第10話 デスパンチ
スクリーンの映像がループし始まりの自社商品の宣伝CMに戻った所で私は言った。
「ああ……」
控え室にやってきてもアカイはずっと猫背で元気がないように見えた、気分は憂鬱であっても戦わねばならない。デスゲームにサボリや出場拒否権は認められていない。
「アカイさん、頑張ってください。私は見ているだけですが応援はしています。相手に遠慮はいりませんよ。地上でも建物ごと何人も燃やしてる正真正銘のクズですからね」
私なりのアドバイスを送ったがアカイはデスレッドスーツに着替え、ヘルメットを持ってベンチに座ったままブツブツと独り言を喋っている、しかしその言葉を聞き取れない。
「アカイさん?」
「声が聞こえる」
「えっ?」
「このヘルメットから声がするぞ」
そばに行ってみても私にはなにも聞こえないし、集音マイクも音を拾っていないので極限状態による幻聴という奴だろう。もしくは……。
「ミミミィ、あれって洗脳機能でもついてるんですか」
「いえ、あれは本当にただ硬いだけのヘルメットデスよ」
「じゃあ、あの状態は……」
「びょーきデスかね」
「そうかも」
アカイの口だけがパクパクと閉じ開きを繰り返していたが、なんの音も発してはいない。彼はそのまま赤い角付きドクロのヘルメットを頭上にもっていき、それを被るとおもむろに立ち上がった。
「オレは地獄のヒーロー、デスレッド。悪は滅ぼす!!」
右手を頭上に掲げヒーローっぽいポーズを決めたアカイのマスク越しのくぐもった声が室内に響いた。
「悪党はどこだ! ここには悪の臭いしかないぞ! あちこちから悪の臭いがする! 今すぐ見つけ出して全て倒さなくては……!」
「おぉー! やるきまんまんデスね!」
「その意気ですよ」
「では出発デス!」
「ミミミィ、あの会場は危険だ! お前はホウジョウさんと一緒に待機していろ!」
「えっ、でもわたしはあなたの近くで監視をしなくてはいけませんデスし……」
「お前が心配なんだ、大切な相棒だからな!」
「ド、ドキーン、デス! わかりました、まってるデス!」
「えぇ、アラマキ博士の命令に従わないんですか」
「わたしあんな熱に耐えられないませんデス、無理難題は拒否しますデス。ジジイの命令なんてどーでもいいデス」
「まぁ熱気でなにも映らないか」
「アカイソラ、あいつの正面に立つのはめちゃキケンデスからね! 素早く回り込むんデスよ」
「分かった!」
なんであれアカイが戦う気になってくれたのは良い事だ。消極的だった先程とは違い背筋もしっかり伸びている。
「会場はこっちですよ」
私は入口の扉を開き手をまねいて道案内を始めた、この黒いレンズでちゃんと前が見えているのか不安だ。
「よし、行くぞ! 悪党は許しておけん!」
視界は問題ないようで普通についてきていて、辿り着いた会場は既に満員だった、それどころか通路で立ち見をする客まで居る。移動販売のデスチェロスの売り上げも好調の様だ。
「みなさまお待たせ致しましたデス! これよりシルバーマン対デスレッドの試合が始まりますデス!」
司会機の三三三のアナウンスが響くと、会場からの怒号の様な声援が響いた、観客達のテンションも異様に高い。ヒーローの登場などデスゲーム史上初めてのことだ。
「ぎゃはははは! 燃えろ燃えろっ! 全部灰になっちまえよお!」
先にリングの上に立っていたシルバーマンは観客席に向け火炎放射を放つパフォーマンスをしていたが近づくアカイに気が付き、アカイに火炎放射機を向け直す。ドクロマスクを被ったアカイはそんなシルバーマンの威嚇に臆する事もなく堂々とした佇まいで鉄のリングの前まで進んでいった。
「来やがったなルーキー! 知ってるかぁ? ニンゲンってのはなぁ、黒焦げになってもしばらく息があるんだぜぇ」
「それがどうした」
「地下生活も楽しいけどよお、地上はもっと良かった、地上の奴らはよお天然もんだからなぁ、あいつらの悲鳴はサイコーだったぜ。オトナもガキもスプレーとライターで燃やしまくった、楽しかったぜえ、家に火つけっとよぉ……。出てくんだよ火ぃ着いた家族が一塊になってよぉ、笑っちまうよな必死にゴロゴロ地面に転がって火消そうとしてさぁ、真っ黒こげになって言うんだぜ、助けてくれってな! バカがよ、おれはそいつらをしばらく笑顔で眺めてからとどめのひと噴射だ! ボオオオォオオ! それでゲームオーバー! おい、これからおめーも炭になるまで燃やし尽くして無限コンテニューできんのか実験してやるよ!」
「ゲスめ、覚悟しろ」
デスレッドが走り、跳躍した。リングの高さは七メートルほどあったがそれを当然のように乗り越える。
「おらっ死ね!
火炎放射器がアカイに向けられ灼熱の炎の嵐をまき散らした。アカイはそれを避けようともせずに前進していた。赤と赤が混じりあう、全身に火が燃え移り赤く燃えている、それでも歩みを止める事はなかった。ヒーロースーツに耐熱性はないらしく早くも全焼に近い、まともに残っているのはヘルメットとグローブとブーツだけだった。燃え盛るアカイの皮膚は一瞬で焼け落ち、肉も溶け落ち、あばら骨が剥き出しになっている。
「デスパンチ」
アカイが左手の親指で右拳の付け根辺りを押した。するとデスレッドの右グローブの周囲が光を放ち、血液と爆音をまき散らしながらスペースシャトルのロケットブースターのようにして拳を手首から切り離して凄まじい勢いでシルバーマンの持つ火炎放射器に激突した。
「げっ」
シルバーマンが驚愕の悲鳴をあげた、今の衝撃で火炎放射器は砲身が完全にひしゃげて破損し、リングの上に崩れ落ちる。そしてそれを支えていた両手にまで衝撃は達したらしく両方の手首が折れ曲がっていた。燃え盛るアカイの切り離された右手が地面で転がりながら熱されて焼け焦げ、黒煙を上げつつ元の位置へと戻っていく。アカイは呆然とし両膝をつくシルバーマンの眼前に立ち右腕を掲げていた。ぐねぐねと奇妙な軌道を描きながら右手が元あるべき場所へと戻った。頭上まで掲げた右手が垂直に振り下ろされるとシルバーマンの身体が真っ二つに割れた。
へなへなと銀色の抜け殻が二つに分かれ転がる。切断されたのは耐火スーツだけだった。アカイは残ったスーツの中のニンゲンの首を両手で掴み持ち上げた。
「人を燃やすのが好きなんだろ、ならば自分の肉でも焼いておけ」
シルバーマンの声にならない悲鳴が響く、業火に包まれ燃え盛るアカイの身体からシルバーマンの身体へと炎は伝播していった、正義のヒーローの両腕から逃れようとしばらくもがいていたが、徐々にその動きも鈍くなり重力に沿って腕は下を向いた。
アカイは死体をリングの上に残し、燃えながら再び跳躍し、こちらへと戻ってくる。
デスゲームに参加させる為に拉致して来た奴が不死身のヒーローだった件 南米産 @nanbei-san333
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