04、有能ギルド職員ミランダ、王宮に再就職する

 ギルド就職五日目、私が事務所で十ヶ月前からファイリングされていない書類を整理していると、急に一階が騒がしくなった。


 興味はあるが、野次馬するほど暇ではない。


「よし、ようやく該当文書が見つかったわ。あとはこれを提出書類に転記すればオッケーね。――スキル【マクロ】保存番号0121『王宮提出用文書作成』発動」


 墨壺から羽ペンが浮かび上がり、すらすらと自動書記を始める。


【全書類の作成が完了しました】

【マクロ0121術式『王宮提出用文書作成』を終了します】 


 最後の文字列が消えたとき、部屋の扉がひらいた。


「ミランダさん、今ちょっといいか?」


「ギルドマスター、頼まれていた文書作成、終わりましたよ。最終チェックしたらお渡しできます」


 私が机から立ち上がると、


「相変わらず仕事が早いなあ。そんな君を手放すのは不本意なんだが――」


「手放す?」


 せっかくギルドの受付嬢たちとも仲良くなって、お昼をご一緒する仲になったのに――。不安に顔をくもらせる私にギルマスは、


「君を宰相様のところへ派遣したいのだが、引き受けてもらえるだろうか?」


「――もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」


「もちろんだよ」


 彼の説明によると、冒険者ギルドに宰相様の侍従が自らいらっしゃって、王宮内の法衣貴族を助けられる人員を派遣して欲しいと依頼があったそうだ。


「魔物が王都に攻めてきたから、魔法の使える者たちが魔物討伐の応援に駆り出されて、宮殿の仕事がとどこおっているそうなんだ」


 その話を聞いた私は、しっかりとうなずいた。


「お役に立てるなら私、どこへでも伺います!」




 その日の午後、私は王宮にいた。


「終わったー!」


 頼まれた仕事は早々に終わり、布張りの壁が美しい部屋で思いっきり伸びをしているところ。


 ギルマスは仕事が滞っているなんて言っていたが、たかが三日分である。十ヶ月前からファイリングせず、戸棚の片隅に積み上げておくギルドとは大違い。


 まあ聖女教会では、私が先輩聖女から仕事を引き継いだとき、三年分の書類が放置されていたのだが。


 扉がノックされ、私は慌てて居ずまいを正した。


「調子はどうだい?」


 にこやかな微笑を浮かべて部屋に入ってきたのは、ブロンドがまぶしい若い貴族。城下では見かけない白皙の肌に、教会の壁画に描かれた天使がそのまま大人になったかのような、澄んだ青い目をしていらっしゃる。


「おかげさまで、いま終わりましたところに御座います」


 我ながら怪しい敬語を使ってしまう。だって相手の服装を見れば、私に仕事を説明してくれた侍従さんより身分が高いことは明らか。窓から差し込む陽射しに、ジュストコールの金糸がキラキラしているわ。


「本当に仕事が早いんだね。ギルドマスターも君を褒めていたそうだけど」


「いえいえ、前任の方がきちんとまとめて下さっていたおかげですわ」


「ハハハ。君の能力のおかげだろう。僕の侍従から聞いたけれど、ギルドの前は聖女教会で働いていたんだって?」


 はい、とうなずいてから私は固まった。今この美形、「僕の侍従から聞いた」って言ったわよね? 私が派遣前にギルドで面談してもらった侍従さんは、宰相様の侍従だとおっしゃっていたはず――


「あの、失礼ですが、宰相様でしょうか?」


「ああ、そうだよ。申し訳ない、名乗っていなかったね。アルド・ハインミュラーだ」


 指の長い右手が差し出されて、私は取り乱した。


「とっ、とんでもございません!! ミランダですっ」


 どさくさに紛れて、すべすべとした手と握手してしまった。ハインミュラー家といったら侯爵家ではないか。


 そういえば五年くらい前、まだ私が孤児院で幼い子たちの世話をしていたころ、若きハインミュラー侯爵がその頭脳をかわれて宰相になったと大人たちが騒いでいたっけ。貴族たちが通う魔法学園に飛び級で入学し、わずか十三歳で魔術論文を書いて卒業した天才と聞いていたが、こんな綺麗な顔立ちの人だったとはなあ。眼鏡をかけた本の虫みたいのを想像していたわ。


