第23話
結翔は自室のベッドの上で目を覚まし、まるで今までの事が夢だったかのように、ごく自然に上半身を起こす。
「あれ……ここは──」
結翔は大輔の部屋ではなく、自分の部屋にいると気付いた様で、自分の手のひらを見つめた。
「バドミントンのマメがない……じゃあ、俺は元の世界に戻ってきたのか?」
結翔は直ぐにベッドから下り、全身を映せる鏡の前へと移動する。自分の顔を触りながら「やっぱり……戻ってきたんだ……」
「え……じゃあ何で俺が存在しているんだ? 俺は確か──」と大輔は呟くと、部屋のドアに向かって歩き出す。
──廊下に出ると一階に下りて、ダイニングへと続くドアを開けた。ガラガラガラ……と開くドアの音に絵美は気付いたのか、結翔の方に視線を向ける。
「あら、結翔。あなたがこんな早起きするなんて珍しいわね」
「母さん……その緑のカーディガン……」
結翔は絵美が大輔と買い物に行った時に買ったパステルカラーの緑色をしたカーディガンにそっくりなものを着ていたので、気になったようだ。
「結翔、これを覚えているの?」
「覚えてるっていうか……アルバムで見たのを、思い出した」
「そう……」
「それ……何で着なくなったの?」
「え……雄介が、もう着るなって騒いだからよ」
「そうなんだ……ところで親父は?」
結翔がダイニングに入りながらそう聞くと、絵美は目を見開き驚いた表情を見せる。
「あの人とはもう別れたじゃない……結翔、大丈夫?」
「え……あ、そうだったね。ははは……」
絵美は少しの間、心配そうに結翔を見つめていたが、優しい笑顔をみせると「お腹空いた? ご飯食べる?」
「あ、うん」
「じゃあ直ぐに用意するね」
絵美はそう言って、朝ごはんを作る準備を始める──結翔はダイニングチェアに座り、正面に見える絵美を見つめた。
結翔は何か話したそうだったが、話し掛けるタイミングを計っているのか、なかなか口を開かない──少しして絵美が目玉焼きと食パンが乗った皿を持ってくる
「お待たせ」と絵美は言って、ダイニングテーブルにナイフとフォーク、そして皿を置くと「いまホットミルクを持ってくるからね。ちょっと待ってて」と、結翔に背中を向けた。
いまが話しかけるタイミングと思ったのか、大輔はようやく口を開け「母さん」と、絵美を呼び止める。絵美は結翔の方に体を向けた。
「ん? どうしたの?」
「その前にちょっと聞きたい事があるんだ」
「聞きたい事?」
「親父……俺の親父は本当に雄介なのか?」
思い切った結翔の質問に、またもや絵美は目を見開いて驚く──少しして視線を下にズラすと「どうしてそう思ったの?」
「え……いや……その……何となく」
「そう……」
絵美は黙ってダイニングチェアを引き、結翔の前に座る。
「あの人と結翔はもう、赤の他人……隠す必要はないから正直に話すね。結翔の父親は雄介じゃないわ。あなたの本当の父親は私が高校の時に知り合った原 大輔君なの」
絵美が衝撃的な事実を口にして、結翔は驚いた様で口をポカーンと開けたまま固まっている。
「驚いたよね? ごめんなさい……順番に話すとね、私と大輔君はあるキッカケで結ばれて、高校の時にあなたを妊娠したの」
「私達は高校を中退して、一生懸命働いてあなたを育てたわ。でもそんなある日──大輔君が病気で若くして亡くなっちゃってね……さすがに私一人では育てられなくて──」
「雄介と結婚した?」
「うん、そう。情けないでしょ?」
「いや……まぁ……何とも言えない」
「ごめん、そうよね……」
二人は気まずくなって、お互いの目を見られないのか俯いたまま黙り込む──。
結翔はとりあえず朝ごはんを食べようと思ったのか、テーブルに両手を乗せる──だけど、ナイフとフォークを手に取ることは無く、先に顔を上げた。
「あのさ……」
「ん?」
「少しの間でも、大輔と結ばれて幸せだった?」
結翔は告白したことに後ろめたさを感じている様で、眉を顰めながらそう言った。絵美は心配そうに見つめる結翔の心を和らげるかの様に、満面な笑みを見せる。
「もちろん! 貧乏だったけど、最高に幸せだったよ」
「良かった……」
「──あ、ごめんなさい。間違えた」
「え……?」
絵美は体を前に傾け、両手を伸ばすと、結翔の手に触れる。
「“だった”なんかじゃない。大輔君に、この先がどうなろうとも私と結ばれたいって言って貰えて、あなたが産まれて……今も、そしてこれからも、ずっと幸せだよ」
結翔は絵美の言葉が心に響いたようで、涙ぐみながらも笑顔を浮かべる。
「ありがとう……俺も二人が結ばれて、幸せな気持ちでいっぱいです」
生命の危機だと飛ばされたその先は、母親と父親が恋に落ちた時代でした。 若葉結実(わかば ゆいみ) @nizyuuzinkaku
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