幕間1-2 「先生らしい気遣いが込められたもの、などどうでしょう」

 奥さんへの美味しい料理計画――


 突発的に始まった企画に、ミカが、むふんと三本指を立てて自慢げに語り出した。


「そもそもね、先生。誰が言ったか知らないけど、人間には三大欲求ってのがあるんですよ。性欲、食欲、睡眠欲! まあ先生は奥さんと毎晩盛ってるから性欲はいいとして、食事や睡眠についてはもっと考えた方がいいでしょ? 健康のためにも! 医者の不養生はだめでしょ、先生」

「毎晩という表現には語弊がありますよ、ミカさん。それと食事については、ある程度軽視しても問題ないんですよ」


 この世界において、食事の価値は”才”により変わる。

 一般市民レベルなら、食事は重要だ。身体のエネルギー源のみならず、書物によればビタミンやミネラルといった様々な身体のバランスを調整する栄養源として必要不可欠なものだという。


 一方、上位の”才”持ちは、栄養を魔力で補える。

 チヒロが魔噛草のみで生活出来るのも、その影響だ。

 もちろん、味を楽しむことは可能だが……才が高いものの食事は、嗜好品、娯楽にすぎないので不要――


「いやよくないでしょ!? 美味しいご飯ってさ、もうそれだけで仕事の気力も上がるし元気もでるし。うちの治癒院でも、給食部のご飯は美味しいって評判でしょ? 先生はぜんぜん食べないけど」

「それはまあ、スタッフや患者さんの食事は大切ですからね」

「だったら奥さんにも美味しいものを食べて欲しい、って思うでしょう?」


 まあ、思う。

 思うのだが、こうも盛大な話にしなくても……。


 が、ミカはむふんと胸を反らしながら、同僚である治癒師シィラの肩を叩く。


「ってことでシィラ、何か美味しいものとかない? あたしも帝都育ちで幾つかは知ってるんだけどさぁ、いきなり肉、唐揚げ、酒! ってのものねぇ」

「そうですね。……その前に、先生、奥さんの好みは? 甘いものが好きとか、辛いものが苦手とか」

「不明です」

「え? 好みとかは」

「うちの妻は草しか食べませんし、そもそも美味しいという感覚を理解してるかすら……」

「なんじゃそりゃ。勇者ってそんな食生活してるの、先生?」

「全員がそうかは知りませんが、少なくとも彼女はそういう育ち方をしてきたそうです」

「えぇ~? それ人生の半分損してない? 先生もだけどさぁ、もっと人生楽しめばいいのに」


 ミカがそう言うものの、仕事だし、そういう生き方をしてきたのだから仕方ない。


「てか先生やっぱ女なら肉でしょ、肉! 最高級の牛をあぶって、調味料をまぶしてがぶっ! くうぅ、旨いっ」

「それ、ミカさんが食べたいだけですよね?」

「じゃあ魚! 焼き魚にぱらぱらっと塩ふって……え、先生奢ってくれるんですか!? さっすが院長、太っ腹ぁ!」

「ミカさん、そういうのはご自分の恋人といいますか、彼氏にお願いしてみては」

「あぁん? 何か言った? このクソ医者」


 と、やぶ蛇をつついてる間に、シィラが遠慮がちに手を挙げた。


「先生。そもそも奥さんの好みっていう基準がない以上、いくら相談しても結論は出ないと思うんですけど……」

「……確かに。病気の原因が分からないまま治療方針を検討するのは無謀の極みです」

「はい。ですので、発案の基準となるものを、まず考えた方がよいかなと」


 とはいえ、基準と言われても……。


(こういうのを直接聞くのはマナー違反と聞きますし、そもそも、チヒロさんも聞かれても困るでしょうし。うーむ)


「先生。食事以外で、奥さんが普段、喜ぶことってありますか?」

「食事以外で、ですか?」

「はい。いつも一緒に過ごしてる間に、奥さんが楽しそうにされてる時、とか」


(と言われても、うちの妻は滅多に笑いませんし……)


 そもそも表情の変化に乏しい。

 仕事疲れで気落ちしている時とか、ハタノに遠慮している時は、割と分かるが……喜ぶこと、となると。

 恥じらいを控えたベッドの中くらいだが――


 ああ。でも一つだけ、心当たりがないことも、ない。


「そういえば……彼女が微笑む時があるなら、私が気を遣ったとき、でしょうか。うちの妻は滅多に表情を変えないのですが、私が気遣い、それを彼女がありがたく感じた時には、くすっと笑われる時がありますね」


 仕事人として、ハタノと感性が近いからだろう。

 彼女はハタノのちょっとした気遣いを好み、微笑んでくれることがある。


 と同時にハタノ自身、そんな妻の喜ぶ姿にちいさな幸せを感じているのだが、それは秘密だ。

 成る程、とシィラが手を叩いた。


「でしたら、その配慮を料理に込めてみては、どうでしょう」

「配慮、ですか」

「はい。たぶんですが、先生の奥様は食事にこだわりがないのだと思います。そして気遣いのできる先生でしたら、何を選んでも下手な手は打たないと思います。……その中で、先生らしい気遣いが込められたもの、などどうでしょう」


 成程。料理の質そのものではなく、自分が妻に配慮して食事を出すことに意義がある――

 という基準で、考える。

 それなら、光明が見えそうな気がしなくも、ない。


「ありがとうございます、シィラさん。今度、何かお礼をさせてください」

「いえいえ。私も別に、これといって良いアイデアを閃いたわけではないので……」

「先生あたしには!? あたしにはお礼ないの?」

「ミカさんは将来の彼氏に奢って貰ってくださいね。では、私は仕事に戻りますので」

「彼氏できたらこんな苦労してねーんだよ! ばーか!」


 ミカの文句を流しつつ、ハタノはゆっくりと午後の仕事に手をつけ始めた。


*


 業務終了後、ハタノは考える。


 高価な料理は論外だ。金銭的に高いものは、彼女が引け目を感じてしまうだろう。

 格式ばったコース料理も却下。そもそも外食自体がダメだ。彼女は人前に出ると、”勇者”として業務上の笑顔を浮かべて疲れるだろう。

 ”血塗れのチヒロ”というあだ名がまかり通ってるため、くつろげるとも思えない。


 自宅でのんびりしつつ、彼女が負担に思わないくらいの、軽い料理。

 かつ、味も悪くなくて、腹が程々に満たされるもの……


(ああ。そういえば)


 子供の頃、自分が美味しく食べたものがあった。

 ミカに聞かれれば「あんた馬鹿なの?」と言われそうな、子供っぽい食事。けど、ハタノにとってはご馳走だったもの――


*


 その夜。

 ハタノは相変わらず草を食べている妻に、そっと夜食を出してみた。

 チヒロが、はて、と瞬きをする。


「旦那様。これは?」

「すみません。料理、と言える程のものではないのですが」


 小皿に載ったのは、ごく普通の白パンに、あぶった肉とサラダを挟んだもの。

 何の変哲もないサンドイッチを出しながら、ハタノはゆるりと微笑んだ。


「子供の頃、親の目を盗んでこっそり口にしたのが、美味しくて。それを思い出してみました」


 試験勉強の合間、とか。

 息抜きに食べる夜食は、美味しいものである。





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