スキル『マクロ』で術式自動化して定時上がりしていた聖女ですが、サボりと誤解されて解雇されました。後任の方は倒れたそうですが、若き宰相様に愛されて、秘書として好待遇で働いているので戻りません
05、秀才と噂の宰相様は新人派遣職員がお気に入り
05、秀才と噂の宰相様は新人派遣職員がお気に入り
「隣国王家ですって!?」
私はオウム返しに尋ねた。ほとんど王都から出たことのない私にとって、隣国なんて想像できない。
「君は十七年前に隣国で起こった、王女身代金誘拐事件を知っているか?」
私は黙ったまま首を振った。十七年前といったら、ちょうど私が生まれた頃だ。鼓動が早くなる。
「僕も小さかったから、あとから現代史として学んだのだが――」
宮殿の裏庭で侍女たちが、まだ赤ん坊だった王女様を日光浴させていたところ、裏門から侵入した犯行グループの襲撃を受け、王女が誘拐された事件だという。裏門を守っていた衛兵は殺害されており、侍女たちも次々に斬られたそうだ。
結局、わが王国の強硬派から資金援助を受けた隣国一派が起こした事件として、実行犯は全員処刑された。
「だけど肝心な王女様は見つからなかったんだ」
それが私だというのかしら?
「でも隣国の王都からわが国の王都って、ものすごく離れていません?」
私には歩いて何日かかるのか見当がつかない。
「馬車に乗って十日程度かな。だけど当時の実行犯は、大半がわが王国に逃げこんでいた。戦争に発展しかねないというんで、徹底的に探して捕まえて隣国に送還したらしいけど」
わが王国にいる犯行グループの協力者が、実行犯をかくまう手筈だったのだろう。
「この件も調べさせておこう」
「本当ですか!? ありがとうございます。私の個人的なことなのに」
「いや全く個人的ではないよ。わが国と隣国の国際問題だから」
言われてみればそうだけど、黙っておけばそれで済むような気もするのに。
「ふふふ、まあ君にわが国と隣国の懸け橋になってもらいたいと、期待していないわけでもないんだよ」
宰相様はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
隣国との懸け橋って外交官のような仕事かしら? まだ見ぬ活躍の場が未来に用意された気がして、私の胸は期待に高鳴った。
いいえ、でもその前に訊かなければいけないことがあるわ。今の私は明日の職場さえ分からない立場なのだから。
「あの、宰相様」
私は遠慮がちに口を開いた。
「与えていただいた仕事をすべて終えてしまいましたので、私は明日ギルドに戻るべきでしょうか?」
「まさか!」
宰相様は驚いて首を振った。
「魔物討伐に取られてしまった法衣貴族たちが戻ってくるまで、君には王宮で働いてもらう契約をギルドと交わしたんだ」
「ええ、存じ上げております!」
私が威勢よく答えたのが可笑しかったのか、宰相様はふとやわらかくほほ笑んだ。
「よかった。明日からは通常業務を手伝ってもらいたい」
「かしこまりました。今日もまだ少し時間が残っていますから――」
「いや、初日で疲れたろう。今日はもう帰って休みなさい」
まあ、なんてホワイトな職場!
「ミランダさん、家は王城から近いのかい?」
「実はわたくし、まだ家探し中でして冒険者ギルド近くに宿を取っているのです」
「そうか」
宰相様はすぐに合点が行ったようだ。
「聖女さんたちは教会に住み込みだから」
そう、私は仕事と家をいっぺんに失ったのだ。
「では宮殿の空いている部屋を使うとよい。手配させよう」
へ? 私は間の抜けた声が出そうになるのを、なんとかこらえた。
「そこまでして頂くわけには――」
「なあに、僕の客人ということにしておくさ。宮殿には来客用の寝室がたくさん余っているんだから」
結局、宰相様のお言葉に甘えて私は宿から荷物を引き上げ、宮殿の部屋に移った。城下の飯屋で夕飯を済ませてきた私は、今までの人生では見たこともないほど上質なベッドに腰かけて、窓から宮殿の中庭を見下ろしていた。
「アルド様―― お優しい方」
身分の高い方は皆あのように親切なのだろうか?
