第2話

玉木若菜たまきわかなは金のかからない女だった。

いくつも記念日をつくって祝うタイプでもない。

旅行に行きたがるタイプでもない。

たまの休みに学割が利く遊園地や映画館へ行くだけで喜んでくれた。


柚希ゆずき、お金ないのにいつもごめんね」

と、いつも彼女は言った。


俺はいつも

「将来のために貯金したいだけだから、金がないわけじゃないよ」

と、答えるようにしている。

そう言うとなぜか彼女は、いつも喜ぶからだ。


大学に行って、バイトをする。

彼女とデートをして、またバイトをする。

彼女という存在を作ってしまったことで、俺は先月14,600円の出費をした。

その分を稼がねば、月6万の貯金を維持できない。

俺はバイトの出勤日を増やした。


デートをする日が減ったが、彼女はなぜか喜んでいた。

とある平日の日。

彼女が俺に嬉しそうに言う。

「もうすぐ記念日だね」

俺は何の記念日かわからなかった。

「もうすぐ柚希と付き合って、1年も経つんだね」

そう言われて初めて、俺は、もうすぐ彼女と付き合って1年も経つことを自覚した。

彼女が何かを期待する目で俺を見る。

俺は先手を打った。

「金使いたくないし、記念日のプレゼントとか買えないよ」

「は、なんで?」

彼女は満面の笑みで、俺に自分の不満をぶつけた。

「え、じゃあなんで最近バイト増やしてんの? 記念日を祝うためじゃないの?」

「若菜と付き合って増えた出費を補うために、バイト増やしたんだよ」

「そんな言い方ないでしょ。デートも割り勘だし、私が柚希に物を買わせたことないじゃん」

「割り勘でも出費はあるよ。先月なんか12,900円も使ったし」

「は? いちいち数えてんの? 気持ちわるい」

俺は違和感を覚えた。

俺が金に細かいのは、同じ大学のやつなら皆知っている。

「付き合いが悪い貯金男」と、俺は悪い意味でちょっとした有名人になっていたから。

彼女は当然、その評判を知った上で俺に告白してきたと思っていた。


「若菜は、俺が金を使いたがらない男だって、知って告白してきたんじゃないの?」

「なんで今さらそんなに不満を言うんだよ」

彼女は何も言い返してこなかった。

映画のチケットを俺に押し付けて、そのまま帰っていった。

俺はキャンセルが出来なかったので、一人で映画を見る。

無駄な出費だと思った。


翌日。

「おまえ、若菜ちゃんになにしたんだよ」

「あの子、インスタでやばいことになってるぞ」

ゴシップ好きの飯田いいだが話しかけてきた。

「興味ない」

勝手にキレて帰った彼女に、興味はなかった。

「お前若菜ちゃんの彼氏だろ? これ見ろって」

飯田は俺の気持ちなどお構いなしに、スマホの画面を俺に見せてきた。

わざと荒らしたような部屋、真っ黒なアイコン。

「わたしに価値はないのかな」という投稿文。

彼女が何をしたいのか、よくわからなかった。


「若菜ちゃん、相当病んでんぞ」

「なんとかしてやれよ。彼氏だろ?」

彼氏という立場の人間には、面倒な彼女の機嫌を取るという役目が含まれるのだろうか。


「あ、若菜ちゃん、なんかアンケートはじめたわ」

「……これって、お前のことだよな? マジ?」


金城が見せてくれた画面には、

記念日のためにバイトを増やしてくれてると思ったら、私とのデートで出費が増えたからだって。

私は1円もおごらせてないのに、そういうこと言う彼氏ってどう思いますか?

と、表示されていた。

事実ではあるが、どことなく悪意を感じるのはなぜだろう。


「事実だけど、なんでそんなこと言いふらしてるんだ?」

俺は純粋な疑問を口にする。

「なんでってそりゃ、普通は彼女に、彼女のせいで出費が増えたーとは言わないだろ」

「そうなのか? バイト増やした理由を聞かれたから、正直に答えただけなんだけど」

「いや、デート代を稼ぐにしても、普通彼女には言わないな」

飯田は変わっているやつだと思った。


俺の家では、母が愚痴を言いながら1円単位で家計簿をつけていた。

「あーあ、柚希の学費のせいで出費が多いわ」

「うちはお金ないのに、なんで私立なんかに行ったのかね」

「あーあ、お金がないわ。その分、稼がないと」


出費の原因の俺は、愚痴を言われても仕方がなかった。

だって俺が高校受験に失敗したから、家の出費が増えたことは事実なのだから。

出費が増えた分、母がパートを増やさなければならなかった。


それと同じだ。

彼女のせいで出費が増えた。

だから俺はバイト時間を増やして、その出費を補った。

それのどこが悪いんだ。


「記念日、祝ってやれよ」

と、飯田は俺の肩を叩いてどこかへ行った。


祝うって、記念日はそんなに大切なものだろうか。

金がない人間に価値はないのに、その金を手放してまで記念日を祝う必要はあるのだろうか。


人と付き合うって面倒だな

と、俺は心からそう思った。

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