6-1.「帝都の民として、これ程光栄なことはあるまい?」

(やはり、苦手なものは苦手ですね)


 ハタノは苦い顔を浮かべながら、大広間に集まる面々を見渡していた。



 帝都魔城マクシビアン、第二大ホール。

 戦の祝勝会として集められた面々は、ハタノにとって面倒な相手が多い。


 帝国本城に勤める政府高官や、各界のお偉様方。

 軍事開発部門の長に、国の政を司る大臣や政府高官。

 もちろん戦で活躍した将の顔もあるが、大多数という訳ではないようだ。


(帝都にも派閥はありますし、人選を選ばないと火種になるのかもしれません)


 嘆息しつつ、襟元を弄るハタノ。

 妻の格を下げるような服装で出席するのはまずいと考え、フォーマルな貴族服にしたものの、窮屈でたまらない。実利に乏しいのも不快感に拍車をかける。

 そのうえ胸をざわつかせるのが、周囲から零れ聞く悪評だ。


(銀竜を落としたとはいえ、あの勇者チヒロのために祝儀を挙げるとは。我が帝国の悪評が広まらねば良いが)

(聞けば先日も、魔物の子を人質に取ったらしいぞ。今度は銀竜の子でも人質にしたか?)

(お得意の血の香りを餌に、銀竜を呼び寄せたのかもしれん。事実、仲間を見捨てて竜を討ち取ったのであろう? 強欲な女の考えそうなことだ)


 ハタノは胸のざわつきを覚えながら、チヒロを探す。


 肝心の妻は、主賓として穏やかに会話をしていた。

 いつもの和服だが、今日は鮮やかな牡丹柄。雷帝様曰く「チヒロは着物の方が目立つだろう」と提案したため、あの格好らしい。

 そのチヒロ本人は、やんわりと唇を引き笑顔で応じている。

 筋肉で無理やり作った笑顔だな、と遠目に哀れんでいると――


 ふと、背中に気配を覚えた。


「誰かと思えば貴様か、ハタノ。こんな場所で何をしている?」

「……ご無沙汰しております、ガイレス教授」


 猛禽の如き目つきをした初老の男に、ハタノは礼をする。

 ガイレス教授。

 帝国有数の”特級治癒師”にして、ハタノの元職、帝都中央治癒院の主を司る教授陣の一人だ。


 同時に、ハタノを事実上追放した当人でもある。


「君みたいな人間が、才溢れるこの場にいるとは。一体どういう了解かね?」

「申し訳ございません。妻の、付き添いでして」

「そういえば、血塗れの娘と結ばれたのは君だったか」


 ――その妻に自分を売り込んだのは、教授本人だろうに。

 帝都中央治癒院そのものに思い入れはないが、追放した当人と顔を合わせるのは、気分が良いものではない。


 ふん、と、ガイレス教授が鼻で笑う。


「しかしまあ、治癒師と勇者、そろって外法の使い手とはな。……戦にも治癒にも、作法がある。あの勇者は上手く立ち回ったようだが、噂を聞く限りはどうにも、評される女とは思えんな」

