第34話 音を呑む

 前回までのあらすじ。

 ――とかいう試みは今回が初めてなのには目を瞑って欲しい。

 前回の感じで行くと、園芸同好会対蛇の熱い対決が始まる雰囲気だったはずだ。

 僕もそう思っていた。

 しかしながら今、目の前に広がっている光景は予想とは全く異なるものだった。


「そーれ」


「ほーい」


 と、そんな気の抜けた掛け声と共に蛇を軽く投げ飛ばし合っている薔薇園と結我ちゃんの姿があった。


「あれ? 此処は決死の死闘を繰り広げる場面では!?」


 僕は戸惑いの声を上げる。


「園芸同好会の戦闘担当と破壊担当だもの。大蛇くらい敵じゃないでしょ」


 百合宮が冷静に状況を俯瞰している。


「園芸同好会ってそんな過剰な戦力を持ってていいんだっけ?」

「戦力じゃないわ。防衛力よ」

「防衛力だけなら百合宮一人で充分なのでは?」

「……自衛隊だって、戦車は持ってるでしょ」

「さらっとあの子たちを戦車扱いしましたね、百合宮さん!?」


 確かに、二人は戦車くらいなら軽く叩き潰せそうな雰囲気ではあるのだけれど。



 そしてあっという間に完全に蛇を無力化した薔薇園と結我ちゃん。

 蛇は二人に取り押さえられ、ぐったりと地面に横たわっている。

 此処からは竜胆本人に頑張って貰わないといけない。


「竜胆、あの蛇はお前の心そのものだ。お前が蛇を説得をしないと、あいつは人を呑み込み続ける」


 蛇は竜胆の心の防衛機構だ。

 心の静穏を守る為の存在。

 だからこそ竜胆による説得が必要なのだ。


「説得って、どうやって……?」


 竜胆の顔から当惑の表情は未だ抜けず。


「蛇は竜胆がうるさいと思った人間を消して回ってた。でも、それなら何で蛇は竜胆の両親を消してないんだと思う?」


 僕は問う。

 竜胆の開花症候群が花開く原因となった騒音。それは彼女の両親が喧嘩している声が原因だったはずだ。

 では何故、蛇は真っ先に両親を消さなかったのか。

 それは二人の声がただの騒音だけでは無かった事を、竜胆は知っていたからではないだろうか。


「夫婦関係にずれが生じる以前はきっと幸せで円満な家庭だった。その時の記憶が竜胆の中にあるから、蛇は二人を消さなかったんじゃないか?」

「幸せだった時の記憶……」

「ああ。本来、蛇はお前の敵じゃない。むしろ味方だ。蛇はお前の潜在的な感情も考慮してくれている。なら、お前の気持ちを正直に伝えれば、蛇も分かってくれるはずだ」


 蛇は連続失踪事件の元凶だ。

 だが、それは竜胆輪廻という少女の為に動いた結果によるもの。

 ならば竜胆本人からの願いであれば、蛇も聞き入れてくれるはずだ。


「自分の気持ちを正直に伝える……」


 竜胆はその小さな拳をきゅっと握り締めて。


「分かった……。やってみる……!」


 静謐を湛えた少女は真正面から蛇と向き合った。





 地面に這い蹲った蛇。

 竜胆は蛇の傍にしゃがみ込む。

 そして恐る恐る蛇へと手を伸ばした。僅かに震える手が、薄紫色がかった白い鱗に触れる。


「ごめんなさい……」


 彼女は謝罪を述べる。


「輪廻は、輪廻の……せいだ……。輪廻が音を嫌ったから……」


「ごめんね、酷い事させちゃって……」


「輪廻がただ願ったから……。うるさい音が、無くなっちゃえば良いって思わなければ……」


「嫌いな音だけじゃないよね……。この世界には良い音だって沢山あるんだ……」


 無音の世界はただ寂しく、孤独だ。

 音の排除はせず、音を受け入れる。


「輪廻の為に動いてくれてありがとう……。でももう大丈夫……。どんな音でも受け入れるから……、だから音を――これまで呑み込んできた人たちを返して欲しいんだ……」


 少女は希う。


「好き嫌いは駄目だって、小さい頃お母さんに習ったもん……」


 幼少の頃の記憶を思い出してか、彼女は穏やかな微笑みのままに告げた。

 少女と蛇との対話を経て。

 蛇は僅かに身じろぎした後、竜胆の影へと戻っていく。


「こ、これで良かったのかな……」


 立ち上がった竜胆が僕の方を振り返った。

 静謐で、静寂で、静黙を湛えた少女。

 彼女は音を受け入れる覚悟をした。ならば、蛇はその意向に従うはずだろう。


「ああ、竜胆の気持ちはきっと伝わったと思う。で、最後に仕上げが残ってるんだけども。仕上げは花車先輩だ」

「仕上げ……?」


 僕の言葉に対して竜胆は不思議そうに首を傾げて。

 それとは裏腹に、園芸同好会のメンバーは意地の悪い笑みを浮かべていた。

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