09、ミランダの本名が判明しました
「ミラ、大事ないか!?」
心配顔で飛び込んできたのはアルド様だった。
「え? ええ、何も問題ありませんわ」
あまりの迫力に、羽ペンを取り落としそうになる。
「すまん。陛下につかまってしまって、なかなか戻って来られなかった」
それがあなたの仕事でしょうに。私は何を謝られているのでしょう?
「アルド様、こちら本日の出来事を簡単ではありますが、まとめておきました」
まだインクの乾ききっていない報告書をお渡しする。
「二枚目は今後の聖女教会運営について、わたくしの立場から気付いたことを挙げております」
「おお……!」
報告書を手にしたアルド様のお顔が明るくなる。
「素晴らしい! ほとんどそのままの文面で、陛下への報告書になるではないか!」
お忙しいアルド様のお役に立てたなら良かったわ。
「ああミラ、心労をかけた上に帰城後、こんな仕事までさせてしまってすまない」
アルド様は執務机に両手をついて、うなだれた。
「心労などありませんわ」
「まことか!?」
がばっと顔をあげ、アルド様はまじまじと私を見つめる。
「つらい労働を
「あわれな男ですのよ」
つい本音をもらすと、アルド様は一瞬沈黙した。
「いやはや、僕のミラは気丈だな!」
苦笑しながら、つややかなブロンドをかきあげる。なぜ私があなたのミラ? ああ、あなたの秘書という意味ですね、きっと。
アルド様は安堵の吐息をもらして、
「まあよかったよ。君が重労働のトラウマを思い出すんじゃないかと心配していたんだ。君を調査にいかせたのは、浅はかな決断だったんじゃないかと」
「アルド様、ご安心ください。わたくし十日ぶりに古巣へ戻って、むしろなつかしく感じていましたから」
私は彼を安心させるようにほほ笑んだ。
「素晴らしい! 僕は賢くて強い女性が大好きなんだ」
なぜこの方、突然女性の好みについて語り出したのかしら?
アルド様は最高においしい果物でも召し上がったかのような笑顔で、ご自分の肘掛け椅子に腰を下ろす。
それから、ふと真剣なまなざしになった。
「ミラ、君の出自についてだが―― いや、ミロスラーヴァ王女と呼ぶべきかな、これからは」
その言葉で私は、今から話されることを察して背筋を正した。
「国内で調査を進めた結果、君はほぼ確実に、誘拐された隣国の王女ミロスラーヴァ・ジュヌヴィェーヴ・ナティアンだと判断された」
私の本名が、そんな舌を噛みそうな名前だったなんて!
「髪や瞳の色、十七年前に君が包まれていたおくるみの布から見て、まず間違いないそうだ」
私の魔力量が桁違いだったのも、王族ゆえみたいね。
「今はまだ隣国に書簡を送り、その返事を待っているのだが、近いうちにナティアン王家を訪問することになるだろう」
予想していなかったわけではないが、私は思わず
「安心してくれ。僕がついているから」
アルド様はふわりと、ほどけるように笑んだ。
べつにこの人がいるから安心するというものでもないのだが、と思ったが口には出さないでおく。
「それでミラ王女、新しいドレスを作るために仕立屋を手配しましたから」
長ったらしい本名がさっそく短縮されているわ。でも敬語はやめてほしいわね。
「隣国を訪問するためでしょうか?」
「うむ。陛下も君を隣国の王女として扱っているとナティアン王家に示したいんだと思う。まずは服装からということだろう」
陛下も関わっているのでは、お断りできないわね……
ちらりと面倒だと思ったのが顔に出ていたのか、
「それにミラ、万一ミロスラーヴァ王女でなかったとしても君は女男爵になったのだから、夜会に出てワルツを踊る権利がある」
なっ! 貴族になると夜会への参加なんていう義務も、もれなくついてくるっていうの!?
今度は面倒くさいという思いを顔に出さないよう、ポーカーフェイスを心がけていたら、アルド様が優雅に片手を差し出した。
「ミランダ嬢、僕と踊ってくれないかい?」
こんなことをおっしゃるなんて意外だわ。私の中のアルド様は、秀才だと噂になっていた印象が強すぎて、本の虫みたいなイメージだったのだ。
「アルド様はダンスがお好きなのですか?」
実際は、社交界を渡り歩く貴公子なのかしら。本の虫は私だけだったのね。
アルド様は気まずそうに、出した手を引っ込めて、
「いや、あまり得意ではなかったのだが――」
すっと目をそらした。
「君となら踊りたいなと思って」
本棚の方を向いてしまったが、ブロンドの間から見える耳たぶが紅に染まっている。
この可愛らしい反応はどういうわけなのかしら? 捨て猫になつかれたような気分になりつつ、
「わたくし、ダンスの勉強をしなければ舞踏会になど参加できませんわ」
事実を述べる。
「そうだよね」
振り返ったアルド様は悲しげに眉尻を下げた。お断りしたわけではないのに、そんな寂しそうな顔をされたら、ちょっと胸が痛むじゃない。
「それにミラ、ダンスより先にマナーの勉強をしてもらわなければならないんだ」
その意味を理解して、私は頭を抱えたい気分だった。付け焼き刃で王女のマナーを身につけなければならないのね!?
私の動揺を知ってか知らでか、
「わが国の王女様たちも教育を受けたセーリア女史を呼んでいるから、明日から貴族女性としてのマナーを学んでください、ミラ王女」
「はい」
思わず低い声で答えると、アルド様は優しくほほ笑んだ。
「勉強好きな君なら、きっとすぐに覚えてしまうよ」
数日後、法衣貴族たちへの研修「事務処理効率化に役立つ魔術セミナー」の講師を終えて宰相様の執務室に戻ると、アルド様が私を待ち構えていらっしゃった。
「ミラ王女、ついに隣国行きが決まったよ!」
─ * ─
次回、隣国の国王が登場か!?
『神官長の末路について』です!
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