06、元聖女ミランダ、聖女教会に乗り込みます!

「僕の専属秘書として王宮で働き続ける気はないかな?」


 突然の嬉しい申し出に、私は目を見開いた。


「もちろん報酬ははずむよ! なんせ君は一人で十人分の仕事をこなすんだから、五人分払ったって惜しくない!」


 宰相アルド様はいつになく早口でまくし立てる。普段は落ち着いていらっしゃるのに、どうされたのかしらと内心首をかしげつつ、私はうなずいた。


「派遣元であるギルドが了承すれば、わたくしは喜んで――」


「了承はもう取ってある!」


 仕事が早いですこと。冒険者ギルドが宰相様に断れるわけもなく、二つ返事だったのだろうけれど。 


「それでしたら喜んでお引き受けいたしますわ」


「そうか、良かった!」


 安堵したようにほほ笑んだ彼のうしろから、


「アルド様、叙爵の件について、ミランダ嬢にお伝えしなくてよろしいのですか?」


 侍従が声をかけた。


「今する」


 不機嫌そうな宰相様が可愛らしい。侍従さんとは少年時代からの付き合いなのかもしれない。


「ミランダ嬢、国王陛下はあなたの働きと功績に応じて、一代貴族の称号を授与することを決定された」


「貴族、ですか!?」


 思わず訊き返す私。宰相様の秘書を務めるのに平民のままではまずいのかしら?


 侍従さんがニヤニヤしながら、


「アルド様が陛下の前で、ミランダ嬢の素晴らしさを熱弁したんですよ。あのプレゼンは見ものだったなぁ」


「おい」


 アルド様は不機嫌な顔で侍従さんをにらんでから私に向きなおり、


「正式な公示はもう少しあとになるが、とにかくあなたは女男爵に叙されることになります」


「はい」


 私は背筋を伸ばした。


「この叙爵は――」


 アルド様は言いにくいことでも打ち明けるかのように、目をそらした。


「神官長の身辺調査に立ち会っていただくための措置だ」


「ついに聖女教会本部に捜査のメスが入るんですね!」


 王宮から受け取った資金の用途を調査する役目は、内情をよく知る私こそ適任なのだろう。


「さすがミラ、理解が早いね」


 アルド様は安堵したように笑ってから、


「今朝、魔物討伐にかり出されていた法衣貴族たちが、王宮に戻ってきた」


「魔物が全て倒されたということでしょうか?」


 結界の外を知らない私が尋ねると、侍従さんが説明してくれた。


「魔力量の多い貴族たちが、魔法騎士団の魔術師たちと共に結界を補強して、魔物の脅威が去ったのです」


 それを聞いて、私は胸をなで下ろす。


「それで明日から法衣貴族数人の立ち会いのもと、教会拠出金の行方を調べてほしいんだ。もちろん騎士団を護衛につける」


「かしこまりました」


 うやうやしく答えてから、私は疑問を口にした。


「さきほど神官長の身辺調査とおっしゃいましたが――」


 聖女教会本部の調査とは言わなかったのだ、アルド様は。


「教会本部の事務作業を一手に担っていた私が知らないお金の流れは、神官長が着服もしくは横流ししていると考えられるのでしょうか?」


「その通り。さすがに鋭いね」


 アルド様の目が楽しそうに光った。


「ミラ、君に僕の代理としての権限を与える。思う存分、徹底的に調べ上げたまえ」




 翌日、私は法衣貴族である大蔵卿おおくらきょうと騎士団に囲まれて、聖女教会本部へ乗り込んだ。教会を追い出されてまだ一ヶ月も経っていないのに、すでになつかしい。


 騎士たちのうち数人は、ここ三年分の教会拠出金ファイルと、教会本部から王宮に提出された明細をたずさえている。


「帳簿を見せていただけますかな?」


 ずいっと一歩踏み出した大蔵卿に、神官長はたじたじとなりながら、


「こちらで御座います」


 と書類の束を差し出した。ふんぞり返って私を叱りつけていた時とは別人のように小さくなっている。


「調べさせていただきます」


 受け取った私は、王国へ提出されている用途の一覧と、教会側の帳簿をスキル【マクロ】で突き合わせてゆく。


 部屋を出てゆくときに神官長が、


「三年分を調べるとは、幾日かかるやら。ふぉっふぉっふぉ」


 小声で嘲笑するのが聞こえた。


 幾日どころか一瞬で、予想通りの結果が出た。


「一月あたり約五十万ギリー、三年間合計しますと約二千万ギリーの用途不明金がございます」


「やはりな」


 騎士団長がギリリと歯噛みし、若い騎士がさっそく神官長を呼びに行った。


 私たちの待つ部屋に連行されて来た神官長は、思いがけぬ展開に目を白黒させている。


 大蔵卿は、私が綿紙コットンペーパーにメモした数字を指先でトントンとたたきながら、


「これほど多額の資金がなぜ消えている?」


 と詰問した。彼のうしろからは、身体の大きな騎士団長がにらみを利かせる。


 縮みあがった神官長は、


「ぞぞぞ存じ上げませぬ……!」


 かすれた声で答えた。


「一体何に使ったんだ!?」


 騎士団長が語気を強めた。


 確かに妙だ。よく酒を飲み、いかがわしい場所へ行っては散財していたふうはあったが、桁外れの贅沢をしている様子はなかった。


 だんまりを決め込む神官長にいら立った様子で、騎士団長は吐き捨てるように言った。


「拷問して吐かせるか」


「お待ちください」


 止めたのは私。まだ調べたいところがある。個人的な用途に使っていたのなら――


「神官長の私邸を調べませんか?」


「だ、だめじゃ! いかん!」


 神官長は見事に取り乱した。そこにいる誰もが、怪しいと確信するほどに。


「お前の家へ案内しろ」


 有無を言わせぬ騎士団長に、神官長は落ち着きなく視線をさまよわせ、


「元聖女の言葉に惑わされてはなりません! その女は教会前に捨てられていた、ただの孤児ですぞ!」


「言葉を慎め、神官長!」


 騎士団長は一喝した。


「ミランダ女男爵殿は教会本部の調査に関して、宰相様の権限を委譲されておる!」




─ * ─




次回『神官長の私邸に乗り込みます!』

ミランダが神官長の私邸で見つけたものは?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る