08、神官長の隠し事

「ミランダよ、得意のマクロとやらで当ててみてはどうかね?」


 神官長は不敵な笑みを私に向けた。


 ここは鎌をかけて白状させましょう。


「まさか神官長様、教会トップの座では飽き足らず、闇の魔術師と共謀して王国を乗っ取ろうとしていたのですか?」


「は?」


 間の抜けた声を出す神官長。そりゃそうだろう。小者っぽいハゲ神官が巨悪に手を染めるなんて似つかわしくない。


「まさかこの薬草類、強力な毒薬を作るためのものでは?」


 大嘘である。見たところ、お肌に良さそうなものばかり。


「まさか貴様――」


 騎士団長が低い声でうなった。


「毒薬を研究させて、クーデターを起こそうと企んでいたのか!?」


 腰から剣を抜き、神官長の首元に突きつけた。


「ち、ち、違います! ドゥンケル師が研究していたのは毛生え薬じゃ! わしは頭皮に良い魔法薬のために資金提供していただけですわい!!」


 その言葉に全員が沈黙した。確かに神官長の頭は綺麗に禿げあがっているが、歳相応のものだ。


「気にしていたのですか?」


 うっかり正面から尋ねる私を、神官長は恨めしい目付きでにらみつけた。


「悪いかの? 髪があるのとないのでは女どもからの扱いが変わるのじゃ。それもこれも、お前たち女が見かけで男を判断するのが悪いっ!」


「神官の婚姻は教会法で禁じられているのでは?」


 眉根を寄せる私に、


「結婚はできなくとも、飲み屋のねえちゃんと仲良くするのは自由じゃぞ」


 神官長は若い女性の太ももでも想像したのか、ぐふふ、と下卑た笑いを漏らした。


「ひっ捕らえましょう、こいつ」


 若い騎士の一声に騎士団長がうなずいたので、神官長は拘束された。


「魔術師オベルト・ドゥンケルのところに案内させましょうよ」


 私の言葉に騎士団長は一礼した。


「ここから先は我々にお任せください、ミランダ嬢。あなたのおかげで資金の流出先が明らかになりました」




 馬車に乗せられて私は王城へと帰ってきた。


「おかえりなさいませ、ミランダ嬢」


 迎えてくれたのは宰相アルド様の侍従。


「アルド様は国王陛下と重要な話をされていますので、戻るのが少々遅くなるとのことです」


「分かりました。ありがとうございます」


 礼を言って、現在の職場となっている宰相アルド様の執務室へ向かおうとすると、


「アルド様から、もしミランダ嬢がお疲れのようなら本日午後は自室で休ませて差し上げるようにと、仰せつかっております」


「えぇっ? 疲れることなんてしていませんよ」


 驚いて声が跳ね上がる。炎天下の教会中庭で草むしりをしたわけでもあるまい、ハゲ神官を追いつめたくらいで疲れる私ではない。


 白大理石の彫像が立ち並ぶ廊下を歩きながら、


「とりあえず今日の出来事を、簡単な報告書にまとめておこうと思っていたんですが」


「それは助かります。ミランダ嬢のお身体にさわらないのでしたら、お願いします」


 お身体に障るですって? 健康な十七歳の乙女に何を言っているのかしら。それとも貴族ってのはちょっと外出しただけで倒れるくらい弱々しいとか?


 私は執務室に入ると机に向かった。


 アルド様は私のために執務机を用意してくださり、ご自分の大きな執務机の横にぴったりとくっつけて配置したのだ。一国の宰相様を隣に眺めながら仕事するなんて、緊張するのではないかと心配だったけれど、私は仕事ならどこでも集中できるタイプだった。


 それでもふと気付くと、時々アルド様が私を見つめてほほ笑んでいらっしゃる。まさか上司に「私を眺める暇があったら手を動かしてください」とは言えないので、私もあいまいに笑みを返すのだった。


「相変わらず上質な紙ね。なんて書きやすいのかしら」


 インク壺から羽ペンを取り出し、すかし入りの綿紙コットンペーパーに今日の日付を記す。綿紙コットンペーパーはぼろ布から作られるのだが、教会で使っていたものは低品質で、時々ペン先が繊維に引っかかったものだ。


 本日の調査について書き終わると、私の思考は自然に、今後の聖女教会本部運営について巡り始めた。


「まず神官長派は一掃しないとダメね。それから神官長が資金を横流しできてしまう仕組みそのものが問題だわ」


 二枚目の紙に思いつく改善点を箇条書きする。


 思い出してみれば、聖女教会本部は全体的に管理がゆるかったのかも知れない。


「私が入りびたっていた古文書館も、書庫にしまってある貴重な古代魔術書が読み放題なんて、おかしかったのかも」


 古文書館担当の神官は、いつも午後の早い時間に帰ってしまう。


 ――ミラちゃん、最後戸締りよろしくね。


 私にカギを投げてよこしてくる笑顔を思い出し、なつかしくなる。


「いい加減な体制のおかげで、私は現代じゃ忘れ去られた術式も学べて、恵まれていたけれど」


 私から見えていた範囲で、思いつく限りの問題点を列挙してゆく。


「それから聖女の指名と雇用について。現状のシステムだと神官長の一存で決められていたのよね」


 王国側は、五人の聖女が教会本部で働いていると信じていたのだ。


「ノーチェックってどういう体制よ? あの神官長、どれだけ信頼されてたわけ?」


 そういえば高位貴族と頻繁に会食していたっけ? 賄賂と縁故にまみれた現状が容易に想像できて、うんざりする。


「問題提起として、聖女の選定方法についても加えておきましょう」


 そして最後は――


「王都を守る魔力結界の管理について、だわ」


 今回は、魔力量の多い貴族たちと魔法騎士団の魔術師たちが結界を補強したと、アルド様の侍従さんが話していた。


「魔法騎士団の管理下に置くのが最適じゃないかしら? 聖女教会に職務と権力を集中させすぎた結果が、神官長の使い込みじゃない?」


 問題提起の欄に書き添えておく。


 ひと通り報告書を書き終わって読み直していると、廊下を歩くせわしない足音が近づいてきた。


「ミラ、大事ないか!?」


 執務室の扉が開いて、心配顔で飛び込んできたのはアルド様だった。




─ * ─




次話『ミランダの本名が判明しました』

本当の両親がつけてくれた名前ってことですね!



(長編ファンタジー『精霊王の末裔』もよろしくお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100

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