2-1.「……興ざめだな」
「ハタノよ。”召喚師”という才を聞いたことがあるか?」
「……噂くらいには。確か、ガルア王国の特殊部隊だと、お聞きしています」
”召喚師”は文字通り、魔物を召喚し僕として操る、ガルア王国特有の”才”だ。
出現させられるのは一時的、かつ、一度倒せば二度と同じ魔物は召喚できないらしいが……”特級召喚師”ともなれば、巨人や竜すらも召喚できるという。
「その連中が、帝国の各所でテロを起こしていてな。とくに厄介なのが、一つ目の巨人だ」
「雷帝様やフィレイヌ様でも、対応が難しい相手なのですか?」
「余を馬鹿にしてるのか、貴様。直接戦えば楽勝よ。……が、奴らは現れてはすぐ消えるうえ、しかも狙いは帝国の郊外ばかりでな。おかげで被害は少ないのだが、これが面倒でなぁ」
はぁ、と溜息をつきながら、ハタノをみやる雷帝様。
言いたいことは、わかる。
「チヒロさんの様子ですか?」
「空から奇襲すれば、撃破は容易いからな。まあ向こうもそれを読んで、チヒロを誘っているのだろう。要するにチヒロを出せ、と、けん制を仕掛けてきているわけだ」
「他国に、チヒロさんの情報は……」
「一応伏せたが、筒抜けだな。で、チヒロはどうだ? 翼は出せそうか? それが可能なら問題もすぐ解決だが」
「その件については、まだ。ただ治癒の目処がたたない訳ではありません」
ハタノは改めて、翼のコントロール難の話と、竜魔力の不足について伝える。
「つまり竜の魔力を補給した上で、貴様等がいちゃいちゃしながら空を飛べば良いのだな?」
「それはそれで問題が……」
「冗談だ。さすがの余も、隣で夫婦がよろしくやりながら戦はしたくないからな? で、竜魔力の補充についてだが――ハタノ」
雷帝メリアスが、ハタノをじっと睨んだ。
鬱陶しそうに、けれど、はっきりと。
「貴様が帝都を離れる前に頼んだもの。確保はしたぞ。まあ帝国であれば当然の処置だが」
「ありがとうございます。使わせて貰っても?」
「ずいぶん高くつくがな。よもや竜の翼以上のものを要求するとは、貴様も大胆なことをするな」
「……ですが、最善の治癒になると思いますので」
チヒロの治癒に関して、どうしても必要なアイテムだった。
希少価値は高いが、帝国なら保管しているだろうという読みは、正しかったようだ。
「これで必要なものは十分か? ハタノ」
「材料は。……ただ、他にも足りないものが」
「人手か」
ハタノは頷く。
今回のチヒロの治癒は、ハタノ一人で行うのは荷が重すぎる。
できるなら治癒の補助についてくれる者、およびいくつかの治癒器具を借りたいと相談してたのだが――
「その件だがな、ハタノ。……貴様、帝都中央治癒院に顔を出さんか?」
「え」
「単純な話よ。帝国が治癒についてまず相談する先はどこか? 帝都中央治癒院に決まっていよう。貴様の古巣でもあるしな。くく、あまり思い出したくはないか?」
「まあ、あまり良い思い出は……」
「だが先方からも申し出があってな。勇者チヒロの治癒を担当させて欲しい、と。とくに特級治癒師ガイレスが、直にな」
「教授が……」
ハタノは一瞬、顔をしかめる。
雷帝様の提案は、間違ってはいない。
そもそも治癒師としての実力は間違いなく、特級治癒師の方が上なのだ。
「余としては、ガイレスの提案は一理ある。帝国での治癒と言えば、帝都中央治癒院だからな。……とはいえ、チヒロの様態については貴様が一番詳しいという自負もあろう。そこで余が提案したのが、貴様とガイレスの共同治癒だ」
「……二人で、ですか」
「”才”ある特級治癒師と、貴様の”知恵”。両方組み合わせれば最強であろう?」
(理屈はそうですが、先方がそう簡単に協力してくれるか、どうか)
ハタノは反射的に警戒する。
”特級治癒師”ガイレス教授の実力の高さは、ハタノもよく理解している。
……チヒロの治癒のために必要なことも、理性では分かっている。
一方でかの教授は”才”を重視し、ハタノの治癒を邪法と断じた。
ハタノが治癒院を追い出されたのも、間接的には教授の指示によるものだ。
本当にそんな男を信用できるのか?
医療はチームワークだ。
いかに実力があれど、相互協力がなければチームは崩壊し、チヒロの治癒は叶わなくなるだろう。
(ですが、今回の治癒は私一人では難しい。それに教授は、私がチヒロさんを治癒した時……協力してくれた)
反発はあれど、同時に、教授は一介の治癒師でもある――
(それに私が悩んでも結末は変わらない。雷帝様が二人でしろと命じたら、するしかない。それが仕事なのだし)
と、ハタノは結論を先送りにしようとして、
「ところで、ハタノ。別件だが、余の治療も頼みたい」
「え? ……雷帝様、どこか具合が? しかし、そもそも雷帝様の治癒でしたら宮廷治癒師の方が」
「頭に格好良いツノをつけたいのだが、出来んか? あとせっかくなら、胸をでかくしたいのだが」
何言ってんだこの人。
自分がいま勇者の治癒で頭を悩ませてるときに、角だの胸だの。
……ちなみに雷帝様の胸元は、あえて言うなら、ささやか、である。
むすっと雷帝メリアスが不機嫌そうにした。
「先日フィレイヌの奴に、そろそろ才を継ぐための男を決めたらと言われてな。まあ、余も明日には銃撃される可能性もあるし、早めにな? が、フィレイヌの奴め、余の胸だと男の人は……あっ、みたいな顔しよって」
「はぁ」
「まあ確かに、余は誰もが認める美少女であるものの、あえて、唯一わずかに謙虚な面があるとすれば、やはり胸だと思わなくもない。ちなみに男として貴様はどう思う?」
「……その質問に、私はどう返事をしろと……」
「男はやはりでかい方が好きか? それとも余でも満足するか? チヒロも大きくはないだろう?」
そんなの相手次第では――という無難な返事を、ハタノは続けることが出来なかった。
雷帝メリアスがハタノの顎をつかみ、ぐい、と持ち上げる。
雷光をまとった力強い瞳が、ハタノの顔を映し、にやりと笑う。
「ハタノ。面白いことを教えてやろう。――極才”神の雷”の娘は、生涯に一人、かつ相手にかかわらず”神の雷”しか生まれぬ。才が強すぎる故、それ以外の可能性が存在しない。ゆえに相手が凡夫であっても問題ない。……何なら貴様に、余を抱かせてもいいぞ、ハタノ?」
「え」
「先日のテロの件で、余は些かならず帝都魔城の貴族共に不信感を抱いててな。まあ後ほどまとめて始末する計画は立てているし、そのために入院準備も進めているが」
「入院???」
「それでも、いつ寝首をかかれるか知れたものではない。抱かれてる最中に刺されるなど御免だからな。その点、貴様は疑う余地のないシロだ。悪くない話だと思うが?」
ちろりと舌なめずりをする雷帝に、ハタノは固まる。
それは……人によっては、又とない名誉と答える者もいるだろう。
かの帝国四柱が一人、雷帝様に見初められる。
玉の輿、なんて話ではない。帝国でも最大級の成り上がりであり、光栄なこと――
なのに、ハタノはそんな意識すら浮かばない。
……だって自分には、彼女が。
「私には、妻がいますので」
「子種だけなら別にいいではないか。上位の”才”なら、一夫多妻も普通にあるぞ? それに貴様とチヒロは仕事上の関係に過ぎんだろう。チヒロに、お前の旦那を貸せと言っても断らんと思うぞ?」
「それは……」
「余の跡継ぎは帝国繁栄の要石。その子作りを断ることは、帝国の意思に反し、多くの民を危険にさらすことになる。それは治癒師として、勇者としてあってはならぬことであり帝国に対する裏切りだ。……余は、間違ったことを言っているか?」
否。論理的には筋が通っている。
雷帝様の相手がハタノであっても全く問題なく、そしてハタノは”一級治癒師”という、極上ではないが相応の才があり、かつ裏切る可能性もゼロだ。
そして雷帝様から「業務命令で余を抱け」と言われれば、ハタノは断る必然性がない。
……と、分かってはいる。
分かっては、いるのに。
どうしてか。
ハタノの脳裏にはふと、物哀しげに俯くチヒロの顔が浮かんで。
「……興ざめだな」
「え」
「そんな顔をされては燃えるものも燃えぬし、気が削がれる。が、良い傾向でもあるな」
雷帝様の手が、ハタノの顎から離れた。
果たして。
ハタノは今、雷帝様の前で、どんな顔をしていただろう……?
「ハタノ。余との婚姻話は破談だ。残念だったな? 貴様は千載一遇のチャンスを逃した訳だ。……まあ、その件はいい。とりあえず、チヒロの治癒の話は進めておけよ? 余も、帝都中央治癒院に声をかけておく。準備ができたらチヒロと共に来るがいい」
くく、と笑いながら、雷帝様が診察室を後にする。
その背中を、ハタノはただ呆然と見送ることしかできなかった。
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