金目の転換
椨莱 麻
第1話
金を使いたくはないが自給自足の生活はしたくない。
そんな俺の最強の味方、もやし。
そのもやしがスーパーから消えた。
俺のアパートの近くには、地元密着型のスーパーがある。
チェーン店より色々な食材が安く買えるので、金のない大学生には大変ありがたいスーパーだ。
しかし最近、連日の価格高騰で他のスーパーに行っていた客が、このスーパーに流れて来てしまったのだ。
おかげで俺の目当ての野菜がことごとく売り切れ、とくにもやしは、もう1週間ほど食べていない。
もやしの味が好きなわけではない。
安いから俺はもやしを買いたいのだ。
もやしを塩コショウで炒めたものを白米で包む。
それが俺の昼食であったが、ここ1週間ほどはもやしが買えないので、仕方なく、塩だけの握り飯を学校へ持っていった。
「とうとう
そう声をかけてきたのは、同級生の
飯田は実家の食堂を継ぐため、経営学部のあるこの大学に入ったらしい。
いいよな、食堂。
俺も上手い飯を腹いっぱい食いたいよ。
「お前、なんでそんなに金がないんだよ」
「バイト掛け持ちしてんだろ?」
俺は別に趣味にお金を使っているわけではない。
「貯金してるんだ」
「え、起業するの?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、なんで貯金してんの?」
「貯金したいから貯金することの何がいけないんだよ」
「いや、別にお前を否定しているわけじゃないけどさ……」
俺が貯金したいから、節約していると答えると皆が聞いてくる。
「どうして貯金するの?」と。
金を貯めることに理由などいるのだろうか。
金がかかる人間はクズで、金を稼げない人間は不要。
金のある人間ほど贔屓されるし、金を使いまくる人間は卑下される。
それが常識だろ?
俺は何か間違ったことを言っているのだろうか。
俺は普通の家で生まれた。
両親と弟と俺の4人家族で、ペットなし。
金がないからと旅行には行けなかったが、父はよく俺とキャッチボールをしてくれた。
母は俺がテストでいい点数を取ると、大好物のからあげをたくさん作ってくれた。
弟がいつも俺の真似をするのは正直鬱陶しかったけど、それも今だけだと思うと愛しさも感じた。
普通の家だったと思う。
俺が高校に入るまでは。
東京では私立の高校に進学することは珍しくないらしい。
しかし俺の地元では、私立に行くのは公立受験に失敗した頭の悪い奴だけだった。
公立の高校受験に失敗し、私立の学校へ進学することになった俺を家族は祝福しなかった。
「私立の授業料はこんなにかかるのか。お前、奨学金を使えよ」
と、父は言った。
「あんたのせいで働く時間増やさないといけないじゃない」
と、母は言った。
「兄ちゃんが公立に落ちたから、母さんはパートを増やさないといけなくなった」
「お前のせいで、家族はバラバラだ」
と、弟は言った。
弟は甘えたで、母にべったりだった。
その母が自分が中学に行くのを見送らず、パートに行くことが嫌だったらしい。
弟は、ストレスをすべて俺にぶつけてきた。
テレビを見ようとすると
「頭の悪い出来損ないはテレビなんか見ないで勉強しろよ」
と、言われた。
弟の電話の声がうるさくて注意をすると
「受験落ちた奴にそんなこと言う資格があるのかよ」
「他人に文句つける暇があるなら、早く働いて金返せよ」
「父さんと母さんもそれを望んでる」
と、言われた。
頭の悪い奴に発言の資格はない。
高校受験に失敗した俺は、家族からそれを学んだ。
俺は勉強した。
頭が良くなれば少しは家庭内に居場所ができると思ったんだ。
でもあまり声を出して勉強をすると、隣の部屋にいる弟に言われたんだよ。
「うっせぇな。俺、来週テストなのにお前の声がうるさくて勉強できないじゃないか」
って。
理不尽だよな。
俺は声を出して勉強していると、「うるさい」と弟に言われ、
弟の味方をする両親にも「静かに勉強しなさい」と言われる。
しかし弟は、どれだけ声を出して勉強しようが、注意されない。
俺は嫌いな弟の声を毎日耐えながら勉強した。
成績は上がらなかった。
でも弟は違う。100点ばかり。将来が約束された成績。
両親の弟贔屓は加速した。
俺は学校に申請をして、アルバイトを始めた。
小学生の家庭教師のアルバイトだ。
まぁまぁ給料もよく、俺は稼ぎの半分を母に渡した。
少しずつでもお金を返せば、家族が俺を見てくれると思ったんだ。
けど
「こんなはした金じゃ、あんたの授業料は払えないよ」
と、言われた。
俺は給料のすべてを父に渡した。
「ちまちま返されてもな……」
と、父は言った。
俺はビッグになって、一気に金を返そうと思い、経営学部のある大学へ進学した。
「俺が高校で迷惑をかけた分の金は必ず返すから」
と言って、家を出た。
弟は両親の期待通り、公立の高校へ進学した。
父は言った。
「
母は言った。
「奏斗は手がかからなくて助かるよ」
「あんた、奨学金使ったからって、うちに迷惑をかけたことは変わりないんだから、大学に行ってもちゃんと家にお金を振り込むのよ」
弟は言った。
「合格祝いに東京へ旅行に行くことになったんだ」
「兄ちゃんがいなくなってから、家庭内の空気が綺麗だよ」
俺は学んだ。
金のかかる奴に居場所はないと。
俺は大学1年のとき、バイト代の9割を実家に送った。
俺の誠意が伝わったのか、弟が可愛くて俺のことがどうでもよくなったのか、
半年ほどで金はいらないと、母から言われた。
それから俺は実家に送っていた分の9割を貯金して、残りの1割で生活するようになった。
金がかかる人間はクズで、金がかかる奴に居場所はないのだから。
「俺は金を稼いでいるから、クズじゃない」
「俺は金がかからない人間だから、自分の居場所を持てる」
そう実感したくて始めた貯金の効果は絶大だった。
通帳に数字が増えていくたび、俺の心は満たされた。
周りはサークルだ、彼女だと忙しくしているが、
金のかかる人付き合いなんて、俺はする気がなかった。
けど俺は男だし、告白をされればまんざらでもない。
「あの、前から見てました」
「つきあってください」
なんて、告白されれば、調子にも乗ってしまう。
2年に上がったタイミングで、俺に告白してきたのは
同じ講義を取っている素朴な女だった。
黒い髪に薄化粧。
ブランド品は身に着けていない。
派手というよりは地味という言葉が似合う女。
ぶっちゃけ俺の好みはギャルだ。
彼女が好みというわけではないが、記念日にブランド品をせがんでくるタイプよりは彼女のような人間と付き合いたいと思った。
彼女という存在に興味がなかったわけではないので、俺は
「えっと、よろしくおねがいします」
と、彼女からの告白をOKする。
高校は家庭内も校内も地獄だったし、
大学も話が合う奴なんていなかった。
はじめて俺は、俺を理解してくれるかもしれない女に出会えたかもしれない。
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