6-2.「――――、ばんざ――――い!」
帝国ヴェール。
帝国三柱が一人、メリアスが雷”帝”の名を冠する所以は、神たる”帝”より、帝の僕を名乗る栄誉を授かったためである。
本来の意味における”帝”は、帝国でただ一人。
”皇帝陛下”その人以外におらず、無断で名乗ろうものならそれだけで一家共々死罪である。
帝には、名が無い。性別もない。
皇帝は皇帝であり唯一無二の存在であるが故、人としての形を保つ必然性がない。
無論、その姿を見た者も居ない。
かの存在を人の目で見ることは、神たる皇帝と人を同列視する愚行。
一説によれば、陛下の姿を目にした者は太陽を見るのと同じく、その目を焼かれ死に絶えるという。
……無論、ハタノも理屈としては、皇帝陛下が人であると理解している。
それでも。
それでも、ハタノは本能的に身を引き締める。
そもそも、このような形で皇帝が人々の前に存在を露わにすること自体、異例のこと。
自然、ハタノは膝をついて頭を垂れようとして、
『面を上げよ』
ヴェールの奥より届いた声に、反射的に顔を上げた。
言霊。声に込められた”才”――魔力の波が、ハタノの心臓を掴む。
そうしろ、と、命じられたかのように。
『此度の活躍、見事であった。全ては皆の働き故。此度の祝辞は勇者を称えるものではあるが、その勝利を支えたのは、勇者のみにあらず。この場に居る者、この場に居ぬ者。名も無き一兵に至る全ての者が、勇猛に戦いぬいた末の勝利である』
しん、と静まりかえるホール内。
陛下の声が朗々と響く。
『才は、人を分ける。しかし才の強さが、帝国への忠義と同義かと問えば、否。強き者も弱き者も奢ることなく、己が才と向き合い成すことで、帝国はより良き道へと進むのだ。未来を開くのは神であり、また、貴君等自身でもある。――我が帝国に永遠の繁栄あれ』
そう挨拶を述べた陛下は、静かに、雷帝メリアスを呼びつけた。
これより先、我が半身たる雷帝の言葉を、我が言として聞くがよい――
「陛下のお言葉、この雷帝メリアス、しかと承りました」
陛下の言を受け取った雷帝様が、優雅に前へ。
そして皆に、神託を告げた。
「ただいま陛下より、新たなる言葉を承った。此度、王国との戦にて我等は圧勝した! 竜を屠り、悪しき王国の懐に勇者の刃を突き立てたのだ! しかし、未だ奴等は健在。王国は未だ強大な力を持ち、我が国に対する一方的な侵略を試み続けることだろう」
両腕を広げ、大仰に皆を鼓舞する雷帝メリアス。
演出だと理解しながらも、その威圧に、ハタノも飲まれていく。
「無論、我等は平和を望む。戦はただただ、人の命を散らす愚かな所行。しかし! 降りかかる火の粉は、払わねばならない。無辜の民を、傲慢にも力で支配し搾取する悪鬼に対し、我等は陛下の名の元、正義の刃となって果敢に立ち向かう必要がある。故に、新たなる力がいる!」
そして彼女が、名を呼んだ。
フィレイヌ、と。
ハタノ達の前に、深紅のドレスに身を包んだ麗しい女性が現われる。
髪をアップにまとめ、優雅にゆるりと雷帝様の隣へ並び――雷帝様が、彼女の正体を明かす。
「かの者の名を、フィレイヌ=リアン。我が帝国三柱に加わる、新しき”柱”だ。その力は余に勝らぬとも劣らぬであろう!」
「な、っ」「新たなる柱……?」
会場がざわつくのも無理はない。
かの帝国は、長らく三柱によりその平和を維持してきた。
”雷帝”、”城帝”、”秘帝”。
かの三柱が現存する限り、帝国の日が落ちることは無いとまで言われた支柱が増えることは、百年の歴史を振り返っても初の出来事だ。
会場が揺れる。彼女は何者なのか。どのような才を持つのか。家柄は。出自は。そもそも帝国出身の者なのか?
動揺がさざめきのように広まり、しかし誰も否定はしない。
かの直言を否定することは、すなわち陛下の否定、神の否定である。
故に、告げられた言葉を、ただ真実である、と受け止めるのみ。
皆がどよめく中、フィレイヌが一歩、前へ。
「お初お目にかかります、皆様。私の名は、フィレイヌ=リアン。この度、帝国の礎である柱に選ばれた者。今後はその名に恥じぬよう力を振るい、雷帝、城帝そして秘帝の三柱に劣ることなく邁進して参ります」
語るフィレイヌの周囲に、ふわり、と青白い炎の塊が幾つも舞う。
雷帝の“雷”に並ぶ、新たな柱たる”炎”――畏怖すべき力の具現化。
「若輩者、柱の名折れと笑われるつもりはございません。皆様とともに帝国の民として尽力し、必ずや、帝国に仇成す王国のすべてを焼きつくし、いずれ灰燼と化してさしあげましょう」
「――我等が新たな柱に、祝福を。此度の陛下のご決断により、我が帝国は一層の発展を見るであろう!」
続く雷帝の咆哮に、皆の心が震えた。
疑問はあれど、神が新たな柱を選ばれた。
それは帝国をより一層力強く発展させ、帝国の新たなる門出となるだろう。
……その事実を祝わぬ者など、この場にいようはずもない。
小波のように、拍手と、歓声が広がった。
帝国万歳。
皇帝陛下、万歳。
新たなる柱の生誕に、帝国高位の”才”を持つ者達が褒め称える。
その噂は一両日中にも帝国中に、いや、大陸中に広まることだろう。
「では皆の者。より一層の研鑽を。そして繁栄を! いまは一時の勝利に酔うがいい!」
雷帝メリアスが吼える。
帝国はここに新たな日の出を迎え、ガルア王国は凋落の一歩を辿るであろう。
誰もがそんな未来を夢み、興奮し、素晴らしい世界を思い描いた――
その時、だった。
「ガルア王国、ばんざ――――い!」
ひときわ大きな声とともに、男が一歩躍り出る。
ハタノが見たのは、青白い顔をした男が、その手の内に黒塗りの何かを握っていたこと。
黒いものは先端が筒状になっており、小さく火を吹いたこと。
そして、パン、と。
雷帝メリアスに向け、乾いた銃声音が鳴り響いた事実、そのものだった。
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