第3話

彼女に振られた。

「もう一緒にいるのは無理」

という、理由らしい。


翌日。

俺はなぜか大学で異様に避けられている。

別に元々人に好かれる性格ではないし、

友達もいなかったけれど、さすがに少しおかしいと感じた。

地味な女と別れただけで、こんなに避けられるものなのかと。


こういうとき、大抵はゴシップ好きの飯田いいだが俺に頼んでもいない情報を教えてくれる。

今回も彼が何か教えてくれないかと、期待を抱いていたが、やつの姿がない。

いつもは騒がしい集まりの近辺にアイツはいたのだが、最近、大学内を探しても飯田はいない。


「2年の飯田、退学したんだって」

という噂を聞いたのは、俺が彼女と別れて、ひと月後のことだった。


少しだけ寂しいと感じた自分がいた。

変わり者の俺に話しかけてくれるのは、アイツだけだったから。

いつも騒がしいアイツは、ただの気まぐれで俺に話しかけてくれていたのだと、わかってはいる。

わかってはいるが、俺はなぜか飯田の実家の食堂へ向かっていた。


場所は知っている。

1年のときに飯田が

「安いし、うまいから、食べに来てくれよ!」

と、住所を教えてくれたのだ。

節約のために外食はしないと誓っていた俺が、まさか食堂へ食べに行くはめになるなんて……。


ガラガラ。

「いらっしゃーせー」

雑な挨拶で俺を出迎えたのは、俺が会いたかった飯田本人だった。

「あれ、うわ、まじか」

客に向かってその反応はないだろう、と正直思った。

しかしこいつは、俺がどれだけ金を使いたがらないのかを知っている。

ひとりで外食する俺を見て、さぞ驚いたのだろう。


「大学やめたんだってな」

席に座った俺は、単刀直入に飯田に問う。

「店、繁盛してるみたいだけど、なんで大学やめたんだ?」

平日の夕方ではあるが、昼飯を食べ損ねたであろうサラリーマンや、学校帰りの学生が店に数名いた。

小さな店舗で、この時間にこの客数がいるならば、店の経営が危なくて、学費が払えなくなった、というわけではなさそうだ。

「あー、まぁ。父さんが腰をやっちゃってな」

仕事の邪魔をするつもりはないので、最低限の理由を聞いて俺は帰った。

もちろん食堂に来た以上、飯は食った。

一番安いチャーハンだけど。


頼んではいないが、飯田は連絡先を教えてくれた。

その夜、飯田はこう言った。

「父さんが腰の骨を折ったんだ」

「元々骨がもろい人だから、完治に時間がかかるらしい」

「父さんは、食堂を休むって言ったんだけど、うちは小さな店だろう?」

「長期で休んだら、チェーン店に客を取られちまう」


たしかに飯田の家の食堂の周りには、安いバーガーショップや牛丼の店が並んでいた。

激戦区とまではいかないかもしれないが、飯田の家にとっては厳しい状況だろう。

「元々、俺は高校を出てすぐに実家を手伝おうと思ってたんだ」

「父さんひとりで切り盛りするには、限界があるしな」

飯田の母親は病気で他界したらしい。

「大学は行っとけって父さんに言われて入学したけど、勉強はむずいし、別に通わなくていいかなーって」

通わなくていいと思った、というのは嘘だと思う。

たしか飯田は成績が上位のはずだ。

無駄に熱のこもった目で、授業を受けている飯田を何度も見かけた。

教師からの評判もよかった。

話しやすい人物ではあるが、俺と同じで付き合いが悪いという噂はたびたび聞いたが、

おそらく実家の食堂を手伝っていたのだろう。


「まぁ、大学はそのうち通信に入り直してもいいしな」

「でも、わざわざ食堂まで会いに来てくれるとは思わなかったわ」

俺も、どうして食堂まで行ったのかわからないよ。

金城きんじょうも大変なときに、ごめんな」

あぁ、そうだ。

俺はなんで大学で避けられてるのかをこいつに聞きに来たんだった。

飯田は大学やめたから、知らないかもしれないが……。


「なぁ、俺、ますます大学で避けられてんだけど、理由知らないか?」

飯田は表情を変えず、俺にスクショを送ってくれた。

元カノが大量の薬と、散らかった部屋の写真と共に

「結婚を前提に付き合ってたのに、浮気されて捨てられた」という文をSNSに投稿していた。

元カノの投稿文はすべて嘘である。

しかし俺と話したことのないやつは皆、元カノの発言を信じたのだろう。

彼女は無害そうな見た目をしているから。

「一応聞くけど、この投稿に書かれてることって事実か?」

飯田は軽い口調で俺に聞いた。

「そんなわけないだろ。ぜんぶ初耳だ」

信じてもらえないかもしれない、と思いながら、俺は答えた。


「まぁ、そうだろうな」

「結婚を前提に交際をするタイプにも、浮気するタイプにも見えないし」

飯田の反応は意外だった。

「おまえは、俺が悪いとは思わないのか?」

「思わないかな」


「あ、でも記念日をないがしろにするのはどうかと思うぞ」

「けど、金城は浮気なんて、リスクだけでリターンのないことしないだろ?」

嬉しいと感じたのは久しぶりだ。


その後の飯田の話から、俺は元カノを誤解していたことがわかった。

彼女はお金がかからないタイプなんかじゃない。

結婚へ異常な憧れを持っている妄想女子だったのだ。

金を使わないと評判の俺に告白してきたのも、俺が、将来家庭を持つために学生のうちから貯金していると、勝手に妄想していたからだった。


元カノが流行りの服を着たり、派手にメイクをしていなかったのは、将来の結婚を貯めるため。

「将来のために貯金したいだけだから、金がないわけじゃない」と俺が言う度に、元カノが勝手に喜んでいたのは、俺が彼女と結婚を前提に付き合っていると勝手に誤解していたため。

記念日を祝わないことにキレたのは……知らん。

けど

「たぶん、SNSに投稿するネタがなくなったからじゃないか」

って飯田は言っていた。

俺の知らないうちに、元カノは俺と結婚すると周囲に言いふらしていたらしい。


とんだ害獣……害女と付き合ってしまったものだ。

時間と136,400円も無駄にしたじゃないか。

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