第35話 僕の愛しき花々たち
――夕方。
茜色に染まる保健室にて。
その大して広くも無い室内に園芸同好会が大集結していた。
「これはこれは……。私の愛しき後輩君がこんな沢山の美少女たちに囲まれているとは感慨深いですね」
ベッドに腰掛けた花車先輩が静かに告げる。
「褒め称えてくれてもいいんですよ?」
「ええ、本当に。一年生の頃は独りぼっちで保健室にしか居場所が無かったというのに。毎日吐く程泣いていたというのに。華々しい変化です」
「褒めと貶めのラインを反復横跳びしないでもらえます?」
「この虚弱体質では碌に運動もできませんからね。これ位は必要でしょう」
「精神衛生上の都合ですか?」
「適度に体内の毒を出さないと、健康に良くないそうですからね」
「それって汗とかの話であって、誰も毒づけとは言ってないですよ」
恒例となった軽妙な会話のキャッチボールを終えて、花車先輩は僕の後方へと視線を注ぐ。
「そちらの小柄な方が竜胆輪廻さんですね。……って何やら私、警戒されていますか?」
彼女の言う通り、竜胆は僕を盾として花車先輩と対峙していた。
その恐れ方はあの蛇の時と同じか、それ以上だ。
「輪廻の生存本能が、この人は危険だって言ってるかも……」
「正常な判断だぞ竜胆」
「危険かどうかは知らないけど、奇人だって事は確かかもね」
「そうね。ゆい先輩ってこんな清楚で大人しい外見だけれど、ただのキス魔の疑いがあるもの」
「確かに、この私にもキスを仕掛ける位ですもんね。大分チャレンジャーです」
園芸同好会が次々に口を揃えて花車先輩への所感を述べていく。
「うん。まぁ、愛しい後輩たちから好かれていると考える事にしておきましょうか」
都合のいい解釈を口にしつつ、軽い頷きを何度か見せている。
「安心しろ、竜胆。花車先輩は危険で奇人でキス魔だけど、それ以上に人助け大好き女子高生だから」
「ごめん、うつ先輩……。安心できる要素が一つも見当たらないよ……?」
「大丈夫だ。手段を問わないだけで人助けしてくれるのは本当だから」
「一番問うて欲しい部分が問われてないね……」
竜胆はしばらく逡巡した様子を見せた後、覚悟を決めた様に小さく頷く。
「一応、先輩たちやさくちゃんを助けてくれた人だもんね……。ずっと怖がってちゃ失礼だよ……」
自分にそう言い聞かせながら竜胆は一歩、自身の足で前に出た。
「では、竜胆さん。私の目の前で屈んで頂けますか?」
指示に従い、竜胆は花車先輩の前で屈み込む。
美人の前にメカクレ美少女が傅く構図。こんな奇異な構図であるはずなのに、今やこれも慣れ親しんだ光景に思えた。
「――失礼しますね」
花車先輩の細腕が竜胆の顔へと伸びる。
竜胆は目を閉じ、緊張からか少し震えながらの受け入れ態勢。
そして花車先輩はそーっと顔を近付けていき――。
「ちょいちょいちょい!?」
僕は慌ててそれを止めに入った。
竜胆を桜庭に引き渡して、正面から花車先輩を見下ろす。
「おい、キス魔。お前今、口に行こうとしてたよな?」
あまりの事態に僕は先輩に対して粗雑な物言いをしてしまう。
「はて? 何の事でしょう?」
「惚けても無駄ですよ。いつもはおでこへキスする為に前髪を分ける動作があった。けど、今回はそれが無かった。竜胆の前髪はここにいる誰よりも長いというのに」
「うっ……、だって仕方がないじゃないですか。生まれたての小鹿みたいにプルプル震えながらキス待ちしている竜胆さんが目の前にいたんです。それなのに額へキスするなんてむしろ失礼に当たるかと」
「などと花車容疑者は供述しております。百合宮さん、判決は?」
「――有罪です」
「そんな……!?」
テンポよく花車先輩が有罪になった所で、気を取り直して閉花の儀式を執り行う。
「私への大恩をお忘れですか、皆さん」
薔薇園と百合宮に両脇を固められ、背後には桜庭が控えている状態で花車先輩は言葉を漏らす。
「ゆいさんは恩人だけど、後輩は守らないとだし」
「ゆい先輩は風紀の反対側にいる人ですから」
「恩義はありますけど、リンちゃんは私の大事な友人なので」
三者三様、それぞれの意見が飛ぶ。
総じて花車先輩への信頼があまり無い事だけは確かだった。
「ここまで周囲を固められれば、もう変な事は出来ませんね……。仕方ありません、大人しく閉花作業に移りましょう」
