1-5.「旦那が困ったら、妻に助けを求めるのも、手ではありませんか?」

「少々お恥ずかしい自分語りになりますが……私はいまの妻と、婚姻関係になれと突然つきつけられ、途方にくれていました。私は本質的に、誰かと深く関わることが出来ないだろうと思っていたからです」


 未だ出会って三ヶ月にも満たない妻を思い浮かべながら、患者に語る。


 ハタノは、仕事人としては普通であっても……人としては欠陥品だと、自分のことをと自覚していた。


 相手と親密な関係になれない。

 仕事はできても、プライベートではどこか距離を置いてしまう……

 自分でも理由がわからず、ただ、自分は異質な人間だなと、心のどこかで思っていた。


「ですが、いまの妻と出会い話をする中で、これは上手くいくかも、という共通点を見つけることが出来ました。もちろん今も、試行錯誤の段階ですけれど」

「……なんだそりゃ。単に奥さんと上手くいっただけだろ? 出会いはともかく、愛してるならいいじゃねえか――」

「いえ。愛してはいません」

「は?」

「が、恋愛感情がなくとも、いざ話をしてみたら相性がよかった、という場合もあるようです」


 ハタノとチヒロは、幾度も肌を重ねた関係ではあるものの、一般的な夫婦像とは大きく異なる。


 最近こそ、イタズラ程度の会話こそ出来るようになったものの……

 元々、恋人らしくべたべたと甘えたり、連れだって旅行に出たりすることはなく。

 物語に出てくるような、愛おしい関係ではない、と自分では思っている。


 けど、それでも。


「私には、恋愛なんて絶対に向いてない。そう思っていましたが……世の中たまには、運良く、相性が良かった、なんていう話もあるようです。そしてそれを知るには、実際にやってみないと分からないなと」

「……けどよぉ。仕事はそんな上手く……」

「上手くいく保証はありません。けど努力で補えることはありますし、それで合わなかったら、また次の仕事を探してみてはどうでしょう。それに、大切な奥さんを守りたいのでしょう?」


 んぐ、と、男が声に詰まった。


 わざわざ山奥に出かけ、大物を探す一方、治癒費を払いたくないと告げる程だ。

 酒を浴びて誤魔化すわりに当人は一滴も飲んでないのだから、収入を稼ぎたいという気持ちは本当だろう。


「バルクさん。努力することは大切ですが、間違った努力をしてはいけません。世の中、一攫千金みたいな甘い話より、地道に働いたほうが最終的な稼ぎは良くなるものですよ」

「……おぅ」

「それでも難しければ、奥さんに相談してみてはどうでしょう」

「けど、妻に心配かけたくねぇしよぉ」


 うーん、と腕を組んで考え始める男。

 ハタノは笑って、彼に伝えた。


「一般的に……夫婦とは、お互い助け合うものらしいですし。旦那が困ったら、妻に助けを求めるのも、手ではありませんか?」





 それからハタノは彼の治癒と浄化を行い、帰宅させた。

 で、話の経緯をミカに告げると「ええぇ―――あれウチで雇うんですか!?」とめちゃめちゃ不機嫌になった。


 勝手に決めたのは悪かったが……治癒院スタッフでなくとも清掃員の仕事とか、厨房の仕事もある。

 仮に当院で働けずとも、探せば仕事はあるはずだ。


(それにしても。私もだいぶ、妻の影響を受けていますね)


 説得の材料として、妻の話をした自分に少々驚く。


 ……自分のような人間が、誰かと生活をともにする。

 想像すら出来なかったそれは、意外にも身体に馴染んでいた。

 むしろ、乾いた日常を送っていたあの頃に比べると、いまの方が……。


(いや。私とチヒロさんは、あくまで仕事上の関係なので)


 ――彼女のことは、可愛らしい、とは思うが、甘えてはいけない。

 チヒロさんだって契約相手から「実は心底から好きになりました」なんて押しつけられても困るだろう。


 それに彼女は”勇者”であり、国の礎。

 必要とあれば明日にでも、戦地に飛び立ってしまう存在。縛り付けるのは宜しくないだろう。


(チヒロさんも、平穏を望む方ですから。お互いに踏み込まない方が、トラブルもなく、穏やかに過ごせるはず)


 ハタノはそう言い訳しつつ。

 この穏やかな日常が続きますように……と、叶わぬ願いを抱きながら、ふっと息をつき――




 その診察室に、顔を真っ青にしたシィラが飛び込んできた。


「せ、せせせせせ先生ぇ――――っ!? すみません、お、お、おわわわおおおお客様が……!」

「落ち着いて下さい、シィラさん。急患ですか?」

「かかか、患者さんではなく、あ、ん、あの、せせ、先生に、よよよ用事がっ、あ、っ」


 手足をバタバタさせ、全力でやばさをアピールするシィラ。

 彼女は慌て者ではあるが、こんなにも焦るのは珍しい。一体何が?


「シィラさん。急患でないなら落ち着きましょう。魔物の大群が来たわけでもないのでしょう?」

「そうですけどある意味魔物よりもっとやばいっていうかあの」

「そんなこと、早々ありませんよ。大丈夫です、一分二分遅れたからと言って困ることは、」

「――ほぉう? 余を一分待たせることは、大したことではない。ずいぶん偉そうなことを言うようになったなぁ、ハタノ?」



 びく、と、ハタノの顔が引きつった。


 続けて、バカン! と問診室のドアが雷光を放ちながら蹴り飛ばされ、ハタノの真横に吹っ飛んでいく。

 ……その様を見送ることもできず、唾を飲むハタノ。


 黒の軍服を着込み、黄金色の髪をたなびかせた女。

 名は、言うまでもないだろう。


「くく。異国には、鴨が葱を背負ってくるという諺があるそうだが、貴様の顔を見ればわかるぞ? ハタノ。面倒臭い奴がトラブルを背負ってまた来やがったなと、そう言いたいのだろう?」

「……いえ。恐れ多くも雷帝様に、そのようなお気持ちを抱いたことはありません」

「方便など要らぬ。それに余が来たからといって、面倒事が来たとは限らんぞ? むしろ朗報の可能性もあるではないか。聞くだけ損はないだろう? なぁ?」


 と、帝国四柱が一人――

 雷帝メリアス様は現れるなりどかっと患者用の椅子に座り、足組みをしながらニヤニヤと笑っていた。


 ……いかにも雷帝様らしい登場だが、まあ、確かに。

 面倒事と決まった訳ではない、とハタノはほんの少しだけ期待しつつ「ご用件は」と尋ねる。


 雷帝様は笑って続けた。


「最近、帝国の各所に神出鬼没の巨人が現れてな。あっちこっちで帝国の建物を破壊していくのだが、どう思う? しかも余や勇者が出動すると、幻のように消え失せる。どう思う?」

「それ治癒師の案件じゃありませんよね?」

「チヒロが空を飛べたらなぁ、空からあっさり始末できるんだがなぁ~?」


 で? と、雷帝様からのわざとらしい上目遣い。

 なんで一介の治癒師に帝国の巨人問題が降ってくるのだろうかとハタノは心底から思い、頭を抱えた。





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