「そんなわけ、ないわよねぇ」
彼の整った横顔を思い出しながら、私は眠りについた。
明日も楽しく働くために、英気を養うのは欠かせないんだから!
「君が魔法学園に通っていたら、確実に首席で卒業しただろうね」
翌日、午前中の日差しが差し込む王宮の一室で、宰相アルド様は私の仕事ぶりに感心して嬉しい評価を下さった。
「ありがとうございます。でもちょっと楽できるように工夫しただけですよ?」
これは本当。
各領地から上がってくる報告書や陳情書について、処理が終わったものからファイリングしていくのだが、その並び順が領地の場所順になっていた。つまり北から順に並んでいるのだが、知識のない私は地図を見ながらでないとフォルダを見つけられなかったのだ。
「
地図と突き合わせている私の背中に、
「僕も不便だなと思っているんだが、担当者が言うには、
宰相様がちょっと疲れた声で答える。
「魔法でなんとかなりませんか?」
振り返った私に、
「僕の専門は四大精霊から力を借りた術なのだが、いまいちうまく行かなくてね」
「探索魔法で
「ぜひ試してみてくれたまえ」
宰相様のお墨付きをもらった一時間後、私は探索魔法でフォルダに記された一文字目を抽出し、棚のフォルダを
「素晴らしい!」
感動される宰相様に、
「ありがとうございます。私が授かったスキル【マクロ】のおかげです」
「いや、スキルを活かすために学び続けた君の努力の結晶だよ。それにアイディアや術式の組み立ては、君の頭脳によるものだ」
べた褒めして下さる。私をサボり認定していた元上司の神官長とは大違いだ。
「少し早いけれど、お昼を食べに行かないかい?」
「宰相様とご一緒してよろしいのでしょうか?」
驚いて尋ねた私に、
「嫌だったかな」
宰相様は目をそらして悲しげな笑みを浮かべた。
「ご一緒させていただきます!」
捨てられた子犬みたいな横顔につい、私は即答してしまった。
「嬉しいよ。ぜひ君を連れて行きたい店があるんだ」
宰相様はきらきらと笑った。
思わず勢いで行くと答えてしまったけれど、ものすごく敷居の高い店なのでは!?
王城にほど近いその店は、細い路地に面した小さなレストランだった。だが女主人がみずから案内してくれた先には、間口の狭さからは想像できない庭園が広がっていた。
女主人は陽射しに目を細めながら、
「ハインミュラー侯爵様、今日はうららかな
予約!? 思いつきで誘って下さったような口ぶりだったけど、実は用意周到!?
「ミランダさん、飲み物は
「あの、宰相様。午後のお仕事が――」
「いや、無理に呑ませるつもりはないんだ。でも君の働きが素晴らしすぎて、今日の仕事はほとんど残ってないんだけど?」
そうでしたか。激務だった教会との違いがすごい!
「それからミランダさん、もし嫌じゃなかったら僕のことは名前で呼んでほしいな」
無邪気な子供のようにほほ笑む宰相様。
「では、アルド様――?」
そしてうっかり乗せられる私。
「嬉しいよ!」
ああ、綺麗なお顔に笑顔がまぶしいです……!
「前菜はシンプルにムール貝のワイン蒸しがお勧めなんだけど、どうかな?」
「はい、それでお願いします」
そうして私の楽しい王宮派遣の日々は過ぎて行き、瞬く間にギルドで書面にサインした最終日がやって来た。
しとしとと雨の降る中庭を沈んだ気持ちで眺めながら、なぜこうも寂しい気持ちになるのかと己をいぶかしむ。
執務室の扉が開いて、大臣たちとの会議を終えたアルド様が入ってきた。
「お疲れ、ミラ。調子はどうだい?」
たった数日でずいぶん距離感の縮まった宰相様が、うるわしい笑顔でお尋ねになる。
「大変お世話になりました。今日で最終日です」
私は心のざわめきを振り切るように申し上げた。
「あ、そのことだけど――」
宰相様は珍しく、一瞬言いよどんだ。やや落ち着かない様子で目をそらし、
「僕の専属秘書として王宮で働き続ける気はないかな?」
─ * ─
思いがけない申し出。ミラの答えは?
次回『元聖女ミランダ、聖女教会に乗り込みます!』
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