第33話 園芸同好会のお仕事

 静謐を湛えた少女が、沈黙を破る――。


「輪廻ね、中学校受験を失敗しちゃったんだ……。一応、輪廻は頭が良い部類だったから、県外の偏差値の高い学校を受験したの……。だけど当日、緊張して問題が全然解けなくて落ちちゃった……」


 竜胆は手すさびにペットボトルのラベルに触れている。


「そこからなんだ、お父さんとお母さんの仲が悪くなったの……」


 受験の失敗。

 生憎、僕は生まれも育ちもこの芽吹市だ。

 県外に出ようと思った事は一度も無い。だから県外の学校へと挑戦する事自体、とても尊敬するべきだと思うのだが。

 竜胆の両親はそう思わなかった様で。


「受験に失敗した責任を、お父さんとお母さんは押し付け合う様になったんだ……。本当はただ輪廻が緊張して本領を出せなかっただけなのに、毎日どっちが悪いか喧嘩してた……。二人の言い合う声が、ずっと家の中に響いてたんだよ……」


 過去を思い出しているのか、竜胆の声は酷く震えていて。


「うるさかった……。声が、音が、ずっと頭の中で響いていて……。だから、輪廻は静かな場所が欲しかったんだ……」


 竜胆輪廻が望んだのは静寂。

 そしてあの蛇は竜胆の望みを叶える為に存在している。彼女が騒音だと感じた存在を蛇は呑む。

 それは薔薇園における熱。

 それは百合宮における隔絶。

 それは桜庭における人格。

 竜胆における蛇――開花症候群はこの少女の中にも花開いていた。


「静かな場所にいたかったから、輪廻は図書委委員になったし、つるちゃんのカフェで働く様になった……。家に帰ったら五月蠅いから……」


 竜胆が得た喧騒からの逃げ場所。

 それが図書室とあのメイドカフェだったのか。


「でも、最近は何だか全部の音が煩いと思う様になってきちゃったんだ……。普通の人の話し声とかも、騒がしいと思っちゃって……。おかしいよね、異常だよね……。けど、うるさいんだ……」


 少女は言葉を紡ぐ。

 異常とは単なる小さな差異でしかない。

 もとより、普通の人間などこの世には存在しない。皆それぞれ、どこかしらが異なっている。

 それを僕は知っている。


「うるさくて、五月蠅くて、煩いんだ……」


「煩い、五月蠅い、うるさい……!」


「五月蠅い、うるさい、煩い!」


 竜胆の声は段々と大きくなっていって。

 静寂を破り捨てる様に少女は感情を吐露していた。

 そしてその声に呼応するかの如く、一つの異常が咲き誇る。


 蛇が、竜胆の影から姿を現したのだ。


 薄紫の瞳を有した白い大蛇はするすると音も無く、影の中から這い出てきて。

 そして蛇はその鋭い牙を竜胆本人へと向けた。

 凄まじい速度で襲い来る蛇。


「竜胆!」


 僕は咄嗟に竜胆の身体を引き寄せた。

 そして勢いのままベンチから転げ落ち、二人共々地面に倒れ込む。


「な、何あれ……?」


 戸惑いの声を上げる竜胆。

 突如出現した異常な存在を、彼女は認識し切れていない様だ。


「開花症候群……。問題を抱えた人間の中に、異常な花が咲く病気だ」


 僕は簡易的な説明を行う。


「開花症候群……?」

「ああ。信じられないかもしれないが、あの蛇は竜胆が騒音だと認識した存在を消して回ってる。芽吹市内で頻発してる失踪事件、その被害者をよく思い出してみろ」


 数拍の後、竜胆は恐怖に満ちた表情を浮かべる。


「え、嘘……。じゃあ、輪廻のせいで……」

「落ち着け竜胆。お前を助ける為に僕たちがいる」


 蛇が緩慢な動きで此方を振り返って。

 舌をちろちろと出し入れし、得物を見定める様な剣呑な目が僕たちを見る。

 そして、蛇はさっきよりも速い動きで襲い掛かってきた。


 大きく開かれた口が、すぐ目の前にまで迫って。


 しかし、蛇が僕達を呑み込む事は叶わず。

 それは異常と異常が衝突し合った結果だった。

 蛇は不可視の壁に阻まれ、地面へと墜落する。


「――女子を盾代わりに使うだなんて、男子としてどうかと思うわ鬱金くん」


 涼やかな声音が響く。

 振り返るとそこには純白で、潔白で、清白な少女――百合宮潔璃がいた。


「危なかった……。ラブコメじゃなかったら死んでたかもな……」

「そんな血生臭い世界線じゃないわよ、此処は」


 そして百合宮の後に続いて、二人の少女が姿を現す。


「園芸同好会、二回目の野外活動って訳だ」

「何かこうやって集結していく感じ、アベンジャーズみたいですね」


 鮮烈で、熱烈で、苛烈な少女――薔薇園烈華。

 変質、変動、変容の権化――桜庭優雅。

 現状の園芸同好会のメンバーが大集合していた。


「こうして見ると、何だか壮観だな」


 僕は立ち上がり、しみじみと呟く。

 竜胆と共に帰宅する前、僕は園芸同好会のメンバーに連絡を取っていたのだ。

 蛇を対処するには僕だけでは心もとない。

 だから百合宮の防御と薔薇園、桜庭の攻撃。蛇退治に臨むにあたって、僕はこの二段構えの体制を整えたのである。


「で、あんたは何をすんの?」


 薔薇園が赤いパーカーをたなびかせながら問う。


「僕は非戦闘員で司令塔だからな。後方支援だ」

「えげつねぇ野郎でやがりますね貴様は」


 現れた結我ちゃんが僕に毒を飛ばす。


「さぁ行け、お前ら! 蛇をぶっ飛ばせ!」

「「「お前が行け」」」


 僕は三人から激しめな総ツッコミを受けたのだった。

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