「まさか教会が、ミランダさんのような優秀な人を雇っていたとは驚きです」


 侯爵様ともあろう方に、親しげにほほ笑みかけられて、私は心臓が口から飛び出しそうになる。


「あの、教会は資金不足で聖女をたくさん雇えませんから、私一人でなんとか回していたのです。優秀だなんてことは――」


「聖女は五人いるのでは?」


 私の言葉が終わらぬうちに、宰相様がたたみかけた。さっきまでおっとりとしていらっしゃったのに、どうされたのだろう。


「えーっと三年前は五人おりましたが、激務ゆえ皆さん辞めていき、私一人になってしまいました」


「五人だと聞いているが――」


 宰相様の目線は、戸棚に並んだファイルの背表紙を順にたどっている。彼が何を探しているのか察した私は、教会の古文書館で学んだ探索魔法を使った。


「我が前へ来たれ、経理書類。教会拠出金を示したまえ」


 戸棚から一冊のファイルが浮かび上がる。


「君は本当に魔法が得意なんだね」


 宰相様はファイルを手に取ると、私の前に書類を広げてくれた。


「ほらここ。聖女五人分の給料を国から払っているんだから」


「聖女雇入れ費用として月百万ギリー!?」


 神官報酬に並んで記されていた文字に、私は大声を出してしまった。ご丁寧に、摘要欄には「五名分」と追記されている。


 国庫から聖女教会本部に流れる毎月の資金合計は、ゼロが多くてすぐには読めない額だ。一体何にそんな必要なのか名目を見ると、まあこまごまと、聖具代だの花代だの逐一国に請求している模様。


「宰相様、私は教会の事務仕事もしておりましたが、なぜか経理帳票だけは見せてもらえませんでした」


 それから、どれほど資金不足だったかを説明し、


「もしかしたら教会のお金の流れを調べたほうが、よいのかも知れません」


 と、おそれながら進言した。


「そのようだな」


 宰相様は低い声でつぶやいてから、またふと優しい笑顔に戻った。


「聖女が君一人しかいなかったなら、結界に毎日魔力をこめていたのも――?」


「はい、私です」


「毎日おおぜいの民を治療して、その後結界を補強して、魔力が足りないなんてことは――」


「ありませんでしたね」


 私は生まれつき魔力量が多いようだ。いくら使っても疲れない。これだけは恵まれていたと言える。


「ミランダさん、さきほど君はファミリーネームを言わなかったが、訊いてもよいだろうか?」


 確かに私は自己紹介のとき、名前だけを告げた。


「宰相様、私は捨て子でして、親が誰だか分からないのです」


「それは申し訳ないことを訊いてしまった!」


 宰相様は自分のことのように悲しそうな顔をした。


「何か両親につながるものは残っていないのか?」


「これくらいしか」


 私はスカーフからブローチをはずして、手渡した。


「失礼するよ」


 宰相様はくすんだ古いブローチを指先でなで、


「これは二十年くらい前に流行った簡単な魔道具の一種だね」


「魔道具!?」


 魔術の勉強が趣味なのに、今まで知らなかったわ!


「うん。上流階級のあいだで人気があった、おもちゃみたいなものさ」


「どんな効果があるんですか!?」


 思わず身を乗り出す。


「効果なんてものじゃない。中に絵や字を描いて封印をほどこし、特定の相手だけに開封の呪文を教えておくんだ。恋人同士が秘密を共有して楽しんだらしいね」


 封印か。私が気付かないほど軽微な魔力で封印をほどこしてあるのだろう。それなら封印を破るのも簡単なはず。


「解呪」


 私は迷わず、宰相様が手のひらに乗せたままのペンダントに命じた。


 その途端、くすんだ真鍮製に見えた表面が、オパールのようにゆらめく光を放ちだした。私と宰相様がのぞきこむ目の前で、それは貝殻のようにぱかっとひらいた。


「こ、これは――」


 宰相様が息をのむ。


「私の両親かしら?」


 内側に描かれていたのは、若い男女の肖像画だった。


「そうかもしれない。それよりこの紋章――」


 宰相様が指差したのは蓋の裏側。


「――隣国王家のものだ」




─ * ─




ついに次回、ミランダの出自が明らかに!?


(長編ファンタジー『精霊王の末裔』も書いています。よろしく!

https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100

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