第9話 ハイパー・ウェルダン
アラマキ博士はパチンと音をたて指を鳴らした、強制的に言う事を聞かせる合図だ。
「りょーかいデス」
ミミミィは両手で耳の辺りを塞いだ。機械なだけありコマンドを入力する立場にはかなり従順だったがこれが出来ないと三三三達はいうことを聞いてくれない。選ばれし者はみな指を鳴らすことができる。私にはできない。
「よく聞けアカイくん」
「なんだよ」
「特撮物のマスコット枠は、たいして可愛くない!!!」
「まぁそれは……」
「子供が見たいのはリアルなヒーローの活躍であって、マスコットなどは二の次だからだ。ヒーローを際立たせる為にあえてそのようなデザインで存在しているというのがわかるな?」
「ああわかる」
「そうなんすか?」
「わからないです」
「それでもヒーローはマスコットをいじめたりはしない。感情がある機械とは仲良くするんだ、子供が見る番組だと思ってな。もしくは道具と割り切ってもいい、感情があるといっても所詮は機械だからな」
「かなり非情っすね」
「デスゲームの運営側ですからね」
アラマキ博士はまた指を鳴らした、耳から手をどけていいの合図だ。
「もーいーデスか?」
「うむ、アカイくん」
アラマキ博士には片目しかないがその眼光はやけに鋭かった。有無を言わせない説得力的なものがふんわりと感じられる。人間はコマンドを指定しても命令を遂行したりはしないので最終的にはこの手に頼るに限る。
「……悪かった、ミミミィ。その、お前のオモチャみたいな姿は結構好きかもしれん。あぁ見ようによっては可愛らしい」
「ほんとーデスか? 照れるデスね」
「この後君には早速戦いの場に出てきてもらう! それまで英気を養っておくがいい」
忙しそうにアラマキ博士は早足で出て行った。
「またっす~。で、どうするっす? 今から飯食いに行くっすか、自分オススメのカツカレー出す飯屋があるんす、めっちゃ美味いっすよ」
「呑気に食える訳ねーだろそんなもん」
「じゃあまたあとっすね、早めに会場入りしておいた方がいいかもしれないっすよ」
「そうですね、向かいましょう」
「自分はここで観戦させてもらうっす、がんばるっすよ! 不死身の戦いぶり期待してるっす!」
――――――――――――――――
電車を乗り継ぎ会場にやってきた。会場名はハイパー・ウェルダン。円形の観客席の中央に存在していてプロレスのリングのようだが四倍くらいは広く、三本のロープが四隅の柱を囲むようにして括り付けられている、だがそれは鋼鉄製のワイヤーでヒーロースーツとは違い伸縮性はほぼゼロだ。残りのステージの素材は全て鉄で出来ていた。鉄のステージは常に高温で熱されていて、素足で歩けば肉が焦げる。可燃物は人体のみ。ここにはゲーム性などは用意されていない、ただの処刑場だ。
燃え盛る人間を眺めるだけの空間、燃えている物を見ると多くの人は心が落ち着く。私も少し前まではそうだった。
人の肉を焼くシェフはもれなく精神疾患のある放火魔だ。放火は今も昔も変わらず重罪のままだが地上ではこれが流行していた、地下にも地上にも道徳心は残されていない。それを学ぶ機会があるのはアニメや映画や小説といった記録媒体に収められた非現実の世界の話にしか存在しかない。
生きた人を焼くには
それがシルバーマン。放火を行うのは十代の未成年が一番傾向が強い、そしてこの男も私と同い年の頃に放火殺人を繰り返して、ここへと連れて来られた。だが人を殺しても精神疾患で片づけられ無罪になる時代はすでに終わった、その場で処刑されるか人権のないデスゲーム施設で殺されるまで働かなくてはならない。ここでは24時間人を焼いている、動物園のパンダを見る様な感覚で人の行列が出来上がる。需要がある限りこれは続く、ビジネスの基本と言える。
ハイパー・ウェルダンにはミノタウロスホールとは違い脱出路はない。ステージの中央のエレベーターから出てくる裸足の生贄が逃げようとして走り出すが熱されたステージで悲鳴をあげる、そこを瞬時に火炎放射器で焼かれ死に至る。たったのそれだけだが変な駆け引きが無いほうが安心して見れるという一定の評価を博している。その単調な娯楽が今日変わる、ヒーローとの一対一の決戦会場に。
焼殺が行われない今の時間帯には上部の巨大スクリーンで過去の映像が流れ続けていた。リングの中央でアメリカの消防士のヘルメットを被り、銀色の耐火スーツで全身を包んで燃料タンクを背負ったシルバーマンが支離滅裂な発言をしながら火炎放射機を上空に向け放つパフォーマンスを行う様子が映っていた。
「あれと戦うんですが、心の準備はどうですか」
「出来ているわけがない! 大体どうやって戦うんだ、こっちは素手だぞ! 参加者まじで焼かれてるだけじゃねーか」
「貰ったグローブがあるじゃないですか」
「なんか効果あるのかこれ、なんも説明されてないぞ」
「博士が用意したものは全部頼りにしていいんデスよ、サイコーな機能がついてると保証しますデス」
「どう使うんだよ」
「手首の付け根辺りにボタンあるデス、そこを押すとすげー必殺技が出るデスよ」
「本当だろうな……」
「今度は本当デス! デスパンチ! と技名を叫びながら使ってほしいと言っていましたデス」
「いわねーよ」
「でもよかったですね、武器があって」
「不安しかない、みんな燃えてるじゃないか」
「詳しくはありませんが特撮ヒーローというのは燃えたまま戦うものなんですよね? ならアカイさんもどうにかなりますよ」
「そんな訳ないだろ、どっからそんな情報仕入れてきたんだ……」
「ほら、よく背後が大炎上してるじゃないですか」
「あれは怪人を倒したあとの演出であってヒーロー自体が燃えてる訳じゃない、プロの職人が火薬の量と距離を計算して安全性を十分に確保してやってるんだ。もっとも安心できるシーンと言っても過言はない、こんな地獄とは全く違う」
「アカイソラは不死身なんだから燃えてもへーきデスよ」
「ふざけんな! 死ぬほど痛いんだぞ!」
「ヒーローは痛みに耐えれるものだ! と博士が言ってたデス」
「ぐっ、くそ。なんなんだあのジジイは……」
「そろそろ控え室に行きましょうアカイさん」
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