11、本当の両親と再会

「わが娘ミロスラーヴァよ! よくぞ帰って参った!」


 隣国ナティアン王国にて、私は血のつながった両親であるナティアン国王夫妻から歓待を受けていた。


 ナティアン国王は立派なひげをたくわえた恰幅の良い方。王妃様は私と同じ水色の髪を持つ、涼やかな目元の美しい方だった。


「ミロスラーヴァ、あなたが元気に育っていたとは、本当に嬉しく思います」


 王妃様は絹のハンカチでそっと目元をぬぐった。


 生きているだけで嬉し泣きしてくださるとは、やはりこのお二人は私の両親なのですね……。


 ハウスメイドが、金彩きんだみの映える美しいカップに淹れた紅茶を運んでくる。お菓子も並べて下さったけれど、手をつけたらいい加減なマナーがバレそうなので、お茶だけいただく。短い時間で貴族のマナーを詰め込んだのだが、会話をしながらこなせる自信がない。


 感動の再会と王族らしい挨拶が終わったところで、ナティアン国王陛下が切り出した。


「それでミロスラーヴァよ、わが国にはいつから住むかのう?」


 やはり私はこの王宮で暮らさねばならないのか。生まれ育ったコルトー王国で、宰相アルド様と働く日々が奪われると思うと、胸の奥がちくりと痛む。


 だがここナティアン王宮が私の生きる場所だと定められたなら、新しい使命を全力でやり遂げるのみ。


「すぐにとは言わないわ。何かと準備もあるでしょう」


 王妃様が気遣って下さる。おっしゃる通り、新しい立場で活躍するために学ぶこともたくさんあるだろう。


「あの、伺いたいのですが――」


 私は恐る恐る尋ねた。


「なんでも聞いてくれ」


 国王陛下は努めて笑顔を向けてくれているようだ。


「こちらの王宮におけるわたくしの役割とは、どのようなものでしょうか?」


 何をするのか分からなければ準備もできない。


「役割と言うと?」


 仕事内容とか――と言いそうになって、私は口をつぐんだ。王女に仕事なんてないのかしら? でもわが国――コルトー王国の王子殿下たちは周辺国を訪問したり、外国の来賓を晩餐に招待したりと、外交という職務にいているように見える。


「王女という立場に期待される働きと申しますか……」


 あいまいに言葉をにごす私に、国王様は腕組みして、


「一般的に王女に求められるのは、結びつきを強めたい貴族家に嫁ぐことだが、そなたはまだ婚約者も決まっておらぬであろう」


「はい」


 首肯したものの、私の心臓は不安で早くなっていた。考えてみたら貴族女性って政略結婚の駒であって、仕事なんてしないのかしら――


「まあ嫁いだ先で邸内の使用人を管理することになるかも知れぬし、嫁ぎ先によって求められる働きは異なるであろう」


「と言いますと、使用人の方々へ報酬を支払うために、給与計算マクロを組んだりするのですね! 勤務実態を把握するためには、まず勤怠管理ですわね! それから働きやすい職場環境を実現するために福利厚生の充実と――」


 そこまでノンストップでしゃべりまくって私は、はっとした。国王夫妻の目が点になっている。いけないいけない、どんなシステムを作るか考えたらテンションが上がってしまったわ。


 王妃様が私を落ち着けるようにほほ笑んで、


「ミロスラーヴァ、突然環境が変化するのは不安でしょう。心配なことがあるなら何でも質問なさい」


 優しくうながして下さったので、私は胸の内を素直に打ち明けた。


「率直に申し上げて、どなたに嫁ぐのか不安です」


 答えは国王様から返ってきた。


「まだ何も決まっておらぬことを不安に思う必要はない。まず、わが国の王女としての再教育を、早急に開始することじゃの」


 早急に―― その言葉を口の中で繰り返して、私は気が付いた。十七歳の貴族女性に婚約者がいないのはおかしいのだと。急ピッチで王女としての学びを進め、お見合いをしなければいけないのかしら?


 自分の未来を何とか前向きにとらえようと苦心していると、


「ミロスラーヴァ王女殿下の今後についてですが――」


 傍らに控えていた宰相様――アルド・ハインミュラー侯爵が、うやうやしく進み出た。


「わが国と貴国の懸け橋になっていただくのは、いかがでしょう?」


「懸け橋だと?」


 国王がアルド様に向きなおる。


「貴国の王子たちは全員婚姻済み、もしくは婚約済みではなかったか?」


「さようでございます。ですが婚姻以外にも、外交官として活躍するなど懸け橋となる方法はございます」


「外交官だと!?」


 驚愕の声を上げたナティアン国王を気に留める様子もなく、アルド様は淡々と申し上げた。


「ミロスラーヴァ王女は大変優秀な方で、現在すでにわが王宮において、なくてはならない存在です」


 その言葉に嬉しくなって、私はつい口を出した。


「はい、わたくしは宰相様の専属――」


 ――秘書として、と言おうとしたところで、アルド様にさえぎられてしまった。


「私の専属相談役として、いつも助けていただいております」


 あら。王女が秘書っていうのは、まずかったかしら。


「専属相談役とは具体的に、どのようなことをしておるのだ?」


 国王の質問に今度こそ言いよどむのではないかと危惧したが、アルド様は飄々ひょうひょうとした調子で牽制した。


「彼女はわが国の重要事項を扱っておりますゆえ、具体的に説明差し上げるのは少々問題がございます」


「ほほーう」


 国王が楽しそうに口もとを歪める。 


「貴国のことを知りすぎていると申すか」


「恐れながら」


 アルド様はかしこまった様子で頭を低くした。


「ミロスラーヴァは貴国で、聖女として教会に奉仕していたと聞いておるが?」


「はい。彼女は聖女として毎日大勢の人民を治癒し、王都の外からも病人が訪れるほどでした。さらに王都の結界も補強するなど目を見張るほどの働きぶりでしたので、王宮でヘッドハンティングしてしまったのです!」


 アルド様がぺらぺらとまくし立てた。実際は教会をクビになったんだけどね。


「ヘッドハン……なんじゃと?」


 話についていけない国王様の横で、王妃様がほほ笑んだ。


「嫁ぎ先はこれからゆっくりと考えていきましょう。今はまだ心配しなくて大丈夫よ」




 ─ * ─




次回『突然の結婚申し込み』

えぇっ!? 誰が誰に結婚を申し込むの!?

いやいや普通に考えたら申し込まれるのはミランダのはずだけど!?

乞うご期待!

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