ですね……」


 チヒロの治癒のため、帝都中央治癒院へ出張するのは決定事項だ。

 が、ここ最近ハタノの出張が続いてるのも、事実である。


 雷帝様の命令であったり、チヒロの治癒のためであったり、やむを得ない事情が重なった結果だが……。

 ミカは「こっちの治癒院の運営はどうするのか」と言いたいらしい。


 最近少しずつではあるが、ハタノの治癒が効果的だという噂も広まり始めた。

 たまに、遠方からお見えに来られる患者さんもいる。

 不在続きなのも、失礼だろう。


 ――チヒロの治癒も大事だが、うちの治癒院についても考えないと――

 ……と、申し訳なく思っていると。

 同じく、事情説明のため治癒院を訪れていたチヒロが頭を下げた。


「申し訳ございません。私のために、ご迷惑をおかけして」

「いえ。チヒロさんは悪くありませんよ。やむを得ない事情が重なった結果かと」


 別に、誰かが悪い訳ではない。

 これは仕方のないことなのだ、と、ハタノが割り切ろうとした時――


 「あのぉ」と、間に入ってきたシィラが、赤髪を揺らしおずおずと手を上げた。


 実力は確かだが、押しが弱いシィラが手を挙げるのは珍しい。

 どうしましたか、とハタノが尋ねると、彼女は遠慮がちに前に出て。


「先生。その」

「はい」

「……。……先生の治療法を、私が学んで、代理を務めてはいけませんか?」

「え」

「べつに、院長になりたい、とは思ってませんが……ハタノ先生の治癒法を私が学べば、すこしはお手伝いできるかなと。先生の負担も減りますし」


 ミカが「あ、それいいかも」と相づちを打つが、ハタノは難しい顔をする。


 ……ハタノは今まで、自身の知識を他人に教えたことはない。

 自分が受けてきた医療教育が、この世界の標準とは異なること。

 かつ一般的な治癒師にとって邪道だと罵られたことから、語るのを伏せてきた。


 が、シィラはハタノの治癒に忌避感を示していない。

 彼女は患者へ誠実に向き合うタイプであり、かつ、大人しい性格のわりには結果重視で物事を考える節がある。


 ……ハタノが教える相手としては、非常に適しているが……。


 ミカが頷き、ハタノの背を軽く叩いた。


「いいんじゃない? 帝都中央じゃ白い目で見られるだろうけど、ここなら先生が院長なんだし。あたしも前から知りたかったんだよね。先生の不思議な治療法」

「……不思議、ですか」

「治癒師って普通、治癒魔法だけで治癒するでしょ? せいぜい治針で刺すだけで、いかに刺さずに治癒するかが腕の見せどころ、みたいなのあるじゃん。けど先生は全然違って、でもちゃんと治るんだしさ。本当はもっと知識を広めてもいいと思うんだよね、あたし」


 が、やはりハタノは言葉を濁す。

 同じく眉を寄せているのは、チヒロ。

 ハタノの懸念を理解してるのは、彼女が”血塗れの勇者”として育ったからだろう。


 自然と夫婦で目配せし、チヒロが頷く。

 ……ここはきちんと彼女に伝えた方が、良いだろう。


 ハタノはシィラと顔を合わせた。


「シィラさん。お気持ちはありがたく受け取ります。シィラさんは元々、患者さんに対してとても誠実に向き合ってくれる方ですし、勉強熱心なのも知っています。そのひたむきさは素敵だなと、いつも見ていて思います」

「っ、ありがとうございます。では……」

「――だからこそ、教える訳にはいきません」


 え、と固まるシィラ。

 ミカがむっと唇を尖らせる。


「先生、何でですか? シィラはべつに、先生の治癒方針に文句も言ってないですし、患者さんのために頑張りたいから言ってるんでしょ? 断る理由なくない?」

「ええ。シィラさんの態度はとても好ましく、当院に来てくれてありがたいと思っています」

「だったらさぁ……」

「ですが、ミカさん。シィラさん。――よく聞いて、考えてください」


 ハタノは間を置き、そっと、子供に言い聞かせる教師のように鋭く告げる。


「治癒師として、患者に誠実に接することが、必ずしもシィラさんのためになる訳ではありません」

「……どういう意味ですか?」

「具体例をあげた方がわかりやすいでしょう」


 治癒師の先輩として、忠告しておく必要がある。

 ハタノは手元の紙をくるりとシィラに向け、ペンを走らせた。


「ある患者さんに対し、治癒師が治癒魔法を使って治療をしました。しかし結果は実らず、お亡くなりになりました。その件について、シィラさんは患者さんに説明できますか?」

「……はい。悲しいことですが、治癒には限界があります」

「ええ。我々はもちろん、普通の患者さんも、時に人が病で命を落とすことは理解しています。納得できずとも、理解はしてくれるでしょう。……では」


 と、ハタノはノートに人型の絵を描き、そっと線を斜めに走らせる。

 人体を切るように。


「シィラさんが患者を治療するため、腹を割き、盲腸の手術をしようと提案しました。治癒魔法のみでは難しくとも、開腹して盲腸へ直に治針を当てられれば治癒率は格段にあがります。が、不運な理由で術中死したとします」

「え」

「医療に100%はありません。事故は必ず起こります。その際、シィラさんは説明できますか? 私はこの治療が正しいと判断しましたが、結果的に失敗してお亡くなりになりました、と」

「それは……」

「より正しく言うなら、それで患者さんのご家族は、納得されるでしょうか?」


 治癒魔法を使い、最善を尽くしたが、ダメでした……と。

 お宅の家族の腹を割いて賢明に治癒しましたが死にました、と。


 手術、という手法が一般的でない帝国において、患者はどちらの方が納得するだろうか?


「シィラさん。ここで大切なことは、現実の治癒成功率と、人が納得するかどうかは全くの別問題ということ。そして一般的な帝国の治癒師は、腹を割かず患者が亡くなろうとも治癒魔法を使う方が王道であり、かつ、それで失敗しても誰にも責められることはない、ということです」

「それは……」

「それでも、学んでみますか?」


 ハタノも散々、治癒を重ねながら言われた言葉だ。


 お前は常識がないのか?

 治癒師としての誇りはないのか?

 お前は、自分が間違ってることを自覚しろ。


 帝都中央治癒院での苦い経験を思い出しながら、経験者としてシィラに問う。


「シィラさん。真摯に仕事に向き合うことは、必ずしも、自分の人生を豊かにするとは限りません。――あなたは他人に非難されることを覚悟の上で、それでも、治癒師として頑張れますか?」

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