「……教授。それは、妻チヒロを評した皇帝陛下の意向に過ちがある、と?」

「まさか。神たる陛下のご判断に、過ちなどあろう筈がない。ただし邪道をもって手柄を立てる輩は、後にこちらの寝首を掻くこともあるだろう、という話だ」

「私はチヒロほど、仕事に忠実な方はいないと考えますが」

「業務に忠実であっても仁義が足りぬようでは、帝国民として如何なものか。そもそも君自身もまた――」

「ほぉ~? 余の客に随分な物言いだな、教授?」


 棘のある声に、ガイレス教授が固まる。


 顔を覗かせたのは、漆黒のドレス姿をまとった、雷帝メリアス。

 雷にきらめく黄金の髪と、肩口を大きく覗かせた黒のコントラストが織りなす威圧感は、まさに悪魔そのもの。

 手元の真っ赤なワイングラスが、拍車をかけていた。


「失礼致しました、雷帝様。しかし彼は、才はあれど指折りの異端者であり、此度も勇者の相方というだけで……」

「ハタノを呼んだのは余だが?」

「なに……?」

「余だが、何か? ん?」


 ガイレスが絶句する。

 けけ、と雷帝が笑い、グラスを飲み干したのち手を振った。


「今宵は勝ち戦で気分がよい。聞かなかったことにしてやる」

「っ……」


 ガイレスが僅かにハタノを睨み、背を向けた。

 ほっと安堵するハタノの脇を、雷帝が小突く。


「権力というのも、時に不便でな。貴様を呼びながら帝都中央治癒院の者を呼ばぬ訳にもいかぬし、戦で活躍した者だけを称えれば内政を司る者に角が立つ。じつに面倒臭い。ああ、ムカつく奴を全部灰にできれば世界は平和になるのだがなぁ」

「雷帝様でも配慮されるのですね」

「さすがの余も、帝国各界すべてに喧嘩を売ることはできんよ。奴らとて、腐っても国の礎であるからなぁ」


 自由奔放な雷帝様にも、不便はあるらしい。


「もっとも。今宵、人を集めた理由は、お披露目の意味もあるのだがな」


 披露目?

 と、首を傾げたところでホールの扉が大仰に開かれた。


「ご歓談の中、失礼致します! 皆様、本日はかの勇者チヒロ様のご活躍をこの場でお披露目いたすべく、雷帝様が特別なものをご用意致しました! さあ刮目ください!」


 魔術師の女性が声を張り上げ、遅れてガラガラと音がする。

 台車に乗せられ、ホールに運ばれてきたのは――氷漬けにされた、銀色の小型竜だった。


 ”銀竜”はおよそ人の二倍ほどある小型竜だ。サイズは小さいが魔力純度は高く、超高速で飛び回る人類の脅威。


 氷の中でもきらめく白銀の翼が、氷像の中で眩く鎮座していた。見開いた水晶玉のような眼球と口元から覗く牙は、今にも飛びかかってきそうな迫力がある。

 その胸部には、チヒロの美しい刀が突き刺されていた。


 観客達がどよめき、ハタノも目を見張るが――


 ……なんで、持ってきたんだろう?


「雷帝様。あれも権威を示す建前でしょうか」

「いや? 余の趣味だが?」

「…………」

「格好いいではないか! 氷の竜の彫像! 本来、竜種は翼の魔力を削いで倒すのが基本だが、チヒロは見事、やつの心臓を一撃で貫いた。ああも現物が綺麗に残ったまま倒せた例などそう無いぞ? そこで解体前に、氷漬けにして見世物にしたのだ」

「つまり雷帝様の趣味――」

「くく。生意気なガルアの犬共め、今ごろ特級の”竜使い”を失ってひぃひぃ言ってるだろうなあ? 此度の勝利は、あの竜一匹でお釣りがくる。ならば自慢しまくるべきであろう? 歴史に刻むべきであろう? 悪しき邪竜を倒した勇者の噂を、きっちり帝国全土に広めるべきであろう?」


 だから各界の著名人を呼んだのか。竜退治の威光を広めるために。

 ……ですよね?

 決して趣味ではありませんよね、とハタノは伺うが、雷帝様はけらけら笑うのみ。


「そして、ハタノよ。貴様は光栄だな? 今宵はもう一つ、銀竜討伐をも越える褒美が与えられる」

(正直、聞きたくないですが)


 面倒事は増やしたくない。

 早く帰れないかなぁと思い始めたハタノに、雷帝様がにやりと笑い――


「聞くがいい。今宵は特別に、皇帝陛下より直言が下される」

「――っ」

「帝都の民として、これ程光栄なことはあるまい?」


 ハタノが息を飲んだ直後。

 大ホールの奥、上段のステージにさらりとカーテンが敷かれ、魔術結界が施される。


 ――静粛に。

 お集まりの皆様。

 大変急ではございますが、ただいまより、皇帝陛下による直言が下されます。


 ステージ奥に忽然と現われた皇帝直属術師の宣言に、ざわ、と緊張が走り。

 ハタノも、チヒロも反射的に身を固める。




 帝国ヴェール。大陸全土に名を轟かせる”才”の国。

 その国における”皇帝陛下”の名は、即ち――

 帝国においては、神と同義の存在である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る