第9話 禁句
クオーラルズ騒動の翌日。その日は起きるとすっかり日が昇っていた。昨日夜遅くまで起きていたからなのか、それともクオーラルズとマチレスの戦闘を見ていて心労が大きかったのかはわからない。
とにかく俺は急いで髪を整えて、1階の会計へと向かう。
「すみません、遅れました!」
俺が下につくと、カールさんと昨夜泊まっていた男性がこちらを向いた。
「おやユウトさん、今起こしに行こうと思っていたところですよ」
と、カールさんは言う。
「昨夜はありがとうございました。お陰様で随分とよく眠れました」
ほんとかよ。ガラス割れたりドンパチやったりしたのに?
「いえ、俺は何もしていませんから。それよりも、もう出発ですか?」
俺は男性の足元に置いてあるあのバカ重かったリュックサックを見る。あれをもって下に降りてくるとは、おそらくそういうことだろう。
「はい、もうすぐ出発する予定の麒麟車に乗らないといけませんから」
……キリンシャとは?
「麒麟車ですか。というと、この国を出るのですかな?」
と、カールさんは男性に聞く。いやマジで何キリンシャって!?
「ああ、ユウトさんは知りませんね。麒麟車というのは、神獣使いの飼っている麒麟の馬車です。馬で走るよりも速く走ることができるので、国を横断するときなんかに使うのですよ」
なるほどね、麒麟の馬車か。麒麟といえば中国の伝説の生き物で、とても足が速いとかなんとか…………。それにしても、この世界には神獣使いなんかもいるのか。
「いえ、スドザイテという町に移動しようと思いまして。ここから馬車で行くと七日近くかかるといいますから」
「なるほど、それで麒麟車を利用なさるのですか。麒麟車であれば三日ほどで着くでしょう」
そんなに速いのかよ麒麟って?!馬車から振り落とされないか心配なんだが。
「ではそろそろ出ます。マチレスさんにも宜しくお伝えください」
「あ、はい」
俺はそう返事をして客を見送る。そういえば今日、普段早起きなマチレスを見ていないな。
その後しばらくしてから、起こすためにマチレスの部屋へと向かった。コンコンとノックをしてみるが、何度やっても返事はない。よほど深い眠りの様だ。
「ユウトさん、クオーラルズの皆さんがいらっしゃってますよ」
そうこうしていると、下からカールさんの声が聞こえてくる。予定よりあいつら来るの早かったな。
仕方ない、マチレスはもう少し寝かしておこう。俺は小走りに下へと戻っていった。
****
ユウトが下に戻っていく音が聞こえる。ふーと思わず吐息を漏らす。今のこの状況からして、入ってこようものなら間違いなく殺されていただろう。
「…………どういうことだ」
こっちのセリフだと言いたいが抑え込み、首元に刃を向けたまま固まっている相手に話しかける。その人物はもう日が昇っていて熱いであろうに兜と鎧を着こんでいる。今思えば、よくこの二階の部屋まで気づかれずに入ってこれたな。
「だから言ったじゃないですか、記憶はなくなったままだけどなんかいつの間にかいたって」
声を掛けると、相手はやっと我に返り剣を収める。それを見届け、私も挙げていた両手を下す。
「ああ、すまない。どうにも信じがたく……」
「だからって寝込みを襲うのはだめだと思うんですけど」
「仕方がなかろう。お前まだ18歳くらいだろ?だったらまだ弱体化もほぼ効果なしって感じだろうしな、寝ている状態でないと倒せん」
それもそうかと思い直し、改めて自分がどういう存在なのかを認識する。
「あ、そうそう。ユウトから腕時計回収していなかったでしょう?あれのおかげで記憶に刺激してしまったかもしれませんよ」
相手はまじか、とつぶやき。「お前の首でなく俺の首が飛びそうだな………」という。ということは、やはり現状の調査に来ていたのだろう。
やっぱり報告されちゃうかな。まあいいか、ユウトが記憶を戻さない限り何も危害は加えられないだろう。私は窓を再び開け、「出口はこちらとなります」とからかうように言った。たまには仕返ししないとこちらの気が済まない。
「ハッ、もうそこから出入りはしねぇよ。来た時は店に人が少なかったからよかったが噂の不良どもが来たからな、ワープでもするとしよう」
脳筋っぽいが、意外とそういうところはちゃんとしている。
「あと、これも毎度のことだが。あのことは絶対に誰にも言うな」
そう言い残してフッと消えた。朝から面倒な人に会ったな………疲れた。二度寝したい。
「言うわけないじゃないですか、思い出したくもないのに」
誰に言うわけでもなくその場で呟き、下に降りる用意を始める。いつまでもこのまま平凡な日々が続けばいいのに、そう思いながら。
ギリギリの宿屋と異世界生活 柳佐 翡翠 @usakou_press
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