そう言って、再び竜胆へと手を伸ばす花車先輩。
今度はちゃんとその長い前髪を手で分けている。
一同が胸を撫で下ろしかけた時。
「――えい」
「ぴゃっ!?」
全員が気を抜いていた一瞬の隙を突いて、先輩は竜胆の右頬に口づけした。
「あ……あ……」
「竜胆がカオナシみたいになった!」
顔を熟れた林檎の如く真っ赤に染め、頬を押さえたまま後ろに倒れ込む竜胆を抱きかかえる。
「ほっぺ、あつい…………」
「だろうな、死ぬほど真っ赤だ」
花車先輩が三人による擽りの刑を受けている最中、僕は竜胆と言葉を交わす。
「うつ先輩、色々とありがとう……」
「別に、僕は何もしてないよ。基本的に色々としてくれてるのは花車先輩だからな」
三人から擽られ、息絶え絶えとなっている花車先輩を見る。
僕は基本的に先輩がいなければ人助けも満足にできない。これまでの三人の時も花車先輩に助けてもらってばかりだった。
「ううん、輪廻からしたら困ってる時、傍にいてくれたのはうつ先輩だったよ……」
「けどそれは僕じゃなくても良かった。たまたま僕がその役割に当てはまってただけだ」
「卑屈だね……。鬱屈先輩って呼ぶよ……?」
「それは困るな」
「じゃあ、自信もって……。うつ先輩は輪廻を助けてくれた恩人なんだからさ……」
竜胆は僕に体重を預けたままそう言って、静かに微笑んだ。
園芸部の部室。
空き教室だったそこには、五人の生徒が集結していた。
そう、竜胆輪廻の加入を経て、園芸同好会は晴れて園芸部へと昇格したのである。
僕は一堂に会した四人の華々しい少女たちへと視線を向ける。
「さて、晴れて花咲高等学校園芸部が結成された訳だが……、園芸部の活動方針について発表しようと思う」
視線を一巡させて、僕は再び口を開く。
「――好きに生きろ。僕が許可する」
僕が僕の為だけに創った園芸部。
それは僕が愛らしい花々を愛でる為の部活。
であれば、此処にいる四人の少女には自由に伸び伸びと生きてもらう必要がある。
「抽象的過ぎるな」
「部活になったのだから、具体的な活動目標は必要よ」
「そうですね、部活動は定期的に活動報告しないといけませんからね」
「庭の手入れとかで良いんじゃない……?」
僕の決め台詞がさらりと流された。
四人の少女たちは僕を置いて、今後の活動方針について話合いを始める。
ふむ。もしかして僕には部の創設者としての威厳が備わっていないのかもしれない。
「少しくらい僕に花を持たせてくれてもいいんじゃないか?」
「客観的に見たら結構やばいんだからな、四人の女子高生を愛でる部活って文言」
薔薇園からの鋭い指摘。
「駄目なのか?」
「鬱金くんは自分のメンタルが一般人とは一線を画すレベルで頑強な事を自覚した方が良いわ」
百合宮からの鋭い指摘。
紅白コンビは僕に厳しい。
僕は逃げ場所を求めて竜桜コンビに視線を送る。
「リンちゃん、お菓子食べます?」
「ん、ありがとう……」
あら、何て微笑ましい。
後輩たちは穏やかな時間を過ごしていた。
そうだ。僕が求めていたのはこういう事だ。少女たちが好きに生きて、笑顔でいられる居場所。
僕はそれを創りたかったんだ。
おっと、けど間違っても僕を善人だなんて思わないで欲しい。僕が助けるのは美少女限定だ。僕ほどの利己的な人間はそういないだろう。
椅子に深く腰掛けて笑う。
――鮮烈たる薔薇園烈華。
――純白たる百合宮潔璃。
――変質たる桜庭優雅。
――静謐たる竜胆輪廻。
四人の少女を愛でる為だけの部活。
そして、芽吹市を庭としてたまに手入れを行う部活。
煌々とした夢の花園――それが我が花咲高等学校の園芸部である。
僕が愛らしい花々を愛でる為の園芸部~開花症候群を患った美少女たちを助けて、僕だけの夢の花園を築き上げます~ 南雲虎之助 @Nagumo_Tora_62
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。僕が愛らしい花々を愛でる為の園芸部~開花症候群を患った美少女たちを助けて、僕だけの夢の花園を築き上げます~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます