10、神官長の末路について
数日後、法衣貴族たちへの研修「事務処理効率化に役立つ魔術セミナー」の講師を終えて宰相様の執務室に戻ると、アルド様が私を待ち構えていらっしゃった。
「ミラ王女、ついに隣国行きが決まったよ!」
抱えていた魔術書を抱く手に力がこもる。
「重要な外交任務ということで僕も同行するから、ミラ王女。安心して」
窓から差し込む夕日を背に立つアルド様のやわらかい声が、私を包み込んだ。
「よかった……」
口の中で小さくつぶやいた自分の言葉に、我ながら驚く。アルド様が隣にいて下さると、私は安心するの? どうして? 理由が分からないわ。
考えても答えの出ない感情に困惑する私には気付かず、
「君が両親につながる唯一のものとして持っていたペンダント――あの魔道具に描かれていた
「それが決め手となったのですね」
アルド様はうなずいて、
「書簡とともに使者に持たせて早馬で隣国へ送ったところ、あのペンダントは国王夫妻が娘のために作らせた私的な贈り物だったそうだ」
今も胸元のスカーフを留めているペンダントを、そっと指先でなでる。胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
執務机に肩肘を乗せたアルド様は、頬杖をついて私を見守っている。夕日に透けるブロンドが、さらりと彼の額をすべった。
「ごく身近な者しか知らないものだったらしくて、わが国の使者を疑う余地は一切ないとの返答だったんだ」
そして今、私は十七年ぶりに実家である隣国王家に向かう馬車の中にいる。クッションはちょうどよい硬さで馬車の揺れを吸収してくれるから、長旅も思ったほどつらくはなかった。
「聖女教会本部の改革は、君の指示書通りに進んでいるよ」
向かいに座ったアルド様が、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「指示書ですって!?」
気付いた点をまとめただけの、簡単な箇条書きだったのに!
アルド様は笑いを含んだ声で、
「君の提言通り王都を守る魔力結界の管理は魔法騎士団に移されることになったし、聖女は国が認可した女性を派遣する制度に変わるんだ」
「神官長の権限はかなり制限されるのですね」
リズミカルな馬の蹄の音を聞きながら、私はほっと胸をなでおろした。
「次の神官長はまだ決まっていないけれどね」
馬車が進む街道は、コルトー王国と隣国ナティアンを隔てる森の中を突っ切っている。金糸の織り込まれた布張りの壁に、ちらちらと揺れる木漏れ日に目を細めながら、
「神官長の身柄はどうなったのですか?」
「詐欺魔術師と共に罪人として裁かれることとなったよ。神官長は公爵家の五男で国王陛下の遠縁にあたる人物だから、怪しいところはあっても今までなかなか手を出せなかったのさ」
アルド様が長い足を組んだ。座面には光沢のある上質なレザーが張られている。
「教会内部だけでなく、王宮に勤める法衣貴族の中にも神官長派がいたんだ。だが今回、君の働きのおかげで騎士団は動かぬ証拠をつかんだし、王都民にも神官長の愚策は知れ渡ったからね」
「愚策?」
「君をクビにしたことさ」
アルド様の品が良い笑い声のうしろで、鳥たちが軽やかなさえずりを交わしている。
「君が結界に魔力をそそがなくなって五日後、城壁付近に住む者は魔物に襲われたんだ。しかも教会前広場には病人の列ができていたそうだ」
それは知らなかった。自分の仕事が王都民の役に立っていたことは嬉しいが、少なからず苦しんだ人たちがいると知ったら、手放しで喜ぶ気にはなれなかった。
「君は日々王都民の命を守ってきた聖女様だった。それを神官長が辞めさせたって、もっぱらの噂になっていたそうだよ」
向かいに座るアルド様が、大きな手のひらで私の冷たい両手を包んでくださった。
「ミラ、まさか自分を責めたりしていないよね? 悪いのはすべて神官長だからな?」
「それから彼に使い込みを許してしまった仕組みそのものですわ」
言ってしまってから、優しいアルド様が元気づけて下さったのだと気付いて、慌てて付け加えた。
「お気遣いありがとうございます。アルド様」
「礼には及ばない。君を守るのが僕の役目だ」
ん? なぜ? 私は秘書としてアルド様を支える役目があるけれど――
ああきっと上司として部下を守って下さるのね!
「あたたかく的確なご指導、心から感謝しております」
私は部下として再度、礼を述べた。
だが彼は小さく肩をすくめ、それからくすくすと笑い出したのだ。
ぽかんとする私に、
「君は驚くほど有能なのに、男と女のことに関しては、その叡智が全く発揮されないんだね」
叡智ですって? この人ったら私をからかっているのね。
「僕は聡明な女性が好きなんだよ」
どうして女性の好みを打ち明けられるのかしら? 私は言葉を返すかわりに、ふと車窓に目を向けた。
うららかな春の日差しの中で、二匹の蝶が仲
各街を治める領主の館で歓待を受け、旅を続けること十日。騎士団に守られ隊列を組んで進む私たちは、はるばる隣国ナティアン王国の王都へ到着した。
街の中心に堂々と鎮座する王宮は青空の下、白壁が陽射しを反射してまぶしい。
宮殿に着いた私たちは絵画が並ぶ廊下を案内されて、色鮮やかな絨毯が敷かれた応接間に通された。謁見の間でうやうやしく面会するのかと思ったら、家族の再会ということでやや私的な空間を選んで下さったそうだ。
あまり広くもない応接間の壁ぎわに、コルトー王国から連れて来た護衛騎士たちがずらりと整列している。
奥の扉が開いて、ナティアン国王夫妻が姿を現した。
「わが娘ミロスラーヴァよ! よくぞ帰って参った!」
─ * ─
次回『本当の両親と再会』です。
ミランダの将来はどうなってしまうのか?
住む場所は? 王女としての務めは?
フォローしてお待ちください。
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